8939人。
2024年の1年間に、鹿児島県内で生まれた子どもの数だ。2014年の約1万4000人から4割近く減少している。
一方で、鹿児島県内では産婦人科や産科の撤退が相次ぎ、出産できる医療施設が減っている。
なぜ、いま地域から分娩(ぶんべん)施設が消えているのだろうか。分娩施設空白地帯が増加している鹿児島県内の実態を追った。

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鹿児島市の中核病院が産科診療休止を発表

鹿児島市高麗町の「いまきいれ総合病院」は、県内に6つしかない地域周産期母子医療センターの一つで、2024年の分娩数は101件。NICUなど、ハイリスクな出産に対応できる設備を備え、地域の中核病院として周産期医療を提供する役割を担ってきた。
ところが、2025年4月、「産科診療について7月末をもって分娩を休止する」という、衝撃の知らせが飛び込んできた。産科に1人しかいない常勤医の退職が、休止の理由だという。

地域の中核病院も産科診療休止に
地域の中核病院も産科診療休止に

県内27市町村が分娩空白地帯 近い将来“お産難民”も

県内では、分娩を取り扱う医療機関が2014年には44カ所あったが、2025年は36カ所に減っている。
そして、分娩施設がない自治体は、県内43市町村のうち27と、実に6割を超えている。
なぜ、地域から分娩施設が消えているのだろうか。

県産婦人科医会の榎園祐治会長は、急速に進む少子化によって分娩数が減り、多くの病院で経営が厳しくなっている状況を指摘する。

「分娩取り扱い施設の収入は分娩数に依存しているため、半分以上はもう赤字だと思います」
榎園会長によると、産科の最も大きな支出は人件費だという。24時間体制なので、ほかの科よりも多くの人員が必要で、医師の緊急呼び出しにも手当が発生する。

加えて、分娩台や帝王切開に対応する医療機器の更新など、固定費もかかる。
それに対して、収入は分娩数に依存していて、1回につき約50万円。少子化によって分娩数が減り多くの病院が赤字に転落したという。

榎園会長は「ひょっとしたら2~3年先に、希望する地域や医療機関で出産できない、いわゆる“お産難民”が出てくるのでは。」と危惧している。

少子化の影響は病院の経営にも影響
少子化の影響は病院の経営にも影響

自宅から遠い病院に到着後30分後で出産 緊迫の体験談

鹿児島市にある愛育病院で第2子を出産したばかりの亘 風音さんは、県本土の最西南端にある南さつま市在住だ。自宅から病院まで車で50分くらいかかるそうだが、「1人目を妊娠して、どこで産もうかなと考えた時に、実家がある枕崎市の産婦人科は分娩を取り扱わなくなったのと、南さつま市にある薩南病院(2023年5月、移転開院)はまだ産科が新設されていない」と、自宅から離れた鹿児島市で出産した経緯を話してくれた。

そして、今回のお産で、亘さんは怖い経験をしたという。「病院に到着して、30分後には生まれた。道が混雑していたら、『お産に間に合わなかった』と言われたので、今回はヒヤッとしました」

無事に生まれた第2子・心春(こはる)ちゃんを愛おしそうに見つめ、安心した表情を浮かべる亘さんだが、もし、間に合わなかったら…。分娩施設の減少は、母子の命の危機に直結するリスクをはらんでいる。

亘さんと心春ちゃん 自宅から車で50分の病院で出産した
亘さんと心春ちゃん 自宅から車で50分の病院で出産した

100年以上地域でお産を支えてきた産婦人科も苦渋の決断

南さつま市の隣にある枕崎市は、2年前、市の中心部にある産婦人科が出産の扱いを取りやめ、分娩施設の空白地帯になった。

枕崎市で最後まで分娩を扱ってきた森産婦人科は、1915年の開業以来、親子3世代、100年を超えて地域のお産を支えてきた。
森明人院長は「ここで何千人もお産したと思いますよ」感慨深そうに話す一方で、「年間で2000万円の赤字」と打ち明ける。みるみる拡大する赤字は経営を圧迫し、「もうやっていけない」と判断。せめて、妊婦健診や産後ケアを続けるため、分娩の取り扱いをやめる苦渋の決断に踏み切った。

閉鎖された分娩室と手術室は、当時のまま残されている。

「お産できないんですか?」「じゃあ、どこでお産すればいいんですか?」戸惑う妊婦の声に森院長は「申し訳ないという気持ちが一番ですね」と気持ちを語った。

閉鎖後も当時のまま残されている分娩室と手術室
閉鎖後も当時のまま残されている分娩室と手術室

分娩施設空白地帯の妊婦をサポートする行政の取り組み

地域から分娩施設が撤退する中、母子の安全をどう守るのか?
2年前に分娩施設の空白地帯になった枕崎市では、2025年4月、「産救(サンキュー)サポートまくらざき」という取り組みを独自に始めた。

妊婦が出産予定日や医師からの指示などをあらかじめ市に登録し、枕崎市消防本部と共有。破水や出血など緊急性が高い場合、救急車で迅速に医療機関に搬送する仕組みだ。現在、12人の妊婦が登録している。まだ搬送した事例はないが、妊婦の不安解消につながると期待されている。

また、こういった地方の周産期医療体制の不足を補うため、国もまた、分娩施設まで片道1時間以上かかる妊婦を対象に、出産時の交通費と、分娩施設の近くに宿泊する費用の一部を補助する制度を、2024年から始めた。

鹿児島県内では、離島の市町村を中心に南大隅町や錦江町などの分娩空白地帯の自治体も、制度導入の申請を始めた。

県産婦人科医会の榎園会長は「出産前の1~2週間は宿泊してお産できるような施設を造る必要があると思いますけどね。そういった支援をどうか考えてほしい。」と、支援拡充の必要性を語る。

分娩施設の減少は母子の命に直結 安心して出産できる社会に

少子化と同時に進む分娩施設の減少は、母子の命を左右する可能性をはらんでいる。
安全に、そして安心して子どもを産める環境を守るのは必須だ。そのために何が求められるのか?
社会全体で向き合う必要がある。


(鹿児島テレビ)

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