「国務総理だからできなかったことを、大統領の力で必ずやり遂げます」

これまで尹錫悦前大統領(64)の職務を代行してきた韓悳洙前首相(75)が2日、尹前大統領の罷免に伴い行われる大統領選挙(6月3日投開票)への出馬を表明した。

韓氏はこの前日に出馬に向け首相を辞任。「我が国は国内的に大きな混乱に陥っている」と危機感を示した上で、「大統領選挙を通じて韓国国民の選択を受けるよう全力を尽くす」と決意を語った。

憲法改正→大統領任期短縮→総選挙・大統領選挙→退陣

韓氏が公約の最初に掲げたのが「憲法改正」だ。

「(大統領)就任初日に『大統領直属の改憲支援機関』を立ち上げ、改憲の成功に総力を傾ける」とし、就任2年目に憲法改正、3年目に新憲法に則って総選挙と大統領選を実施した後すぐに職を辞するとしている。

トランプ政権との「通商懸案も必ず解決してみせる」と語った韓氏(2日)
トランプ政権との「通商懸案も必ず解決してみせる」と語った韓氏(2日)
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韓国の大統領の任期は5年で、4年任期で解散がない国会議員とずれることから、現在のように国会で野党が多数派を占める「ねじれ状態」が生じる場合がある。韓氏は長年の懸案である憲法改正を実現させた上で、総選挙と大統領選挙を行うことによって混乱に陥っている国政の正常化を目指すとしている。

韓氏は、「権力を目標に生きてきた政治家は、改憲に着手することも、改憲を完遂することもできない」「新しい憲法に従って、大韓民国の次の時代を切り開く踏み台となる」と語った。

トランプ大統領との電話会談で待望論が急浮上

韓氏は40年以上に渡って官僚として行政に携わり、政府省庁の要職を歴任した。その後、革新政権(盧武鉉政権)と保守政権(尹錫悦政権)いずれでも首相を務め、1987年の民主化以降最も長い期間、首相職を務めたことから「行政の達人」「振る舞いの達人」とも言われている。しかし、これまで大統領選については「出馬を一度も考えたことがない」と否定してきた。

初の電話会談でトランプ大統領が切り出した(左:4月8日・国務総理室提供)
初の電話会談でトランプ大統領が切り出した(左:4月8日・国務総理室提供)

流れが大きく変わったきっかけが、アメリカのトランプ大統領との電話会談だった。4月8日、「非常戒厳」宣言以降初めて行われた米韓首脳による28分間の電話会談の冒頭、トランプ大統領はこう切り出したという。

トランプ大統領「大統領選に出馬するのか?」
韓大統領代行(当時)「いろいろな声があって悩んでいます。まだ決まっていません」 
 
(4月2日付「中央日報」)

ソウル大学経済学部を卒業後、アメリカのハーバード大学大学院を出て、李明博政権時には駐米大使も務めた韓氏の英語は流暢で、トランプ大統領も称賛したと言われている。
会談後、トランプ大統領は自信のSNSで「素晴らしい取引ができる可能性がある」と述べている。

トランプ大統領の会談での質問の狙いについて、韓国の大手紙「中央日報」は大統領府関係者の話として次のように報じている。

「トランプ政権1期目の時、アメリカの外交安保担当者は親中指向の文在寅(政権)に非常に困惑した。(当時の)担当者の多くが2期目のトランプ政権にも入っているが、彼らは韓国に(文在寅政権時のように)『共に民主党』政権が再び入ってくることに対して反感が相当強い」

“老練な交渉家”トランプ大統領との交渉の行方は…

トランプ大統領との会談の影響は韓国で大きくなり、トランプ大統領と交渉ができる「老練な交渉家」として韓氏の存在感が急上昇した。

尹前大統領による「非常戒厳」宣言以降、外国為替市場でのウォン下落が続いており、韓国経済の立て直しが急務だ。

金大中政権で通商交渉本部長や経済副首相兼財政経済相、李明博政権で駐米大使と韓国貿易協会会長を歴任するなど、通商分野での専門性と経済に対する高い理解度をもつ「エリート経済官僚」への期待は膨らんだ。

自身も会見で「韓国国民の公僕として経済発展の第一線で生きてきた」とし、「国益の最前線である通商外交まで政争の具にする現実が、私の良心と常識では到底納得できなかった」と出馬理由を説明した。

最有力候補に「逆風」 保守系候補の一本化が焦点

最新の世論調査(1日発表、NBS世論調査)では、最大野党「共に民主党」の李在明前代表(61)が42%の支持率で最有力候補とされ、韓氏が13%と続いている。

一方、保守系与党「国民の力」は3日、尹政権で雇用労働相を務めた金文洙(キム・ムンス)氏を党の候補者に決定した。しかし、金氏の支持率は6%と李氏には大きく引き離されており、今後保守系候補として韓氏との一本化が実現するかが大きな焦点となっている。

こうした中、大統領選をリードする李氏に「逆風」が吹いた。

李氏は自身が立候補した2022年の大統領選挙の過程で、選挙結果に影響を与えかねない複数の虚偽の発言をしたとして公職選挙法違反の罪で在宅起訴されていた。

最高裁判所は1日、李氏に対し2審の無罪判決を破棄し、審理を高裁に差し戻したのだ。
複数の韓国メディアは最高裁が「有罪の趣旨」で審理を差し戻したと伝えた。

最高裁の決定に「結局、国民の意思が最も重要だ」と語った李氏(1日)
最高裁の決定に「結局、国民の意思が最も重要だ」と語った李氏(1日)

最高裁は国民の関心が高く、有力な大統領候補である李氏の被選挙権の可否がかかっている点を考慮し、異例の早さで審理を進めたとしている。李氏は「私の考えと全く違う方向の判決」として「ただ国民だけを信じて堂々と進む」とコメントした。

ソウル高裁は2日、差し戻し審を15日から開始すると発表した。韓国メディアは、高裁での審理に時間がかかるため、高裁の判決は6月3日の大統領選挙の後になる可能性を指摘している。

6月3日の投開票日まで1カ月。
最高裁の決定が選挙戦にどのように影響するかが注目される。
(FNNソウル支局長 一之瀬登)

一之瀬登
一之瀬登

FNNソウル支局長。韓国駐在4年目。「めざましテレビ」「とくダネ!」など情報番組を制作。その後、報道局で東京都庁、東京オリンピック・パラリンピック担当キャップ。2021年10月ソウル支局に赴任。辛いものは好きですが食べると「滝汗」です。