南海トラフ巨大地震は、今後30年以内の発生確率が80%程度と切迫性の高い状態だ。

政府の被害想定によると死者は最大で29万8000人、これは東日本大震災の約13倍にも上る。このうち津波による死者は21万5000人とされているが、発生後10分以内に全員が避難した場合、死者は7割減らせるとの試算が出ていて、早期避難が何より重要だと指摘している。

地震津波観測装置設置場所 唯一の空白域高知沖に新た設置(赤丸) 提供:防災科学研究所
地震津波観測装置設置場所 唯一の空白域高知沖に新た設置(赤丸) 提供:防災科学研究所
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この早期避難を促すために、南海トラフ沿いの海底には地震津波観測網が整備されている。

地震や津波を感知すると地震の規模や津波の高さがリアルタイムで気象庁などに伝達され、緊急地震速報や津波情報として活用されている。

南海トラフ沿いの観測網で「唯一の空白域」に新たに「N-net」設置

その南海トラフ沿いの観測網で「唯一の空白域」といわれていたのが高知沖から宮崎県の日向灘にかけてである。

N-net設置イメージ 観測データはリアルタイムで気象庁に テレビ速報などに使用 
N-net設置イメージ 観測データはリアルタイムで気象庁に テレビ速報などに使用 

そこに2019年から設置準備が進められ、新たに南海トラフ海底地震津波観測網「N-net」として設置が完了。2025年夏以降本格運用される見込みだ。

「N-net」が設置されることによりこの地域で地震があった場合、緊急地震速報が最大で20秒、津波は20分早く観測できることになる。

緊急地震速報出20秒 津波観測20分早く観測出来る地点 提供:防災科学研究所
緊急地震速報出20秒 津波観測20分早く観測出来る地点 提供:防災科学研究所

設置に携わった防災科学技術研究所地震津波火山観測研究センターの青井真センター長は、「南海トラフのような巨大地震は発生時に津波高を正確に予測することが難しい。実際に沖合で津波を観測することによりっどれほどの津波が沿岸に到達するのか、正確かつ早く分かるため防災上のメリットは大きく、多くの命を救うことにつながる」と話す。

「N-net」を人命救助に活用へ

データを活用する気象庁によると、屋外にいる場合、地震発生までの猶予時間が少なければカバンなどで頭を覆うくらいのことしか出来なかったが、緊急地震速報を20秒早く発表できると、ガラスの破片が落ちてきそうな建物や崩れそうな崖などから離れることができ、より安全な場所に避難できるだけでなく、車を運転している場合も安全なスピードまで落とせたり、端に停車させるまで出来る可能性があるとし、発生直後の被害を減らせる可能性が高まるという。

また、巨大地震では正確な津波の高さを発生時には判断できないため、早期観測が出来ることで沿岸到達の正確な高さが早く発表できるだけでなく、津波注意報・警報などの引き上げや解除の有効なデータになるとしている。

インタビュー中も実際に青森沖の地震計でM3.5 の地震を観測 リアルタイムで各所に伝えられる
インタビュー中も実際に青森沖の地震計でM3.5 の地震を観測 リアルタイムで各所に伝えられる

つまり、住民の避難解除や救助活動に入るタイミングを、今よりも早く伝えることができる可能性があり、多くの命を救うことにつながるということだ。

実際、この津波観測装置はセンチ単位で津波を測定できるため、観測したら沿岸に到達する津波の高さを瞬時に予測することが可能だ。

設置された「地震津波観測装置」とは?

今回、海底に設置された地震津波計とは、どういうものなのか?

全長5mの円筒型の装置の中に地震計と津波計が入っており、地震計部分は耐圧仕様で最大水深5000メートル地点までの設置が可能だ。

津波計部分は海底と同気圧になっており、水圧の変化で津波の高さを測定する仕組みとなっている。

今回設置された地震津波観測装置 概要図 提供:防災科学技術研究所
今回設置された地震津波観測装置 概要図 提供:防災科学技術研究所

今回、高知沖から宮崎県沖には計36個設置され、観測機同士が1本のケーブルでつながれ、ケーブルの長さは1600キロにも及ぶ。

そのため、1本につながったケーブルと観測装置を専用の船に乗せ、半年間かけて設置作業を行った。

専用の船で海底に設置する様子 左青井氏 提供:防災科学技術研究所
専用の船で海底に設置する様子 左青井氏 提供:防災科学技術研究所

実際に1カ月半乗船した青井氏は、「海底でのテストが出来ないため、無事にデータが来たときは安堵した。とにかく南海トラフ地震が発生する前に設置が完了したことがよかった」と話してくれた。

この海底地震津波観測網は、南海トラフ沿いだけでなく太平洋の北海道沖から房総沖にも設置されている。東日本大震災を契機に10倍以上増え、現在は200カ所以上で観測が可能だ。

これだけの観測網があるのは日本だけであり、避難の目安となる津波がどこまで遡上し、どれぐらいまで浸水するのかをリアルタイムで予測する新たな研究も進んでいる。

青井氏はこの膨大な観測データをどう活かすかが重要になるとした上で、「東北沖での地震や南海トラフ地震のメカニズム解明や次に発生する地震がどういうものになるのか明らかにし命を救う後押しをしていきたい」としている。
【取材・執筆:フジテレビ社会部 小堀孝政】

小堀 孝政
小堀 孝政

取材&中継の報道カメラマン。
元ロンドン支局特派員 ヨーロッパ、アフリカ各国の取材を経験