いま、アートが注目されている。

『アート思考』という言葉は「イノベーションを起こす起点」、「意思決定の根幹」などビジネスに不可欠な要素として様々なシーンで語られ、経営におけるアートの大切さを説いた本『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』はベストセラーとなっている。

資産としてのアートも上昇の兆しを見せていて、投資家をはじめ多くの人が熱い視線を送る。

ウィズコロナ時代、日本のアート界はどのような変貌を遂げていこうとしているのか。

8月31日、東京都内では、アートのコレクターとしても知られる松本大氏(マネックスグループ株式会社取締役会長兼代表執行役社長CEO)、国内大手オークションハウスを運営する倉田陽一郎氏(Shinwa Wise Holdings株式会社代表取締役社長)、現代アートの売買などが可能なプラットフォーム「TRiCERA」を運営する井口泰氏(株式会社TRiCERA代表取締役CEO)による鼎談イベントが行われた。

コレクター、オークショニア、越境ECそれぞれの立場で語られた内容から「アートマーケットの未来図」が見えてきた。

左から、井口泰氏(TRiCERA)松本大氏(マネックス)倉田陽一郎氏(Shinwa)@ART IN THE OFFICE 2020作品が展示されたマネックスグループ(株)プレスルーム

日本にオークションがないのはまずいだろう

井口泰氏:
倉田さんは、アートとの関わりはどう始まったんですか。

倉田陽一郎氏:
もともとアートが好きで、大学では美術サークルに入って絵を描いたり、七宝を焼いたりしている人間でした。しかし、卒業して就職のタイミングで「アートは仕事ではなく趣味」であって、仕事は金融と決めて、外資系の金融機関に入りました。社会人になってからは銀座の画廊巡りしたり、画廊のオヤジさん達とも仲良くなったりしましたが、アートはあくまでも趣味という位置づけでしたね。

90年に5人の画商さん達がオークションをつくるという話になったんです。当時の日本にはまだクリスティーズやサザビーズのような会場型のオークションが無かったんですよ。そのどちらも60年代から世界的に力強い拡大を続けていたし、日本にオークションがないのはまずいだろう、と。そうして立ち上がった第1回のシンワのオークションが、帝国ホテルで開催されました。「これは面白いことが起こったぞ」と物見遊山で行きましたね。社会人3年目のことです。

倉田陽一郎氏

井口氏:
当時の反応はどうだったんですか。

倉田氏:
それがすごいバッシングを受けていた(笑)。画商さんと百貨店が牙城を築いていたところに割り入った感じだし、プライスをオープンにしたり、画商さんが売ってるよりも低いプライスで出品されていたり、とにかく向こうからすると迷惑だったわけです。反発を受けて、シンワを潰すために他のオークション会社をつくっている動きさえあった。

Shinwa Auction会場模様

松本大氏:
シンワを潰すためだけにつくった?

倉田氏:
そうです。シンワが潰れたら自分たちも解散するという体裁の会社です。21世紀に入って霧散しましたけど、おかげでオークションというものの認知は上がりました。日本におけるオークションは90年代以降に広まっていくことになるんですが、シンワは中でも筆頭だった。

当時私は投資顧問会社をやっていて、ある時シンワがお客さんになってくれると言うので会社に行ったんですが、そこでは11人の社員が一生懸命に働いていたんですね。日本で一番大きなオークション会社がたったの11人です。いくら日本がローカルとは言えこれはないだろうと「世界第2位の経済大国から世界に冠たるオークション会社ができるはず」と事業計画を提案したら「だったらお前がやれ」と(笑)。結果的に覚悟を決めてそちらに飛び込みました。

松本大氏

井口氏:
一方で松本さんと言えば松江さん(松江泰治:1963年、東京都出身の写真家)の作品を多くコレクションされていることでも知られていますね。

松本氏:
コレクションというか…、実は松江くんとは中学・高校・大学と同級生なんですよ。私が開成の写真部の部長、彼が会計だった。選んだ職業が逆で、今は役割がひっくり返っちゃったけど(笑)。松江くんの作品を買ったのは、確か88年に銀座のツァイト・フォト・サロン。当時は「つまんない写真撮ってるな」という感じだったけど、でも彼の最初の個展だし「じゃあ買うよ」って(笑)。

井口氏:
マネックスでは、本社のオフィス壁面に展示する作品を現代アーティストたちから公募する「ART IN THE OFFICE」というプログラムも開催されてますね。今年で何回目になるんですか?

井口泰氏

松本氏:
もう13回目になります。もともとはオフィスの活用から始まった企画ですが、最初からこの取り組みは、長く続けたいとは思っていました。やはり続けないと、社員にも受け容れられないし、意味がない。

最初の5年くらいはほとんどの社員がそっぽを向いていました。でも毎年やっていると「今年のこの作品が好き」という社員が一定数出てきて、7年目くらいからは市民権を得た感触がありましたね。

証券会社って投資家と発行体が出会う場としての役割を担っていて、その考えの延長で「アーティストと誰かが出会う場になれたらいいな」と思ったんです。

ART IN THE OFFICE 2013 作品 展示風景より

アートを資産として捉える物差しの欠如

井口氏:
この20年、30年で日本の現代アートはすごく変化したと思っています。お二人は日本の現代アートの黎明期から業界を見てきていると思いますが、どう捉えていらっしゃいますか。

倉田氏:
やはり90年を境に日本はデフレ、アンチインフレ政策に変わったためにアートへお金が流れにくくなってしまったんですね。つまり、アートを資産として見ないわけです。

貴族社会の中で受け継がれてきたアートは20世紀に入って大衆化し、誰でもアートを楽しめる時代になったけれど、デフレが是認される日本では資産という視点からアートが見られることは少なくなってしまった。資産として見られていないから、例えば企業でアート持つ人はダメ経営者と言われてしまったり。

松本氏:
そんなこと言われるんですか?

倉田氏:
90年代初頭からです、そう言われたのは。80年代はサラリーマン社長もアートを買う時代だった。しかも会社のために、です。企業コレクションを形成したりね。

松本氏:
ありましたね、安田火災(現在の損害保険ジャパン株式会社。SOMPO美術館他、公募展 FACE展を開催するなどアートに力を入れている)とか。

倉田氏:
安田火災は残っているという点で成功例でしょうね。あのゴッホの《ひまわり》は今だったら100億はすると思います。当時、アサヒビールはモネの作品を25億で、東京都はロイ・リキテンシュタインの立体を5億で購入したんですが、それがバッシングを受けた。

今は、どちらの作品も購入時の価格に比べて大幅に上がっているから資産として見るなら問題はないのですが、日本だとその発想は難しい。欧米でも日本以外のアジアでも資産的な側面が認められているアートにお金が大きく流れていますが、日本ではデフレでアートが資産という側面がなくなり90年代にお金が引いてしまった。

ウィズコロナの時代にビジネス的にチャンスであり大きなリスクであるのは、今、コロナ対策のために世界中が無制限に財政出動して、社会の隅々まで満遍なくお金を配り始めたことです。

松本氏:
インフレですよね。戦時下とほぼ同じですから、インフレになりますよ。

倉田氏:
そうなると日本のアートが30年ぶりに上昇に転じるんじゃないかなと。そんなときに、この国の現代アートに誰もが注目するにはゲーム的な要素がないといけない。

自分のコレクションした作品の作家がオークションで何倍とかに高くなっているのを見ると、たとえリセールしなくても嬉しいですよね。そのエンターテイメント性やゲーム性の構築は、やはりお金と絡むとやりやすい。あとは制度ですよね。日本の税制はアート向きになっていないから。

松本氏:
多分、文化の問題ではないんですよね。昔から日本には文化があるし、制度とか仕組みの問題かなと。倉田さんが仰るように、アートについても相続がスムーズにできるようになれば、日本人は個々の知的能力が高いし、アートにもお金が流れやすいでしょうね。

デジタル時代のアートのあり方

井口氏:
日本のアートマーケットが伸びていく上での課題、松本さんはどのあたりにあると思われますか?

松本氏:
週末に博物館に行ったのですが、もうね、漢字が読めない(笑)。私、漢字が読めない方ではないのですが、作家の名前の読み方や、色んなことが書いてある作品の解説、読み方が分からないものはすごく多いんですよ。

明治とか江戸の作家、あとは土地とか花の名前とか、何となくこう読むのかなって見当はつくけど恥ずかしくて口に出来ない。ルビを振るとか、説明も分かりやすくして良いと思うんですよね。難解なポエムのような説明書きではなくてね(笑)。

井口氏:
読み方はうちのサイトでも気を付けています。他言語対応にしたり、基本的なことですが情報を読み取るユーザーの目線に立つことが重要ですね。

松本氏:
アート自体は今まで通りで良いんです。周辺の解説を分かりやすくすれば裾野は広がると思うんです。

倉田氏:
コンテンポラリーアートはストーリー・テリングなので作家の生き様、どうしてそのアートに行き着いたのか、どんな意味があるのかについて包括して分かると作品の厚みが増しますよね。

ART IN THE OFFICE 2018 & 2014 作品 展示風景より

井口氏:
コロナの影響で今はアートにもオンラインの流れが出来つつあると思います。ただ、アーティストのキャリア形成を考えた時にどうか、という問題もあります。

よく問われるのが「不特定多数の人に買われることがキャリアにプラスになるかどうか」というものなんです。うちとしてはデジタル時代のキャリア形成も変わっていくとは思うんですが、それは実績を重ねながらと思っていて。

松本氏:
IPO(新規上場)みたいなものだと思うんですよね。今は、IPOして、広く公開し、幅広い人に株を持ってもらって会社を成り立たせる時代。相対で特定のスターだけに買ってもらう時代からオープンになってきている。芸術IPOですね。こういう流れはどの業界でも、普通になって来ていると思うんだけどな。

現代アート専門の越境EC 「TRiCERA.NET」

倉田氏:
明らかに過去と違うところは、FacebookやInstagramなどヴァーチャルな世界が広がってきている中、力のある画商さんがアーティストを売り出すというやり方は「昔の手法」になってきている。アーティストの価値づけはメディアの浸透度合い、SNSの拡散度合いとか、今までの常識では通用しない尺度が生まれてきているのは確かだと思う。

ただ、有名になるアーティストは「1万人に1人」という世界は同じで、例えばネット証券と言えば松本大さんが思い浮かぶ。「ネット証券のアイコン」は、その分野を最初にやった松本さん以外にあり得ないわけですよね。

ならFacebookから出てくるアーティストは誰か、Instagramから出てくる人は誰か、という話です。

村上隆や奈良美智を初期の頃から扱っていた小山登美夫という伝説のギャラリストは、90年代、海外のアートフェアに行けば所属作家のポートフォリオを担いてギャラリーに売り込みをかけていたんですが、今、井口さんがやっていることは、まさしく21世紀の小山登美夫です。

TRiCERAで作家を集め、オンラインで海外に出ていこうとしている。アートをスクリーニングするインターネットを通じて、世界中のコレクターにアートを売り込んでいるから面白いと思うんですよ。

松本氏:
最終的にはその作家のアートを何人が欲しがるか、何万人が欲しがるかで決まっていく。そうなると一対一では難しいですよね。個人的には実はアナログが落ち着くんですけどね。

倉田氏:
最終的にはアナログに落ちていくとは思います。作品を見た時、そこに作家がいてくれることが一番良いのは確かですから。

井口氏:
心のつながりを感じられる点はアナログのメリットだと思います。それをデジタルでいかにしてつくるかが、我々のようなスタートアップの課題だと思っています。

倉田氏:
それはぜひチャレンジすべきですね。ECにはコミュニティ機能が重要だと思っていて、作家とどうコミュニティをつくっていくか。暗号資産のブロックチェーンコミュニティは世界中にノード(集合点)があってコミュニケーションしているみたいに。

松本氏:
アーティストを中心にしたノードですよね。お互いにプルーフをし合う。プルーフ・オブ・アプリシエーション(審美眼の証明)というか。

井口氏:
そうなるとTRiCERAのコミュニティなのか、アーティストのコミュニティなのかがポイントになりそうですね。

【執筆:フジテレビ 清水俊宏】