この職質警察官証言も日時や場所などがX供述と異なっていたため、当初はその信ぴょう性が慎重に検討された。
X証言との相違点
Xの供述は、
「長官事件の数日前、27日の朝方に平岩聡(オウム信者・仮名)の運転で、井上嘉浩が助手席に乗って事件現場の下見をした時、クリスマスツリーに似た木があるところで車を停めて待機していると、前の方から自転車に乗った警察官が来て『何をしているんですか?」と職務質問を受けたんです。私は『仕事で張り込みをしています』と答えて、その際に警察手帳と本富士署所属の自分の名刺を出したんです。警察官は『わかりました』と言ってその場を去って行きました」というものだった。
まず第一に、Xが27日朝と言っていた職質日時について職質警察官は、27日にパトカー乗務のための免許講習に行っていたことから絶対に違うと証言した。自分の当番勤務の状況から24日より前で23日の夜のことだったとしている。
またXは職質があった時間を「朝方」と供述しているが、職質した本人によると、この職務質問は午後10時から翌日午前2時の間としている。
警察手帳を見せていない
第二に、職質警察官は、警察手帳は見ていないと明確に否定している。交番に戻った際に、警察手帳を見せてもらえば良かったなと思ったという心情を具体的に証言していることから信用性が高かった。
第三に、場所が違う。Xの供述にある「クリスマスツリーに似た木があるところ」とは隅田川沿いの道だ。この警察官によれば川沿いの道ではなく東京都水道局の脇の道だったとしている。ただ、そこは長官の車が帰宅時に必ず通る角が見える場所だったため、むしろ不審車両が事件に関係している疑いは強まったと言えた。

第四にXが「前から自転車に乗った警察官が来た」と言っている点である。この警察官は、職質状況の再現写真にもあるように不審車両に後ろから近付いたと証言している。

職質から4年半が経っていたにも関わらず、この警察官は自らが遭遇した状況をよく覚えていた。彼の具体的な証言により特捜本部は池袋でX供述を引き出した際に石室が感じた「胡散臭さ」をこの時点で再び思い出すことになる。
警察手帳を見せなかった理由
やはり「刑事が名刺を出した」という点が臭うのだ。この部分はX供述と職質警察官証言がピタリと一致している。一番不審な点が符号していることから特捜本部はこの職質警察官証言がX供述を裏付ける可能性があると判断するのである。地下鉄サリン事件の発生で当時の警察官は常時警察手帳の携帯が義務づけられていた。身分を表すものとしては手帳だけで十分だ。名刺を出す必要は全くない。
捜査員は事件前後のXの動向を再度洗い直した。すると、この謎を解く手がかりとなる情報が入る。