警察官は「不審者」ではない

驚いたことに本人はこれまで何度も捜査員の聴取を受けていたという。

「事件発生当時、特捜本部の捜査員から緊急配備中の取り扱い、事件前の勤務や取り扱い状況、特に職務質問の状況については詳しく聞かれており、その後も度々お話しています。警察官を職務質問したことは覚えていましたが、警察官に職質したことは不審者情報にならないと思ってしまい話していませんでした」と明かした。

今更ながらに人から話を聴きだすことの難しさがこの話に表れている。

地域警察官は日々の勤務で何度も不審者に職務質問を行っている。不審人物については報告を上げるが、相手から「警察官だ、張り込み中だ」と言われれば不審者ではないと思い込んで報告しないのも当然だ。

不審者ではない以上、職質した本人が重要な話ではないと思い込み、忙しい特捜本部の捜査員に見当違いな無駄なことは言うまいと話題にさえしなかったのは、むしろ警察官らしいとも言えた。

この場合は捜査員が「職務質問でおかしな者はいなかったか?」と聴くのではなく「警察官に職務質問した者はいないか?」と具体的に質問しなければ、なかなかこの情報は上がってこなかったと推察される。

警察官が「最近になって、特捜本部の人からあらためて『何か参考になることはないか?例えば警察官を職質したこととか?』と聞かれてお話しした次第です」と明かしたので合点がいった。

右側駐車の車と名刺

事件当時、警察官は「南千住署小塚原交番」で勤務していた。

職質は長官事件数日前の深夜、勤務していた交番から事件現場近くの「天王前交番」に応援勤務に行っていた時のことだそうだ。

夜、パトロールのため自転車で東京都水道局の脇を走っていると、前の方にテールライトがついたまま「右側駐車」している黒い車を見つけた。この警察官が実際に職質状況を再現した際の写真が捜査資料に残されている。

警察官による職質状況の再現(捜査資料より)
警察官による職質状況の再現(捜査資料より)

その道は相互通行可能な道路だった。問題の車は道路を逆走している様な形で対向車線側に停まって「右側駐車」していたため、警察官はその停め方を不審に思う。

エンジンもかかっていたような記憶があるという。後ろから近づくと車には男2人が乗っており、こんな時間におかしな駐車の仕方をしているので助手席側の窓を叩いて「こんばんは、何をされているんですか?」と職務質問を行った。

助手席の男が「〇〇署の者です」と言って警察官の名刺を出してきた。刑事が張り込みをしているんだと思い邪魔をしてはいけないと察して、すぐにその場を立ち去ったというのだ。

交番に戻った際に、警察手帳を見せてもらえば良かったなと思ったことを覚えているとも証言している。

運転席の男は年齢が20代後半で髪はスポーツ刈り、顔は細面で厳つい感じ、服装は私服でラフな格好。助手席の男は40代のおじさん風、顔は丸顔で体格はぽっちゃり、服装は白ワイシャツだったという。