トランプ政権が発足して1カ月となるが、既に諸外国の間では様々な懸念や混乱が広がっている。トランプ大統領は中国への一律10%の追加関税を発動し、今後は相互関税を強化する方針を打ち出し、諸外国はどこにどういった関税が導入されるかを注視している。
また、ノーベル平和賞が念頭にあるとされるトランプ大統領は、ウクライナ戦争の終結に向けて積極的に動き出し、プーチン大統領を最も有効な交渉相手に位置付けているが、米露主導の停戦交渉にウクライナや欧州は懸念を強め、ゼレンスキー大統領は欧州軍を創設するべきだと主張している。

このように、トランプ大統領は既に世界最大の変数と化しているが、まるでアメリカ合衆国という企業を経営しているように筆者には映る。
グローバルサウスへの関心低いトランプ政権
一方、政権発足から1カ月となるが、トランプ大統領は中国やウクライナ、イスラエルや日本、欧州など大国間が絡む問題に動き出す一方、インドを中心とするグローバルサウス(=南半球に多い新興国や途上国)については言及は極めて少ない。トランプ大統領は関税を武器に諸外国から最大限の譲歩や利益を引き出し、国際協調における米国の負担を最大限抑え、米国の政治的安定と経済的繁栄を躊躇なく追求する。

また、米国の諸外国に対する政治的、経済的優位性を堅持しようとし、それを脅かす存在として特に中国を警戒し、中国に対する優位性を確保しようとする。こういったトランプ的価値観に照らせば、今日の米国にとってグローバルサウスの優先順位は高くない。
では、そういった状況で今後のグローバルサウスの行方はどうなるのだろうか?
最近の米中関係からそれを探ることができる。トランプ大統領が中国へ一律10%の追加関税を発動した中、中国は報復として米国産の石炭と液化天然ガス(LNG)に15%、原油や農業機械、大排気量の自動車に10%の追加関税を課したが、ここから双方の狙いの違いが読み取れる。

トランプ大統領は、米国にとって最大の課題である対中貿易赤字を如何に手っ取り早く削減するかに尽力しており、中国から如何なる報復があるかを警戒しておらず、強気の姿勢しか見えない。
一方、中国は一律関税に対して狙いを定めた限定関税で対応している。そこからは、その後のトランプ大統領の対応を冷静に見極めると同時に、米国は保護主義的な路線に徹し、米国こそが国際協調や自由貿易に対する脅威になっていると内外に強調したい狙いが見え隠れする。
無論、国内経済が勢いを失う状況でトランプ関税の嵐は避けたいという狙いもあるだろうが、米国がグローバルサウスへの関心を低下させることにより、政治的かつ経済的に中国にとって有利な環境が整いつつある。
グローバルサウスのアメリカ離れと中国接近
バイデン前大統領は、同盟国や友好国と協力することで中国に対抗する姿勢を重視し、バイデン時代にはグローバルサウスを如何に自らに接近させるかで米中の間で競争が展開されてきた。しかし、バイデン時代において、グローバルサウス諸国からは大国への不満が根強く聞かれた。
例えば、2022年9月の国連総会の時、当時のアフリカ連合のサル議長(当時はセネガル大統領)はウクライナ情勢などの大国間対立に言及し、アフリカは新たな冷戦の温床になりたくないと不満を示し、インドネシアの当時のルトノ外相も東南アジアを冷戦の駒にするべきではないと発言した。

また、2023年6月、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議の時、当時のインドネシアのプラボウォ国防相は米中対立を皮肉交じりに新冷戦と表現し、大国間対立の激化に強い警戒感を示した。当時のフィリピンのガルベス国防相もウクライナ戦争や米中経済の切り離しは信頼構築と協力を損ない、冷戦時代を復活させると強い不満を示した。
国際協調路線を訴えてきたバイデン時代でさえ、グローバルサウスからは大国への根強い不満が繰り返し聞かれたが、今後のトランプ時代においては、そういった不満や警戒感がいっそう強まることは想像に難くなかろう。
無論、中国がこれまで展開してきた一帯一路に対する反発や抵抗もグローバルサウスでは生じているが、習近平国家主席はトランプ大統領よりグローバルサウスとの関係を強化しようという意思がある。トランプ時代、米国とグローバルサウスの関係はいっそう冷え込み、中国との関係強化を進めるグローバルサウスの国々が増えることが考えられよう。
トランプ時代に日本に求められる姿勢
では、そういった時代において日本にはどういった姿勢が重要になるのか。中国による対外的拡張が顕著に見られ、ロシアと北朝鮮が軍事的な結び付きを強化する今日、日本に安全保障環境は厳しさを増す一方であり、日本にとってはどんな状況になっても米国との安定的な関係は欠かせない。
トランプ大統領をめぐっては、中国やロシア、グローバルサウスだけでなく欧州でも懐疑的な見方が強まっているが、石破政権が日本の対米投資を強くアピールし、米国産エネルギーの購入拡大を発表したことは、日本の国益を戦略的に考えた上での行為である。

しかし、他の国々からすると、米国第一主義や保護貿易主義を貫き、世界経済を混乱させようとするトランプ大統領と安定的な関係を築こうとする日本は奇妙な存在に映ることもあろう。
トランプ大統領とは距離を置き、中国との関係強化に努めるグローバルサウスの国々の中には、トランプアメリカと日本を同一視するような見方さえ出てくるかも知れない。
トランプ大統領が昨年の大統領選に勝利して以降、中国は日本へ接近を試みているように見えるが、2月7日の石破・トランプ会談のような日本の姿勢に中国は強く反発しており、中国との関係強化に努めるグローバルサウスの国々にそういった日本の姿を強調することが考えられる。そうなれば、日本とグローバルサウスの一部の国々との間では政治的な距離感が顕著になる可能性があろう。
繰り返しになるが、日本の安全保障環境を考慮すれば、米国との安定的な関係はトランプ政権においても欠かせない。しかし、世界が多極化に進んでいると言われる今日、世界における米国の存在感が以前のような圧倒的なものではなくなっていることは明らかであり、トランプ大統領が再選したこともそれを物語る。

親分と蜜月関係を維持すれば安泰という時代ではなく、トランプアメリカに対する諸外国の懸念が強まる中では、日本としては日米結合という認識をグローバルサウス諸国に与えてはならず、トランプアメリカと良好な関係を維持する一方、日本独自の主体性や理念、戦略というものをグローバルサウス諸国に訴えていく必要がある。
トランプ時代、グローバルサウスをめぐる政治力学は中国有利に傾く可能性があるが、日米結合という姿は日米間の中だけに抑え、グローバルサウス諸国には日本は日本という姿を前面に出していくことが望まれよう。
最後になるが、グローバルサウスといっても国家によって米国、中国との関係はそれぞれであり、本稿はミクロ的な議論を展開しておらず、マクロ的な視点から議論を展開しているものである。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】