党員投票で広く意見を聴くのが民主主義か

先日フジテレビの「グッディ」という番組の中で司会の安藤優子さんやカンニング竹山さんと自民党総裁選の党員投票について激しい議論になった。彼らの言い分は、自民党の総裁選は日本の首相を選ぶのだから党員投票をして広く意見を聴くのが民主主義だ」というもの。

これに対し僕は、「国民が投票して国会議員を選び、その国会議員が投票で選ぶのが民主主義」「4000円払えば党員投票できるので4万円払えば10票もらえる」と主張し、議論はかみ合わずに最後は安藤さんが「場所を変えてまた話そう」と締めて終わった。

あの時にうまく説明できなかったのでここで補足しておきたい。

日本は議院内閣制なので、共和制の米国やフランスと違って、国民が直接国のリーダーを選べない。米国やフランスは国民が直接大統領を選び、日本、英国、ドイツは国民が国会議員を、国会議員が首相を選ぶ。

この理屈で行くと、政党の代表は本来国会議員が選ぶべきだろう。実際、以前の総裁選は議員中心だったのだが、それが変わったのが2001年の総裁選だった。この時は国会議員票346票、党員票は前回の47票から141票に増え、事前予想では橋本龍太郎氏が小泉純一郎氏らを押さえて圧勝すると見られていた。

しかしふたを開けてみるとすさまじい小泉旋風が吹き荒れ、小泉氏が党員票のなんと9割を取ってしまった。これに国会議員も影響されて、小泉氏に雪崩を打ち、結局小泉氏が首相になった。

これをきっかけに党員投票の比重はさらに増え、今では国会議員票と同数になっている。それを今回「政治空白を作れない」との理由で国会議員394票、党員141票という簡易型に党執行部が決めてしまったために批判が集中しているというわけだ。地方に強い石破氏が不利だ、石破を当選させないために党員投票をしないのだろうという指摘ももっともである。

なぜ政党は党員に党首を選ばせるのか

ただ党員投票というのはあくまで政党という「団体」が行う私的な投票である。だから僕が4万円払って10人分投票することも理論的に可能。

僕がズルするくらいならまだいいのだが、よからぬことを考える国家や団体が40億円払ったら、自民党は100万枚の投票用紙を送らねばならない。すると自民党総裁はそのよからぬ奴らの思い通りになってしまう危険性もある。そういう危険性を排除するためには執行部が言うように2カ月くらいの準備期間が必要なのだろう。

それにしてもなぜ政党は党員に党首を選ばせるのか。それは党員に勧誘するためのセールストークなのだ。自民の党員は108万人だから年間の党費の合計は43億円。結構な額だ。さらに選挙では手足になって働いてくれる。政党にとって党員はどうしても欲しいもの。でもこのご時世、なかなかなってくれない。そこで「党員になれば総裁、すなわち首相を自分で選べますよ」というセールストークが必要なのだ。

党員にしてみれば首相を選ぶために4000円払ってるのに、できなければ怒るのは当たり前だ。でもそれはあくまで108万人の自民党員の問題であって、残りの1億2500万人の国民には関係ない話だ。安藤さんや竹山さんは別に怒る必要はない。

権力の空白は国家の危機

安倍首相が退陣表明し、今は権力に空白ができている。もし中国人の自称漁師が尖閣に上陸した時に、安倍首相が病院で治療中で電話に出られなかったら、自衛権を発動して自衛隊を出すのか、いや警察権だから海保を出すのか、いったい誰に聞けばいいのか。副総理の麻生さんか官房長官の菅さんか。

尖閣諸島

そうやってグズグズしているうちに尖閣には小屋が建ち、港ができ、人が常駐するだろう。それが権力の空白の恐ろしさである。我々は一日も早く新首相を選ばねばならない。国会議員の7割以上が菅官房長官を次期首相に推しているのなら、それが現時点での民意だ。国民にはその良しあしを判断するための衆院選挙という機会がある。そういう意味でも菅氏は首相就任後、早く解散総選挙をした方がいいと思う。

【執筆:フジテレビ 解説委員 平井文夫】
【表紙デザイン:さいとうひさし】