石川県七尾市で35年に渡って親しまれた一軒の惣菜店がある。店の名前は「じゃ~ま」。能登半島地震の被害で店は閉店したが、2025年2月に思わぬ形でその味が復活した。
35年愛された惣菜店「じゃ~ま」
「お店をしていたのはどっかここら辺だけなのよ小さいよね。面影なくなったね」そう話すのは蠏早苗さん(74)。今は更地となったこの場所が35年もの間、蠏さんの仕事場だった。

大きな唐揚げが入った弁当が自慢のお惣菜屋さん「じゃ~ま」。石川テレビは地震前の2023年10月に店を切り盛りする蠏さんを取材していた。

「化粧してきたのよ、テレビに出るもんで。化粧したのわかるけ?」惣菜はもちろん、蠏さんとの会話を楽しむ客でいつも大にぎわい。七尾市民にとってなくてはならない店でしたが、蠏さんは一代限りで店を閉めると決めていた。「できる範囲内でやれて『もうこれで無理や』って思ったら終わり。いつダメになっても後悔はないです。続けられるだけ続けられたらそれでいい」

この取材から2カ月後、その時は突然訪れる。2024年の能登半島地震で建物や機材に大きな被害が出たことを受け、蠏さんは「じゃ~ま」の閉店を決断した。店を片付ける作業中、常連客が訪れ「おばちゃん店はもうせんが?最後までありがとうね」と蠏さんに声をかけた。蠏さんは「『もうちょっと店をして』とか言ってくださるんだけど、ありがたいよね。そんな話を色々持ってきてくださるって。私は幸せ者やと思う」と話した。
能登半島地震で変わった日々の暮らし
店を閉めたことで寂しくないか聞くと「やり切ったって感じ。最後が体調不良とかじゃなくて地震でダメになったじゃない。だから踏ん切りがついたって感じ」と話した。また店を営業していたころは深夜から仕込み作業をしていた蠏さんは、今も夜中に目が覚めることがあるそうだ。「毎日じゃないけど時々目が覚めます。きょうは2時起きでした。店をやっていた感覚がまだ残っているような気がする。かといってもう1回仕事のある生活は、もう考えつかなくなっている」

地震の後、蠏さんの生活は大きく変わった。2024年5月に蠏さんを訪ねた際には「おはようございます。一緒にお散歩行きましょう」と誘ってくれた。自宅に大きな被害はなかったという蠏さん。仕事を辞めたことで時間に余裕ができ、早朝の散歩が日課になった。「雨がひどくない限りはね。娘が『雨降ったって傘させば』って鬼みたいなこと言うから」

店に立っていたときは夜中から夕方まで働きづめだった蠏さん。今の暮らしについて聞くと「もっと退屈になるかなと思ったけどそうでもない。全然退屈じゃない。『ああ、暇』ってなることがあんまりないかな。店によく来てくれた若い子が来てくれたり『よう家がわかったね』って言うと『今はナビってものがあるのよ』って。今までみたいな仕事はできない。1回やめたらもうダメだわ。もうリセットされてしまっている」しかし七尾の街は蠏さんを放っておかなかった。
料理教室でじゃ~まの味が復活
「よろしくお願いします」地震から1年がたった2025年1月。七尾市内の商業施設「パトリア」に蠏さんの姿があった。ここで料理教室を開いてみないかと、話が舞い込んだのだ。提案したのはパトリアを運営する吉田一翔さんだ。「僕はもう高校時代に常連も常連で、足しげく通わせていただいたじゃ~まファンの1人」

吉田さんは店にほど近い七尾高校の卒業生。生徒たちにとって「じゃ~ま」は欠かせない場所だった。「お惣菜が食べられるのはもちろんなんですけど、おばちゃんとお話ができて学校に日々通う中での駆け込み寺みたいな」ほかの卒業生たちからも賛成の声が上がり毎月1回料理教室を開催することが決まった。蠏さんは「たくさんの方にお世話になっていたんやなというのはつくづく感じました。うまいことやらんなんなって」と意気込んでいた。

料理教室当日。「あの味をもう一度食べたい」と集まったかつての常連客9人が初めての生徒だ。「もも肉は適当でいいですけど、ご家庭にあわせた大きさでいいと思います」この日の献立は店の1番人気だった唐揚げを含む3品。じゃ~まの味を忠実に再現したいと質問が相次いだ。

「皮はとらなくてもいい?」「皮はつけといてください」「ふつうの醤油ですか?」「私は全部薄口醤油を使います」作り方をイチから人に教える料理教室の仕事は、店に立っていた時とはひと味違ったようで、蠏さんは「しゃべって、見て。自分一人で作るんだったらしゃべらなくてもできるけど料理教室だからしゃべらないとね。お店とは違う。3倍疲れた」およそ2時間でじゃ~まの味、3品が完成した。

「先生きょうはありがとうございました。いただきます」「じゃ~まの味!」試食した人たちの反応を見ると、長年通った店の味を再現できたようだった。蠏さんに会うのは1年ぶりで、久しぶりの団らんに会話も弾む。「出勤前に弁当を買って、弁当ぶら下げて職場に行っていた。いつも弁当を楽しみに七尾に来てたから」「大丈夫、今度は自分で作れるから」「朝3時に起きて弁当を作るわ」

参加した人たちは「唐揚げは作っている時の匂いからして『これこれ』って感じで懐かしかったです。おばちゃんに会えなくなるのが寂しいなと思っていたんですけど、きょう会えてうれしかったです。お互い元気に会えて良かったなと思います」「昔を思い出せるような時間だったし、色々な人との繋がりを感じられた一日だったと思います。家で娘と夫が待っているので『これがじゃ~まの味だよ』って食べさせてあげたい」と大満足の様子だった。
蠏さんは「初めてだからどういう風になるか想像もつかなかったけど楽しかった。でも疲れた。懐かしい顔が見れて会えて良かったです。原動力は来てくださる方の『おいしかった』って言葉だけだと思う。それはすごくうれしい。やってよかった。きょうのような感じで繰り返せたら幸せだよね」と1日を振り返った。

七尾の街で多くの人に愛されながら幕を閉じた惣菜店「じゃ~ま」。店が無くなっても蠏さんの居場所がなくなることはない。
(石川テレビ)