高齢化や担い手不足で地域の伝統が惜しまれながら姿を消している。佐賀・唐津市で数百年にわたって受け継がれてきた「広瀬浮立」はこの秋、最後の奉納となり、太鼓と笛の音が響き渡る中、数百年の歴史に幕を閉じた。
全国でも珍しい「武家浮立」
唐津市厳木町広瀬地区の「広瀬浮立」は、裃姿の男衆が奉納する全国的にも珍しい武家浮立で、佐賀県の重要無形民俗文化財に指定されている。
この記事の画像(17枚)コロナ禍を経て5年ぶりに奉納された広瀬浮立。しかし、高齢化や浮立の担い手不足により、その長い歴史に2024年の秋、数百年の歴史に幕を閉じることになった。
最後の奉納に備えて太鼓の表面を拭き上げる田久保隼人さん(29)。参加者の中で最年少だ。
太鼓の練習を続ける田久保さんの手には数多くの血豆。広瀬浮立で使うバチは短く、叩くと太鼓の面が手に触れ、太鼓の音を手で止めることから出血することも多いそうだ。
「大変ですね。いやになりますもん」と語る田久保さんの笑顔には、伝統を受け継いでいくことへの複雑な思いがにじんでいた。
「時代の流れ…やむを得ない」
一方、田久保さんに太鼓や所作を教えている年配の男性は、浮立の歴史に幕を閉じざるを得ないのは時代の流れだと感じている。
太鼓を教えている男性:
昔はみな農家だったので地元にいたので比較的(人を)集めやすかった。今は時代が変わって大学行った人は戻ってこない。人が不足している。やむを得ないところでしょうね
厳かに“最後の奉納”
そして2024年9月8日、「広瀬浮立」は最後の奉納の日を迎えた。
裃姿の男性が一斉に並び、厳かな空気が漂う。響き渡る笛や太鼓の音。約40人の一行は天山神社の境内まで約700mを笛や太鼓を鳴らしながら練り歩く。
神社に到着すると、浮立最大の見せ場でもある掛け声に合わせて体をひねりながら太鼓を打つ「ねじり囃子」を披露。
広瀬浮立では奏者は奉納中、演奏に集中しなければいけないという厳格な決まりがある。流れる汗を周りの人に拭いてもらう独特の光景を目にするのもこれが最後だ。
浮立が始まってから2時間ほどの時が過ぎ、厳かな空気に包まれながら、最後の奉納が無事に終わった。
広瀬浮立の最後の奉納を地元の人たちは感慨深げに見守っていた。
地元の女性:
ちっちゃい時からの思い出がたくさんあって。終わるのがもったいないし、なんとか続けられたらなという思いがします
最後の奉納には遺影を抱えて参加した男性の姿もあった。遺影は、かつて広瀬浮立保存会の会長を務め、伝統の継承に情熱を注いできた男性。「最後だから連れてきました。感動しました。一緒に見られて」と語り涙ぐんでいた。
最年少の田久保隼人さんは、血豆だらけの手で太鼓をたたき続けた。全身を使って太鼓に魂を込める姿は圧巻だった。
「やりきれたので点数で言ったら100点満点。それ以上だと思います。(今回で終えることは)みんなで話し合って決めたことなので、仕方ない、流れかなと思っています」と最後の奉納を終えた気持ちを語った。
惜しまれつつ数百年の歴史に幕
そして、保存会会長の曲渕俊之さんは、地元の人たちを前に複雑な思いを吐き出した。
広瀬浮立保存会 曲渕俊之会長:
来年も頑張りたいところですが、浮立衆1人1人にいろんな事情がございまして、本日をもって広瀬浮立の奉納を終わらせていただきたい
武家風の厳粛さを伝え続けてきた「広瀬浮立」。この日は終始晴れわたり、大勢の観客が訪れ最後の浮立に花を添えた。数百年続いた伝統の浮立は惜しまれつつ静かに幕を閉じた。
(サガテレビ)