吉報は突然やってくる。

最高裁判所から中村和洋弁護士の事務所に届いた決定書。

それは、取り調べ映像が一体誰のために録画されたものかを問いかけるものだった。

■「検察なめんな」恫喝的な密室での取り調べ

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プレサンスコーポレーションの社長だった山岸忍さん。

21億円の横領事件を巡る大阪地検特捜部の捜査で、元部下が取調べで虚偽の供述をしたことで逮捕・起訴された(2021年に無罪確定)。

元部下に対する田渕大輔検事の取り調べは、恫喝的なものだった。

密室での取り調べなのになぜ『恫喝的』だと分かるのか。

それは、田渕検事が「検察なめんな」と大声で怒鳴ったり、机を叩く姿が録画されていたからだ。

■約18時間分の取り調べ映像 国に提出するよう命じた地裁

2022年3月、山岸さんは国を相手に民事裁判を起こした。

検事の違法な取り調べによって冤罪が作られたと訴えている。

山岸さんは、大阪地裁に取調べ映像を証拠として見てほしいと主張した。

2023年9月、裁判の審理を進めていた大阪地裁(小田真治裁判長)は約18時間分の取り調べ映像を証拠として提出するよう国に命じた。

■『映像は48分で足りる』地裁の決定に待ったをかけた高裁

しかし、これに待ったをかけたのが高裁だった。

2024年1月の大阪高裁第2民事部(三木素子裁判長、池上尚子裁判官、田中俊行裁判官)の決定は、山岸さんの弁護団にとって『意外』な結果だった。

裁判の証拠として調べる映像は48分間で足りるとして、地裁の決定を認めなかったのだ。

この48分間の中には、「検察なめんな」という暴言や机を叩く姿は録画されていない。

高裁は2つの理由を挙げている。

■「映像でなくとも『文字起こし』でわかる」「プライバシー侵害のおそれあり」高裁が挙げた理由

1つは、検事の口調や取り調べの雰囲気は、映像の反訳(すなわち、文字起こし)で把握できるので、映像を見る必要性は高くないこと。

もう1つは、映像が開示されると、取り調べを受けた元部下のプライバシーが侵害されるおそれが完全に払拭できないという理由だった。

■『裁判官が映像を見ないまま裁判が終わってしまう』最高裁に不服申立て

西愛礼弁護士:国にとって不都合な事実が闇に葬りさられようとしている。到底納得できません。

高裁決定が出たこの日の会見で元裁判官の西愛礼弁護士が珍しく大きな声で不満をあらわにした。

このままだと、どう喝的な取調べが違法だと訴える裁判で、裁判官が映像を見ないまま裁判が終わることになる。

山岸さんは最高裁に不服を申し立てた。

■逆転勝訴 最高裁は『約17時間』の映像提出命じる

17日、山岸さんの代理人である中村弁護士のもとに最高裁から封書が届いた。

入っていたのは、最高裁の決定書だった。

新たに約17時間分の映像を提出するよう国に命じる内容。

『逆転勝訴』だった。

中村和洋弁護士:画期的な判断で大変素晴らしい決定だと思っております。他方で、いわば当然の決定だとも思っています。

 17日午後6時半に始まった会見の冒頭、中村弁護士が安堵の表情を浮かべた。

■モザイク処理などの配慮を条件に映像の提出に『同意』していた元部下

最高裁第2小法廷(草野耕一裁判長)は、映像は反訳や法廷での証言と比べて格段に多くの情報を含んでおり、正確性もあると認定。

さらに、元部下のプライバシー侵害のおそれも(映像の提出を認めない)理由にはならないと指摘。

そもそも元部下はモザイク処理などの配慮があれば映像の提出に同意していた。

高裁が理由としてあげていたプライバシー侵害の「弊害が発生するおそれはない」と判断した。

かくして、問題部分が録画された取り調べ映像も裁判の証拠となり、市民の目にも届くことになった。

■提訴から2年半 高裁の決定により遅れた「問題部分を含む」取り調べ映像の証拠提出

すでに山岸さんの提訴から2年半が経っていた。

証拠として提出されるまでにかかった時間の長さに、中村和洋弁護士も苦言を述べるのを忘れなかった。

中村弁護士:取り調べの違法が問題になっており、それを検証するための録音録画があるのですから、証拠として認められるのは当たり前のこと。当たり前のことにここまでの手間と時間がかかったことには課題が残っていると思っています。

 ここまで時間がかかった理由の一つは、大阪高裁の決定だ。

取調べが違法かどうか争われる裁判で、その取調べが録画された映像を、「証拠にしなくていい。文字起こしがあるんだから、映像は見なくて良い」。そういう判断だった。

裁判は客観的な証拠に基づいて行われるものではなかったのか。

そんな疑問さえ浮かんでくるような高裁決定。

こうした決定がなぜ生まれたのか。

元検事でもある中村弁護士に聞いた。

■「ひどい取り調べ映像が公開されると有罪率99.9%を追認する裁判所も批判されると考えたのかもしれない」と元検事の弁護士

中村弁護士:こういうひどい取り調べが公開されると全部こういう取り調べなんじゃないかと思われる。有罪率99.9%だからそれを追認している裁判所まで批判されるんじゃないかと。そんなことを考えたんじゃないか。邪推かもしれないがそう思っています。

続けて、多くの無罪判決を獲得してきた秋田真志弁護士も、高裁決定を出した裁判官の真意に疑問の目を向けた。

■「高裁決定は検察庁に対する忖度があったのではないか」と弁護士

秋田真志弁護士:あってはならないことだが、高裁決定は検察庁に対する忖度があったのではないかという気が本当にしています。(取り調べの)実態を見極めるということをどう思っているのか。高裁決定に関与した裁判官には反省してもらいたい。

ここまで時間がかかった背景には、もう一つ理由がある。

実は、取り調べ映像は提訴の時点で山岸さんの弁護団の手元にあった。

なのに、これを裁判で証拠として提出しなかった。正確に言うと、法律上できなかった。

なぜできないのか。

■実は弁護団の手元にあった「取り調べ映像」 法律の壁『民事』では証拠提出できず

それは、刑事訴訟法に、検察官の開示証拠は刑事裁判以外には使用できないという規定があるからだ。

検察官の証拠開示の範囲を拡げる法改正(2004年)の際に、証拠の中に含まれる関係者のプライバシー等の侵害を防ごうと一律に使用が禁じられている。

山岸さんが国を訴えている裁判は、民事訴訟(いわゆる国賠訴訟)である。

刑事裁判ではない。 弁護士は刑事裁判で開示された取り調べ映像を証拠として提出できないというわけだ。

■刑事裁判で開示された取り調べ映像 「取り調べが違法」と国を訴えた民事裁判で証拠提出できない『もどかしさ』

しかし、山岸さんの立場に立つといかにも『隔靴掻痒(かっかそうよう)※』の感が否めない。(※靴の上から足のかゆい所をかくように、もどかしいこと)

自分自身の刑事裁判で開示された取り調べ映像を、取り調べが違法だとして国を訴えた民事裁判で証拠として出せないのだ。

そもそも、取調べの録画はなんのために行われているのか。

捜査機関が行き過ぎた取調べをしていないか事後的にチェックするためだとすれば、今回のような裁判でさえ証拠とすることを一律に禁止したままで良いのだろうか。

■誰のために「取り調べ録画」は存在するのか

今回のことで秋田弁護士は法改正が必要だと感じたと話す。

秋田弁護士:プライバシー等への調整は必要だが、今のように(刑事裁判以外での使用は)一律ダメだとして、(提出の)判断を検察官の裁量に委ね、国賠訴訟でさえ高裁は(検察に)忖度する。今回、非常に深刻な構造が表れたので、きちんと出るべきものはスムーズに出るような法改正が必要だと思っている。

ともあれ、法廷で問題部分の取り調べ映像が再生されることになった。

取り調べ映像はいったい誰のもので、そもそもなんのために録画されているのか。

取り調べ映像の提出範囲を巡って初めて最高裁の判断が示されたことを機に、根本に立ち戻った議論が必要であるように感じられる。

【関西テレビ司法キャップ・上田大輔】

弁護士資格を持つ記者。ドキュメンタリー番組として「裁かれる正義 検証・揺さぶられっ子症候群」(文化庁芸術祭優秀賞)、「引き裂かれる家族 検証・揺さぶられっ子症候群」(ギャラクシー賞入賞)、「逆転裁判官の真意」(地方の時代映像祭入賞)など。

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