米国の有力紙ニューヨーク・タイムズが、カマラ・ハリス副大統領に苦言を呈しながらも「唯一の選択肢だから」という理由で大統領選挙に推薦した。
ニューヨーク・タイムズ紙は、1860年の大統領選挙でアブラハム・リンカーンへの支持を表明して以来、大統領選挙の度に同紙が推薦する候補者を発表し、支援する報道をくりひろげて選挙の行方を左右する影響力を示してきた。それも、1960年に民主党のジョン・ケネディ候補を推薦して以来はすべて民主党の候補者を推薦し続けており、同紙の記事もリベラルな論調で貫かれている。
今年も先月30日、同紙は予想通り民主党のハリス副大統領を推薦すると社説で発表した。社説は2000語に及ぶ長大なものだが、目を引いたのはその見出しだ。
この記事の画像(9枚)「大統領のための唯一愛国的な選択(The Only Patriotic Choice for President)」
ここで「唯一の愛国的」というのは「大統領」にかかる言葉ではなく「選択」にかかる形容句で、平たく言えば「ハリス副大統領は唯一愛国的で大統領に相応しいから選択する」ではなく「ハリス副大統領を大統領に選択することこそが唯一愛国的な貢献だ」と、必ずしも副大統領が大統領に適任だと評価しての推薦ではないようにも受けとれる。
ちなみに過去のニューヨーク・タイムズ紙の大統領推薦の社説を繰ってみたが、今回のようにもって回った表現の見出しはひとつもなかった。
【2020年】
「アメリカはジョー・バイデンに投票を。元副大統領は今我が国が必要とする指導者だ」
【2016年】
「ヒラリー・クリントンを大統領に。我々は彼女に対する尊敬の念と知性、経験と勇気に基づいて推薦する」
【2008年】
「バラク・オバマを大統領に」
過去の推薦社説を繰って、もうひとつ気づいたことがあった。電子版で見る限り、今回は「カマラ・ハリス」という名前が見出しにないことだ。見出しと並んで副大統領の大写しの顔写真が掲載されているので、その必要がないといえばそれまでだが、選挙の応援をする記事の見出しに名前がないのは、いかにも不思議だ。
さらに、社説を読み出して最初の書き出しに驚いた。
「合衆国の大統領として、ドナルド・トランプ以上に相応しくない候補者を想像するのは難しい」
以下、トランプ前大統領が英知や正直さ、感情性、勇気、自制心、謙虚さ、規律などに欠け、職責を果たすことができないとめんめんと指摘してゆく。その上で、ハリス副大統領を選ぶことが「愛国的な選択」だとするのだが、ここでも社説は手放しでハリス副大統領を支持しているわけではない。
「有権者の中には、副大統領の計画についてもっと詳細を知りたいという声もあり、彼女が周到な準備なしに腹を割って自らのビジョンや政策を語ってほしいと言う。それは当然の要求だ。ハリス副大統領はこの選挙の重要性を考え、リスクを最小限に抑える選挙運動をしているのかもしれない。ジャーナリストの質問に答えたり、より詳細な政策を示したりすると論争を招く可能性があるからだ。そこまでしなくとも、トランプ前大統領に対抗できる唯一の現実的な選択肢であるということだけで勝利するかもしれないという戦略だ」
「しかし、その戦略が最終的に成功するとしても、それは米国民に対する侮辱であり、彼女自身の実績にも損害を与えることになるだろう。また、バイデン大統領のように厳しい質問から庇護されているという印象を与えることは、彼女が権力を引き継ぐ準備が整った有能な新世代の指導者であるという主張を弱める可能性もある」
ハリス副大統領は、民主党の大統領候補に選出されて以来ニューヨーク・タイムズ紙の推薦社説が掲載されるまでの間にマスコミの単独インタビューを受けたのは2回(9/14 Action News 6 ABC、 9/25 MSNBC)に過ぎない。副大統領がジャーナリストと接触するのを避けているのは、トランプ陣営からの非難の的になっているし、 米国人が尊ぶ合衆国憲法修正1条の「言論もしくは出版の自由」にそぐわないので、民主党支持者にも不評だ。
選挙戦も終盤を迎えて両陣営の大接戦が展開される中、ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査でトランプ氏が決戦場の「スイングステート(揺れ動く州)」7州中、南部の3州で優位に立ちハリス副大統領の勢いが「失速気味」とも言われ始めている。その原因の一つに、副大統領の政権への展望が有権者に伝わっていないことがあるとされている。
米国のマスコミの雄を自認するニューヨーク・タイムズ紙としては看過できなかったようだが、これだけ苦言を呈しながらもなおハリス副大統領を推薦する理由を、同紙は社説の最後で一言こう述べている。
「カマラ・ハリスは唯一の選択肢だ」
(ジャーナリスト 木村太郎)