アメリカの金融政策が転換点を迎えることになった。FRBのパウエル議長は23日、「9月の利下げ」を事実上予告した。

「9月の利下げ」を明言

「政策を調整すべき時が来た」。主な中央銀行のトップや経済学者が集う「ジャクソンホール会議」で講演したパウエル議長は、こう明言した。

記録的なインフレの抑制を最重要課題として、利上げが続けられた結果、アメリカの政策金利は5.25%から5.5%と、2001年以来の高い水準となっている。企業や家計の旺盛な投資・消費意欲を鈍らせるため、金融引き締めを通じて、経済全体の需要を下押しして物価上昇にブレーキをかける狙いだったが、2年前に8%台だった消費者物価指数の上昇率は、7月は2.9%と、3年半ぶりの2%台にまで下がり、落ち着きを見せている。

パウエル氏は「持続的に(物価目標の)2%に戻る道筋をたどっているという確信を深めている」と述べ、抑え込みを続けてきた物価の安定に自信を示した。

“雇用への配慮”に軸足

一方で、強調したのが、雇用への配慮だ。「雇用の下振れリスクは高まっている」として、労働市場について「さらなる冷え込みを求めることも歓迎することもない」と述べるとともに、「力強い労働市場を支えるため、できることはすべて行う」と強調した。

過熱を続けてきた企業の求人意欲に鈍化傾向がみられるなか、最近の経済指標では、雇用の弱さが浮き彫りになってきている。7月の失業率は、前月の4.1%からの横ばいを予想していた市場の読みに反して、約3年ぶりの高水準となる4.3%へと悪化したほか、この1年間の就業者数の伸びは、公表されていた数字より28%少なかった可能性が出てきた。

「ジャクソンホール会議」で講演したパウエル議長(8月23日)
「ジャクソンホール会議」で講演したパウエル議長(8月23日)
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FRBには、「物価の安定」と「雇用の最大化」というふたつの使命が法律で定められているが、パウエル議長の発言は、インフレの封じ込めから、雇用の目配りへと、政策の重心を移していく姿勢を鮮明にしたものだといえる。

9月の利下げが強く示唆されたことで、23日のニューヨーク株式市場では、景気や企業業績にプラスに働くという見方が広がり、幅広い銘柄に買い注文が広がった。ダウ平均株価は一時、500ドル近く値上がりし、7月につけた終値としての史上最高値を超える場面もみられた。

23日のニューヨーク外国為替市場では、パウエル議長の利下げ示唆で一時144円台前半に
23日のニューヨーク外国為替市場では、パウエル議長の利下げ示唆で一時144円台前半に

外国為替市場では、日米の金利差の縮小が意識され、ドルを売って円を買う動きが進んで、一時1ドル=144円台前半と、講演前後で2円ほど円高に振れた。

市場の関心は、9月に利下げされる「幅」に移っている。通常の倍となる0.5%の利下げを見込む観測も広がるなか、金融政策を決める9月中旬のFOMC=連邦公開市場委員会までに公表される8月の雇用統計や消費者物価指数が判断材料になる。

植田総裁 物価見通しの確度高まれば利上げの考え

一方、日銀の植田総裁は、23日、国会で、経済・物価情勢が日銀の見通しどおりに推移すれば、政策金利を引き上げていく考えを改めて示した。

植田総裁に出席を求めての閉会中審査は、日銀の7月の利上げ決定とその後の金融市場の急変動を受けて開かれることになったものだ。

閉会中審査で政策決定の背景を説明した植田総裁
閉会中審査で政策決定の背景を説明した植田総裁

日銀が7月末の金融政策決定会合で追加利上げを決め、31日の会見で植田総裁が、さらなる利上げの可能性を強くにじませたことを受け、円相場では、円高が進み、8月5日には、一時1ドル=141円台と、約7カ月ぶりの円高ドル安水準をつけた。

円急伸のなか、アメリカで、経済指標が悪化し、株価が急落したこととも連動し、日経平均株価は暴落し、5日に過去最大の4000円を超える下げ幅を記録したあと、翌6日には急反発した。

その後、7日に、内田副総裁が、今後の利上げに慎重な姿勢を示したことで、平均株価は、一時1200円近く上昇するなど、相場は乱高下を見せた。

追加利上げの円高進行への影響を認めるも、引き続き利上げを行っていく可能性を改めて示した
追加利上げの円高進行への影響を認めるも、引き続き利上げを行っていく可能性を改めて示した

23日の閉会中審査で、植田総裁は、「私どもの政策変更もあって、一方的な円安の修正が進んだ」として、追加利上げの円高進行への影響を認めたが、今後の利上げについては、「経済・物価見通しが日銀が持っている姿通りに実現していく確度が高まると確認できれば、金融緩和の度合いを調整する基本的姿勢に変わりはない」と繰り返し、物価が安定して上がっていく確実性が高まれば、政策金利を上げていく考えを改めて示した。

一方で、金融市場は「引き続き不安定な状況にある」として、「高い緊張感をもって注視する必要がある」との認識を示し、「金融資本市場の動向がリスクに及ぼす影響を見極めながら判断していく」と慎重に対応する姿勢を強調した。

アメリカ4年半ぶりの利下げと日銀の追加利上げ判断

アメリカが利下げへの歴史的転換点を迎え、ドル高修正への動きがみられるなか、景気が軟着陸できるかが、世界の金融市場で投資家がリスクをとる姿勢を維持し得るかを左右する。

他方、日銀にとって、市場動向が経済・物価見通しに与える影響は、今後の追加利上げ判断の重要な要素となる。

この先の利下げのタイミングとペースは「今後発表されるデータや見通し、リスクのバランスに依存する」としたパウエル議長。一方、植田総裁は「金利を少しずつ上げていくなかで、経済にどういうことが起きるかをひとつひとつ見極めながら、最終的な中立金利の姿を狭めていく。自信をもって狭められる状態になれば、市場や国民に知らせていく」と説明した。

世界経済をリードするアメリカの4年半ぶりの利下げでマネーの動きに大きな影響を与える局面が近づく一方で、日銀の利上げ判断をめぐる難度は高くなる場面が増えそうだ。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員