山あいの集落に160年以上も続く風習がある。その風習は、過去の悲劇を忘れず、未来の命を守る知恵となっている。長崎市の一地区で受け継がれる「念仏講饅頭(まんじゅう)」は、防災の心得を次世代に伝える貴重な文化遺産として、今、全国から注目を集めている。
「まんじゅう」に込める鎮魂と警鐘
長崎市太田尾町山川河内地区(おおたおまち・さんぜんごうちちく)。

ここでは毎年7月、特別な法要が営まれる。約160年前の江戸時代、万延元年(1860年)5月に発生した大雨による土石流で犠牲となった33人の霊を慰めるためだ。法要の後、地区の公民館では「念仏講饅頭」が住民に配られる。

江戸時代の災害では9人の行方不明者を残して捜索が打ち切られた。この饅頭は、災害翌日から途絶えることなく配布され続けてきた。

住民の坂本五十鈴さんは「ここはけっこう谷底、すり鉢のような感じになっているもんだから雨が降ったり災害があると心配」と語り、「無事に守っとってくださいという意味でお参りしてます」と饅頭を仏壇に供える。
教訓が根付いた防災意識
この地域の防災意識の高さは、昭和57年(1982年)の長崎大水害で証明された。

土石流で家屋2棟が流されたにもかかわらず、犠牲者は一人も出なかったのだ。江戸時代の災害の教訓が、人々の意識に深く根付いていたからだと考えられている。

地域の大半が土石流警戒区域に指定されている現在も、住民たちの警戒心は緩んでいない。「大雨が降った時に砂防ダムの水抜き穴から水が出たらすぐに逃げなければ」という認識が共有されているのだ。
未来へつなぐ生きる知恵
高齢化などの影響で、かつては月命日ごとに行われていた饅頭の配布は、現在では年に一度となった。しかし、その意義は薄れていない。

山川河内自治会長の山口和也さんは「42年前の大水害の時も、災害後の被害を見てここで1人も亡くなってない。不思議だったんじゃないかと思います」と振り返る。

そして、「(いつ逃げるか)きちんとした正しい判断をできるように、知恵を持って次の世代にその知恵を生きる知恵を引き継いでいきたいと思っています」と、風習の継承に込める思いを語った。
この取り組みは、内閣府と国土交通省が新たに設けた「NIPPON防災資産」認定制度への申請も行っている。未曽有の災害が相次ぐ日本において、山あいの小さな集落で脈々と受け継がれてきた防災の知恵が、今、全国的な注目を集めているのだ。
(テレビ長崎)