新型コロナウイルスの感染者はゼロと言い続けてきた北朝鮮が7月下旬、初となる「感染疑い例」が発生したと発表した。その疑い例となったのは、3年前に韓国に脱北し、7月19日に再び北朝鮮に戻ったとされる20代の男性だ。

感染が疑われた脱北者の男性は、この排水溝を通って再び北朝鮮へ

金正恩委員長は7月25日に緊急会議を開き、感染疑いが発生した韓国との境界に近い開城市を完全に封鎖するという大ナタを振るった。初の感染者発生かと注目を集めたが、北朝鮮はその後も「感染者はいない」と従来からの主張を繰り返していた。そして、約3週間後の8月14日、北朝鮮メディアは「専門防疫機関の科学的検証と担保」に従って開城の封鎖解除したと報じたが、依然として感染実態が見えない。

北朝鮮で、今何が起きているのか。北朝鮮で感染症対策の医師として働き、9年前に韓国に脱北したチェ・ジョンフン医師に話を聞いた。

北朝鮮は「感染症の博物館」「ソーシャルディスタンスは得意技」!?

北朝鮮で感染症対策医師として働いていたという チェ・ジョンフン氏

ーー朝鮮で医師として働いていたころ、どんな感染症があったのか。

チェ医師:
「一言でいうと、北朝鮮は『感染症の博物館』のようなものだ。私が知るだけでも、腸チフス、パラチフス、コレラ、はしか…。北に存在しない感染症はないと言ってもいい。体制維持が重要視される北では、感染拡大防止策の基本となる周辺住民への情報公開ですら当局に禁止された。さらに、当時北朝鮮には正確な診断ができる設備も技術もなく、至る所で多くの病気が地域病として定着していた。」

ーー感染症が発生した際、北ではどのような対策が取られるのか。

チェ医師:
「今回の新型コロナウイルスの対策と同様、都市封鎖・通行制限といった対応をとる。北朝鮮が打ち出せるのは、こういった当局による接触の統制だけだ。逆に言うと、これまで幾度にわたってこのような対策は取ってきたからこそ、都市封鎖を始めとしたソーシャルディスタンスは、北の『得意技』と言えるだろう。」

ーー北朝鮮の医療体制は新型コロナウイルスに対応できるのか。

チェ医師:
「新型コロナウイルスが世界的に流行し始めた当初、ウイルスの消毒法として用いられたのが、ヨモギを燃やし部屋を消毒するというものだった。こんないつの時代かわからないような方法を、当局がメディアを通じて勧める。北朝鮮の医療がいかに科学的ではなく、劣悪かわかるだろう。」

北朝鮮が中朝境界を遮断したのは2020年1月22日。世界で最初に新型コロナウイルスの感染が拡大した“震源地”である中国・武漢市の封鎖が翌日の23日だったことを考えると異例の早さと言える。国際社会からの経済制裁が続いている状態で、対外貿易の9割を占めていた中国との境界封鎖に踏み切ったのだ。

経済へ与える影響が計り知れないことは容易に想像がつく中で封鎖を断行したのは、劣悪な医療環境が背景にあるとチェ医師は話す。一方で、ソーシャルディスタンスが「得意技」というのは、監視社会である北朝鮮の皮肉な副産物だ。

薬やガーゼも患者が用意…破綻した無償医療

ーーそもそも北朝鮮における医療制度とは

チェ医師:
「社会主義の北朝鮮において、保険医療制度の理念として掲げられているのが『無償医療』だ。その名の通り、病院に行くことは自由だ。しかし、適切な診断・治療が受けられるかというと、そうではない。医療設備の老朽化に加え、水道・電気といったインフラの整備ですら追いついていないし、肝心の薬が病院にない。人道支援目的で国際社会から入ってくる薬でさえ、裏ルートで市場に流れ販売される。

一般住民に行きわたるべき薬が、金儲けの道具として利用されているのだ。住民たちは薬を自分で買い、病院に行く。さらに、ガーゼや消毒用アルコールなどの治療に必要なもの、手術室を温めるための燃料、さらには治療にかかわる医療スタッフの食事といった、治療には直接関係ないものまで準備しなければ病院で満足に治療を受けられないというのが一般的だ。財力がなくその日暮らしで精いっぱいの住民が、治療を受けられずに亡くなってしまう姿を私は数多く見てきた。社会主義の完璧さを常に主張しているにも関わらず、やっていることは資本主義そのものだ。」

医療制度が崩壊している現状は、他の脱北者を取材したときにも耳にした。8年前に脱北したというスヨンさん(仮名)。現在は韓国の大学に通っていて、脱北者が出演する韓国のテレビ番組に出演した事もある。彼女は中国との境界近くの田舎町出身なのだが、病院に医者は常駐しておらず、診察・治療を受けることは容易ではなかったという。さらに、病院に薬がないのはもちろん、マスクですら韓国に来るまで見たことがなかったというのだ。

8年前に脱北し 韓国で暮らすスヨンさん 大学に通い 社会福祉学を学んでいる

この医療崩壊のきっかけは、経済状況の悪化と食糧難だ。1970年代以降、北朝鮮の主要な貿易相手国は、旧ソ連や東ヨーロッパの社会主義国だったが、1991年に旧ソ連が崩壊すると対外ルートが断絶され、医療設備や薬が十分に入ってこない状態に陥った。さらに1995年の大水害が追い打ちをかけた。餓死者が最大で300万人にも上るとされる大飢饉に見舞われ、北朝鮮ではこの時期を「苦難の行軍」と称している。

当時北朝鮮にいた脱北者によると、支給される給料が減り生活に困るようになった医師たちは、自宅で診療所を開き個人的に診療を行うようになった。金銭的に余裕がない住民は、医師資格をもたない人間による治療を頼らざるを得なくなり、漢方などを利用した治療を受けたり、先祖代々伝わる民間療法で病気やけがを治そうとした結果、死亡する例も多かったという。

大飢饉「苦難の行軍」時の北朝鮮 餓死者は最大で300万人に上るとも言われる

染者ゼロではない…越北者で韓国に責任転嫁?

ーー北朝鮮での新型コロナの感染状況をどう見るか

チェ医師:
「北朝鮮が主張し続けている“感染者ゼロ”という状況は考えづらい。感染症を巡って、北朝鮮が感染者の情報を明らかにした事はこれまでない。その理由は、対外的イメージを保つことだけでなく、病気が蔓延していることを住民たちに隠し、内部結束を図ろうとする面もある。実際北朝鮮が考えていることは、『平壌で感染を蔓延させないこと』のみだ。

だからすぐ都市封鎖に踏み切る。平壌にだけ最新設備を置いて活用する。設備が地方には1台も行き渡っていないことは容易に想像がつく。今回、初の感染疑い例として報じられた韓国からの越北者だが、彼はいわゆる宣伝に利用されたのだろう。脱北するとこうなるのだと内部に知らしめて新たな脱北を抑止し、韓国が北朝鮮の防疫闘争を邪魔したとして、責任を転嫁する。これまでの北朝鮮の常とう手段だ。」

平壌のデパートの様子 入り口で体温チェックが行われている

国政府は北朝鮮に渡った元脱北者の男性の濃厚接触者や立ち回り先などを対象にPCR検査したが、感染者は1人もいなかった。WHOによると、北朝鮮はこの男性の関係者3000人以上を隔離しているという。北朝鮮は開城の封鎖解除を発表したが、男性が本当に感染していたのか、感染を疑わせる症状があったのか、今も定かではない。

【執筆:FNNソウル支局 熱海吉和】