「東工大の益一哉学長とNECの遠藤信博会長で対談企画をできませんか」
 日本を代表する情報産業と理工系教育のツートップ対談が、FNN.jpオンラインで実現した。世界に負けないAIやデータ人材を創出するには、産業界と大学はどう連携するべきか?徹底討論する。

大学と企業は組織的連携を

東工大の益学長
東工大の益学長
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鈴木:産学連携については、ヒトモノカネをどうするかという話になります。まずヒトの話からスタートしましょう。

遠藤:いまNECで研究員の海外比率は40%を超えています。日本の大学でももちろん採用していますが、たとえばインド工科大学からも毎年数名を直接採用しています。とにかく人が足りないんですよ。そういう意味では日本の企業と大学がより密接に連携して価値創出のためにお互いが持つ人材を活かしきるというのは、日本全体がもっと積極的にやらなければいけないと思っています。東工大はやっておられますけど、大学にはぜひそういうことを意識した仕組みを作ってほしいというのが我々企業側の想いですね。

鈴木:今の大学の仕組みでは、まだまだ企業側のニーズを満たしていないと?

遠藤:20年くらい前は、ある技術をやっている先生に「その技術を発展させましょう」というのがコラボのありかたでした。しかし今は、もっと明確な共通のゴールを定めて「大学の能力を貸してください。我々の技術も持ち込みます」と変わってきています。つまり、「ある領域で特殊な能力をお持ちの先生は、ほかにも高い能力をお持ちになられているので、その能力を貸してください」というのが、我々のコラボへの大きな期待値なんです。

益:それいいな(笑)。

遠藤:そのときはゴールの共有、いわば“KGI”(※)が重要です。いわゆる”KPI”(※※)ではありません。そこは大きく変わりつつあるんじゃないかな。アメリカはそれが当たり前になっていますね。

(※)Key Goal Indicator、重要目標達成指標
(※※)Key Performance Indicator、重要業績評価指標

益:いま大学が産業界との共同研究をやっている中で、とびぬけた先生の中にはかなりの予算で行っているところもある。でもそうではなくて、大学と組織的連携をやりましょうと、まさに特定の企業が目指すゴールに東工大の先生が知恵を出し合って、一緒に向かいましょう、と。大学は組織的連携をいま一番やりたいし、やらなくてはいけないと思います。

鈴木:これからは大学と企業が、まさに包括的に連携すると。

益:「産業は学問の道場である」と話す先生もいます。基礎研究と応用研究の両方が分かって、実際に使ってみてからもう一度基礎研究へ目を向けると、基礎でやらなければいけないことがいくらでもあることが分かります。さらに、ゴールを決めると、いまやらなければいけないことが見えてくるわけですよ。何も知らない人から見たらそれは基礎研究なんだけど、新しい学問分野であることもあります。

インターンシップは最低3か月、有給で

NECの遠藤会長
NECの遠藤会長

鈴木:ヒトで言うと具体的にどんな連携が考えられますか?

遠藤:連携というといくつかの段階がありますが、まず一つ目として、我々は学生インターンシップ(以下「インターン」)を最低でも3か月の期間で来てほしいですよ。場合によっては1年でも全然問題ない。そして、そこで結果を出したら、大学の単位にしてくださいと。してくれるかどうかはわからないんだけど。

益:3か月のインターンは賛成です。でも僕は単位化することについては逆の立場で、個人的には単位にしなくても良いと思っているんだけど。

遠藤:いずれにせよ学生さんが、2週間で「何かやってきた」と思うのはもうやめましょうと(笑)。学生にとって大切なのは、「自分が何になりたいか、自分をどう活かしたいか」という目標が見えることで、そういう意味ではインターンはとても価値があると思います。だから「2週間で勉強して来い」と言うのはあまりにも「ちょっと見てこい」という感じで、やはり一緒に研究をして答えを出して、「これは面白いね」と実感していただくのが大切です。

鈴木:学生が「お客さん」ではなく、研究員の1人となるわけですね。

遠藤:我々としても、一緒に働いた学生がNECに入ってくれるのは大歓迎ですし、こういうレベルの人の育て方、コラボのやり方もあるのではないかと。先ほど言ったような、「大学の力をお借りして我々と同じ方向を目指す」ということではないかと思います。

益:インターンについて言うと、僕は「1日インターンはインターンではない。会社見学と呼んでほしい」と言っています。インターンは最低3か月から1年です。あと、遠藤さんに一つ抜けているのは、きっちりと3か月なら3か月分の給料を払ってと。

遠藤:あ、それは全然かまわないです(※)。

(※)NECの研究インターンシップは、勤務日数合計30日以上を想定、時給1500円のアルバイトとして雇用し、給料を支払う仕組み。

益:でしょ。「1日1000円、昼飯代だけ」とか、そういうプログラムは勘弁してほしい。せめて新入社員と同じくらい、月2~30万円くらいは払うつもりで3か月くらいインターンとしてみっちり働く。僕はそのインターンの3か月あるいは半年を単位認定はせず、卒業が遅れても良いと思っているんですよ。「半年遅れたけど私はNECでインターンをやっていました」というのは、学生にとって単位以上のキャリアなんです。その研究が自分の研究に近かったりすると、学んだ手法が次の自分の研究に役立つ。ですから、僕はインターンに大賛成です。

留年・中退にフレキシブルであれ

 
 

鈴木:学生がインターンに参加するのはもちろん賛成ですが、単位が取れないと躊躇する学生も出てきそうですね。

益:そこは学生がマインドを変えないといけないと思います。例えば学士課程の3年で卒業に必要な単位を取ったら残りの期間は海外留学やインターンに行きなさいと。東工大は、卒業も遅れないような制度も整えています。また、中国や韓国、フランスの大学と「ダブル・ディグリー・プログラム」をやっていて、例えば、中国の清華大学との「大学院合同プログラム」では毎年10人程度が参加しています。参加すると修了が半年から1年遅れてしまうのですが、清華大学へ行った学生は「それでもいい、得たものは大きい」と言いますね。インターンで半年や1年遅れても学生にとって得るものは大きいから、充実したインターンなら修了が遅れてもいいと思っているんです。

鈴木 :しかし保護者にとっては、留年というのは非常に抵抗があるので、できれば単位も頂きたいというのがあるのでは?

遠藤:それは社会がそういう風になっているからで、最終的に社会に出るのが多少遅くなっても構わないというように社会がもう少しフレキシブルにならないといけない。そのためには、留年に対してフレキシブルであるだけでなく、中退に対してもフレキシブルでなければいけない。一般的に理工系の学生は大学3年までに単位を取り終わっているのよ。残りの時間がインターンなどで使われるのであれば構わないけど、能力があるなら3年で中退した学生でも我々企業は「OKです」と言わないといけない。

鈴木:企業側も採用の段階で、フレキシビリティを持たないといけないと。

遠藤:だからそれは大学と企業、相互の問題なのよ。大学側も1年分の学費は大きな収入だから。

益:そこはそこまで心配してないですよ。

遠藤:ほんと?それがあるんじゃないかと思っていました。

資金がないから産学連携はおかしい

 
 

鈴木:次はカネの問題ですが、日本の企業は大学に対する投資が少ないと言われていますね。

益:お金がないから産学連携しよう、という発想はおかしくて、やっぱり日本が技術立国であるならば、産業界と一緒に対話しながら教育、研究をやらなければいけないというのが基本です。その際には「もっとお金を出してよ」じゃなくて、一緒にいろんなやり方を考えないと。東工大がNECと「包括的に何かやりましょう」というのはいいけれど、いまこうした連携ができるのは大きな会社と大きな大学しかない。これでは日本の大学全体の活力が落ちるというのが、いま僕が非常に気にしているところです。

鈴木:地方の大学まで金が回らないと?

益:日本には86の国立大学があって何万という先生がいて、優秀な人がいろんなところにおられます。地方に産学連携のお金が回るようにする方策について、僕は経団連に対して「1年で500億円を、ばらまくのでなく、大学側から使い道を提案させ、審査をした上で出してほしい」と原稿を書いたら、ガバナンス改革がテーマだったので、掲載を見送られたことがあります。その後、色々な所でこのお話をさせてもらって、多くの方に耳を傾けてもらっています。聞いてくださる皆さんも僕と同じ様に、日本全体の国立大学で産学連携が進むような仕組みが無いと、日本の産業は絶対もたないと思っているようです。当然NECにはたくさん出してもらって(笑)。

遠藤:これまでの日本企業の大学への資金提供は、どちらかというと「寄付っぽい」ところがあった。企業は社会に価値を創出し続けなければいけない役割があって、その観点から大学とコラボして力を発揮していく。従来は、これによる創出価値をほとんど計算に入れていなかったから、まあこの程度になるのかと。

益:(笑)

遠藤:やはり創出価値が大きければ、当然お金がかかります。そこでKGIが共通認識としてあれば、同じ方向感で一緒にやっていくというかたちにならざるを得ないと思いますね。

益:お金に関してだけ言うとね、文科省と財務省が何を言っているかというと、「運営費交付金は2004年の法人化以来減りましたが、そのかわりに一部切り出した分を評価して戻すとか科研費などを手当して、トータルでは変わっていません」と。しかし、異なる複数の費目の予算申請には、その分の事務処理が発生します。今、大学では、減った金額をリカバーするために多大な事務処理負担がかかっています。そのコストは全く考慮されていない。膨らんでいくコストが置き去りにされていることが大問題なんです。大学に経営意識が高まるほど、皮肉にも気づかされる葛藤です。

鈴木:コスト意識が無いのは、役所側だと。

益:いろんな施策が提案され、予算を付けていただけるのもありがたい。しかし、そのために大学の教員はいろんなことを準備しなければいけないし、事務の方も手間がかかる。国立大学の人件費は決められているから人数を増やせない。結果、最近騒がれているように研究力が低下して、論文も減っているという構図を是非とも理解して欲しい。

鈴木:さて、きょうは企業と大学のありかたについて、あらためて考える機会となりましたね。

遠藤:企業は人間社会に価値を創出する器ですから、この技術がどういう価値を生むのかという意識をもっていないと、技術の方向感、発展の方向感が見えなくなるんです。だからそのバランスがとても重要です。最近は、あまりMOT(技術経営)って言わなくなったけど、私はとても重要だと思います。

益:大学の場合はそれぞれの先生の真理を追究する使命感とモチベーションで研究を行うことが基本になっています。ただ、大学全体でみたときに、社会がどういう方向に動いていくのか考える必要がある。日本のテクノロジーがどこへ向かうのか、東工大は日本の未来に対する責任があります。社会との接点や貢献の仕方は個々の教員の研究によって変わってきますが、常に意識しないといけないですね。

鈴木:ありがとうございました。

 
 

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

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鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。