5月20日、新たな中台関係がスタートした。
1月の総統選挙で勝利した頼清徳新総統の就任式が行われ、50以上の国と地域の代表団500人以上が参加し、日本からも30人あまりの国会議員が参加した。
頼氏は同じ民進党の蔡英文政権で副総統を務め、同政権が掲げる現状維持路線を継承するが、中国は民進党を台湾独立派と位置づけており、頼新政権の外交政策の行方を強く警戒している。
今後、中台関係はどうなっていくのか。そして、台湾有事への懸念が広がる中、台湾に駐在員を置く日本企業はどういった備えをしておくべきだろうか。
中台関係は今後4年も緊張続く
まず、頼氏は蔡氏と同じくアメリカや日本など価値観を共有する国々との関係を重視し、中国による圧力には屈しない姿勢を維持することから、今後少なくとも4年間の中台関係は、政治的緊張を抱えたものになろう。
近年、台湾有事への懸念が広がる中、それが払拭されるほどの関係改善があるとは考えにくい
蔡英文政権の8年間、台湾に対しては多種多様な圧力が加えられた。
2022年8月、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際、中国軍は台湾を包囲するように大規模な軍事演習を行い、大陸側からは複数の弾道ミサイルを発射され、これまでになく台湾を取り巻く軍事的緊張が高まった。
発射された弾道ミサイルのうち5発は日本の排他的経済水域に落下した。これによって大韓航空やアシアナ航空は韓国と台湾を結ぶ直行便の運航を一時的に取りやめた。
経済的圧力や外交的圧力も
軍事的圧力だけではない、経済的圧力も加えられた。中国は台湾産のパイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどを突如一方的に輸入停止にするなど、経済的威圧を仕掛けることで、台湾を揺さぶった。
輸入停止によって返って経済的損害が大きくなる場合もあるので、中国側も都合のいい輸入品に焦点を当てているだろうが、台湾産パイナップルでは、その後日本が大量に輸入するようになった。
また、“台湾に外交をできなくさせる”外交的圧力も激しくなった。
親中的な政策を進めた国民党・馬英九政権の8年間で国交を台湾から中国に移した国はなかったが、蔡英文政権の8年間では、2017年のパナマ、2018年のドミニカ、2018年のエルサルバドル、2019年のキリバスとソロモン諸島、2021年のニカラグア、2023年のホンジュラス、そして今年のナウルのように、脱台湾の断交ドミノが続いている。
中国は多額の経済援助で中南米や南太平洋の国々で影響力を強めているが、その狙いは台湾に外交をできなくさせ、そもそも“国”ではないことを既成事実化させることにある。
他にも偽情報の流布やサイバー攻撃などあるが、こういった多種多様な圧力が引き続き加えられることは間違いないだろう。
安泰ではない与党と新政権
一方、台湾内政に着目すると、頼氏は蔡英文路線の継承のみに撤してられない事情もある。
頼氏は1月の総統選挙で勝利したものの、その得票率は40%ほどで、蔡英文氏が当選した時よりも10%以上も低い。
また、日本の国会に当たる立法員で国民党が第一党となり、若年層では過半数近くが民衆党に投票するなど、民進党は決して安泰ではない。頼氏が4年後の再選を狙うのであれば、民進党の支持回復に努める必要があり、蔡氏と比べ、“中国の圧力には屈しない”というトーンを下げざるを得ない可能性もあろう。
海に囲まれ孤立前提にリスク管理 必需品の備蓄、シェルター位置確認を
しかし、習政権は台湾統一のためには武力行使を辞さない構えを堅持しており、日本企業としては軍事的、経済的、外交的などあらゆる圧力が加えられ、ペロシ訪台のように1つの出来事をきっかけに一気に軍事的緊張が高まるという前提に立つ必要がある。
筆者は長年、海外に進出する日本企業向けに安全保障リスクの観点からコンサルティング業務を行っているが、ペロシ訪台の際、企業の間では台湾への出張を控えさせたり、台湾在住の社員を自宅待機、テレワークに切り替えさせたり、社員の台湾からの退避を検討する動きが見られた。
ウクライナと違い、台湾は海に囲まれている。
軍事的緊張によって民間航空機がストップすれば、すぐに篭城の身となる。有事となれば、台湾からの退避は事実上難しくなる。
日本企業としてはこの前提に立ち、台湾における駐在員の数を平時から必要最低限とし、社員の台湾への出張期間も可能な限り短くする必要がある。有事がいつ発生するかの判断は難しく、篭城の身になる社員の数を可能な限り少なくするためだ。
また、軍事的な潜在的脅威がある環境下では、企業としては社員の水や食糧、医療品など必需品の備蓄(仕事場と住まいの双方で)を徹底しておく必要がある。有事となれば社会インフラが一時的にでも麻痺することは避けられず、その状況下で必要品を持っていなければ社員の安全と命に直結する。
さらに、台湾にはあちらこちらにシェルターがあるが、社員に対して自宅や仕事場から最寄りのシェルターの位置を複数確認させておく必要がある。有事となれば多くの市民がシェルターに身を隠すことになるが、場所によっては1つのシェルターに多くの市民が集中する可能性があり、いくつのかのシェルターの位置を確実に知っていれば、より安全にシェルターで身を隠すことができる可能性が高まる。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】