2021年に長野県松本市で起きた犬販売業者による犬の虐待事件の判決公判が5月10日、長野地裁松本支部で開かれ、業者の元社長に懲役1年、執行猶予3年などの判決が言い渡された。刑事告発した俳優で動物愛護団体理事長の杉本彩さんは判決内容に不満の声を上げた。
「災害級の虐待」
2021年9月、約940匹の犬を飼育する松本市の2か所の犬舎に警察が家宅捜索に入った。
容疑は犬を劣悪な環境で飼育していた「動物愛護法違反」。
この記事の画像(13枚)2021年11月、警察は多くの犬を虐待したとして元犬販売業者の社長で長野県安曇野市の百瀬耕二被告(63)と従業員を動物愛護法違反の虐待の罪で逮捕した。
検察は社長を起訴し、従業員の男性は不起訴となった。
2022年8月には、社長はより重い罪となる動物愛護法の「殺傷の罪」で追起訴された。
起訴状によると、百瀬被告は獣医師免許を持たないのに2021年8月、松本市の自宅(当時)でフレンチブルドッグ4匹とパグ1匹を麻酔せずに帝王切開し、みだりに傷つけたとされる。
さらに犬舎で犬452匹を劣悪な環境で飼育、虐待し衰弱させたほか、シーズー犬8匹に狂犬病の予防注射を受けさせなかったとされる。
元代表「鎮痛剤使って帝王切開」
2022年3月に行われた初公判で被告は、動物愛護法の「虐待の罪」について「間違いありません」と認めた一方、追起訴された「殺傷の罪」については「帝王切開は鎮痛剤を使用し、みだりに傷つけていない」と否認した。
公判で被告は、「自分の持ち物である犬を帝王切開しても罪にならないと思っていた」などと語った。
1月15日の公判では検察が「大規模な動物虐待事案であり、行為の悪質性、常習性から厳正に処罰すべき」と懲役1年・罰金10万円を求刑。
一方、弁護側は動物愛護法の「虐待の罪」と狂犬病予防法違反は認めたものの、「殺傷の罪」については帝王切開に鎮静・鎮痛効果のあるドミトールを使用しており、みだりに傷つけたことにはならない」と無罪を主張した。
執行猶予つき有罪判決
初公判から2年余り経った2024年5月10日、百瀬被告は黒のスーツにネクタイ、マスク姿で入廷すると、判決の言い渡しを待った。
永井健一裁判長の判決文の読み上げが始まると、被告は裁判長をまっすぐと見つめ静かに聞いていた。
言い渡された判決はー。
主文
「被告人を懲役1年及び罰金10万円に処する。(略)この裁判確定の日から3年間その懲役刑の執行を猶予する」
執行猶予つきの有罪判決だった。
「劣悪な環境で飼育」と虐待は認定
虐待の罪については、「犬の飼養環境は極めて不衛生で劣悪だった」「特に中山犬舎は400頭以上の成犬がいたのに2人のパート従業員しか配置されていなかったため清掃をする時間がほとんど無く、ケージ下のトレーには排泄物が堆積し長期間放置され、犬は狭いケージの中に閉じ込められ毛玉や爪の必要な世話をほとんど受けていなかった」「多くの犬が眼病や皮膚病を発症したが、被告は素人判断で薬を投与するだけで獣医師に見せなかった。極めて悪質なネグレクトと言える」と認定した。
殺傷認めるも…目的は不当ではない
争点となった「殺傷の罪」を巡っては、「自然分娩が困難な犬種を帝王切開により子犬を摘出する目的だったと認められ、不当なものとは言えないとしつつも、鎮静・鎮痛効果のあるドミトールを投与していた可能性は否定できないが、被告の保有するドミトールが本来の成分量を有するものでなく、母犬に無用な苦痛を与えたと認められ、被告の帝王切開は手段の相当性を欠き、社会通念上許されないもの」とその罪を認めた。
一方で、「曲がりなりにも子犬を摘出するための帝王切開手術であり、手段は相当性を欠くため違法と評価されるが、目的自体は不当のものとはいえず、殺傷罪違反でみられる暴行による虐待事案や猟奇的な殺傷事案とは性質を異にする」とした。
執行猶予の理由については「被告に前科がないことや、すでにブリーダー業を廃業したことを考慮した」とした。
時折、頷きながら聞く被告。開廷から約40分で判決の言い渡しは終了した。
元代表「判決は重く受け止めている」
被告の弁護人は「非常に残念に思っている。ただ帝王切開の目的の正当性や主張していた事実、ドミトールを投与していた事実などはある程度汲んでいただいた点があったかなと思うので良かった」と裁判後の取材に応えた。
被告本人は「反省していてこの判決を重く受け止めている」と話し、弁護人は「控訴について被告とゆっくり話して検討したい」とした。
涙流し…杉本彩さん「量刑軽い」
販売業者を刑事告発し、殺傷罪での起訴を求めてきた動物愛護団体「動物環境・福祉協会Eva」理事長で俳優の杉本彩さん。
かつて事件を「災害級の虐待」「悪魔の所業」と厳しく批判していた。
裁判を傍聴後に会見を開き、時折涙し、声を震わせながら次のように語った。
動物環境・福祉協会Eva 杉本彩理事長:
「求刑を上回る判決がもしかしたら出るんじゃないかというわずかな期待に懸けたが、まったく期待外れの判決でした。本当に悔しいです。動物愛護法44条の殺傷罪の罪は認められたことはよかったけど目的が不当なものではないというその言葉に本当に納得がいかない。お金のために動物を傷つけ苦しめた事に対して不当じゃないってどうして言えるのか、その辺が私たち市民と司法の感覚の違い、ものすごく意識に乖離があることにがく然としました。本当に心底怒りを感じますし、納得がいかないです」
動物環境・福祉協会Eva 杉本彩理事長:
「(裁判長は)司法的には猟奇的なものではないとおっしゃったが、お金のために400頭を超える動物に対する虐待と狂犬病予防法違反と無麻酔の帝王切開を14年間分かっているだけで続けてきて、多くの動物たちが痛み・苦しみを味わい帝王切開されたわけだから、それに対してこの軽い量刑っていうのは本当に納得いかない。今後ペット事業者がこの判決を受けて、今後どんな風に自分たちの事業のやり方を改めてくれるのかというところに全く期待が持てない。多くの市民から言わせれば猟奇的な動物虐待と同じだと思う。(2020年の法改正で)厳罰化して5年以下、500万円以下というのを実現して、そのあとこういった判決しかでないところに本当にお先、真っ暗、今後どうしていったらいいんだろうと改めて考えさせられた」
杉本彩さん「さらなる厳罰化が必要」
質疑応答ではー。
ーーどういう気持ちで判決を見守った
動物環境・福祉協会Eva 杉本彩理事長:
「大きな期待をしてたわけではないが、求刑を上回る判決であってほしい、願うような祈るような気持ちで臨みました。求刑が出た時点で絶望的で心が折れそうだったが、最後の最後まであきらめたくないって気持ちがあって、何十年にもわたって本当にひどいことをされてきたわけですよ、人間のお金に対するものすごい汚い欲望のためにひどい目にあってきた、その痛み、苦しみは私たちがどれだけ想像しようと想像を絶するものだと思う。そういった犬たちのことを考えたらこんな判決でいいのかって本当に悔しくてたまらない」
「日本の司法ってどうなってるのか、本当に何かが止まってしまっていませんか、感性ってどうなってるんですか、人の心があるんですか、時代が止まってしまっている感覚がします」
ーー今後さらなる厳罰化を求める運動をやっていくのか
動物環境・福祉協会Eva 杉本彩理事長:
「それは絶対にやっていかなければならないと、今日すごく感じた。本来なら前回の法改正の5年以下、500万円以下は十分じゃないと思ってた。ただ現実的な問題で厳罰化の難しさを専門家や国会議員の皆さんからも聞いてあまりにも重い刑だと実現しないと感じたのでギリギリ現実的に法改正が実現する年数で5年以下、500万円以下にしたけど、今後もっと重い厳罰化を目指して運動していくことも視野に入れなければいけないと感じてる。まったく厳罰化が量刑に対して影響を与えなかったというこの事実を受けて、何かしら強いアクションがもっと必要だなと思うし、こういう問題の根源になっている動物を展示して販売するペットショップの事業形態にも強く物申していきたい」
杉本さんは引き続き動物の虐待防止に向けた活動を続けていくと話している。
(長野放送)