チーム創設者の逝去により5月20日をもって休部することを発表した、バレーボールVリーグの「大分三好ヴァイセアドラー」。
チームの30年の歴史に一旦幕が下ろされるのを目前に、選手やOB、ファンがいまの心境を語った。
2024年3月オーナーの三好博氏が急逝 チーム存続危機に
「5月20日をもってチームを休部する」
それは、選手にとってあまりにも残酷で受け入れがたい結末だった。
その日が迫る中、所属している13人の選手たちは次の移籍先を探しながら、練習を続けている。
休部について選手たちは「休部という形になってバレーボールが出来るのが当たり前ではないんだなって実感している」と久保田雅人選手は心境を語った。
また武藤茂選手は「色々難しいことはあると思うが、なるべくバレーボールを多く練習して試合に出られるような環境を探して頑張りたいと思う」と述べた。


1994年にチーム設立
大分市の三好内科循環器科医院を母体として、1994年に立ち上がったバレーボールチーム。
2006年に、大分三好ヴァイセアドラーとなり国内最高峰のトップリーグに昇格した。
当時、主将の小川貴史さんは「1勝から始まった三好ヴァイセアドラーの歴史なので、自分たちのバレーで上を目指していく」と意気込みを語っていた。
選手たちは日中、病院での仕事をこなしながらパナソニックやサントリーのような強豪相手にも堂々の戦いを見せてきた。
ファン歴18年のサポーターの思いは
「こういう形でバレーのチームを作ってくれて感謝している。仕事半分、三好(チーム)半分みたいな感じだった。それがなくなるとなんか生活に張りがなくなるなと思って、三好の存在は大きかったかな」こう話すのは、トップリーグ昇格の時から18年間応援している渡辺孝子さんだ。
渡辺さんは自身がバレーボールをしていたこともあり、すぐにファンになりアウェー戦も含めて多くの試合で声援を送ってきた。5月19日に行われる休部前最後のファン感謝祭で、これまでの思いを選手たちに伝える。

「忘れることはないと思うよ。だって18年もずっと応援してきたから。みんなね、ファンの人もね、三好を忘れないでね。また復活したときは応援してね」と渡辺さんはファンに向けても思いを語った。

私財を投じてバレー界を盛り上げたチーム創設者
ドイツ語で羽ばたいていく「白い鷲」を意味するヴァイセアドラー。
その創設者、三好博さんは病院の院長を務めるかたわら部長としてチームの運営にも携わってきた。
2016年にテレビ大分の取材に対し「バレーボールも協調性を必要とするスポーツなので、とてもいい人間教育になっている」と話していた。
地元で愛されるチームを目指し私財のほとんどを投じて、大分のバレー界を盛り上げるために奔走した功労者。
しかし、2024年3月、69歳の若さでこの世を去り屋台骨を失ったチームは存続の危機に。

チーム存続をかけてOBも署名活動
そうした状況を知って立ち上がったのが、地元出身選手として10シーズンにわたって活躍したОBの島﨑征士郎さんだ。
「心の中で本当にこのままでいいのかなっていう、僕は何も行動しなくて本当に後悔しないのかっていうところがどんどんこみあげてきて」と島﨑さんは当時の心境を振り返った。
島﨑さんはチームを存続させようと、現役の選手と協力してSNSで署名を呼びかけた。
全国から3000件を超える存続を求める声が集まり、リーグを統括する組織に提出したという。
しかし、その思いもむなしくチームの運営を継続できる企業は見つからず休部という結果に至った。
◆OB 島﨑征士郎さん
「1つのチームを維持する、作るということがどれだけ大変なことなのかというのは改めて痛感させれられた。たくさんの人の人生を背負わなきゃいけないという覚悟がいるんだ、それを(三好)先生は僕らのためにやってくれてたんだなと」

再びはばたける日を願って 30年の歴史に一旦幕を下ろす
ただ今回の決断は決して「廃部」ではなく、いつか来る再始動への希望を残しての「休部」。
「一旦休部となるけど、また新しい可能性に向けてみんな頑張っていくと思う」とチームディレクターの小川貴史さんは今後について話す。
また、OBの島﨑征士郎さんは「もう一度白鷲が羽ばたくときが、コートの中ではばたける日が来るといいなと思っている」と願いを語った。
チームが復活するためには、新たなオーナー企業が現れることが絶対条件である。しかし運営費は年間数億円かかるとされていて現状、見通しはたっていない。
大分三好ヴァイセアドラーの第一章の締めくくりとなるファン感謝祭は、5月19日に行われる。

(テレビ大分)