いよいよ2020年に向けて、小学校の英語教育が本格的にスタートする。

しかし教育現場では、英語教育の知識やスキルを持つ先生の絶対的な不足や、ブラック職場である先生のさらなる負担増など課題が山積みだ。

では、英語教育をすでに行っている小学校では、この問題にどう取り組んでいるのか?

12年前から「英語特区」に認定され、小学校で英語教育を行っている埼玉県戸田市の教育現場を取材した。
 

ノウハウなしの手探りからのスタート

「Are you ready?」「Yeah!」

戸田市第二小学校の5年生の英語授業は、先生と子どもたちの元気な声で始まった。

この授業では日本人の正規教員のほかに、ALT(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー)と呼ばれる英語ネイティブな外国人教員がアシストする。


「What time do you get up?」「Seven!」

授業は先生と子どもたち、そして子どもたち同士が常にやりとりし、ゲームも交えながらテンポよく進んでいく。先生が黒板に書いて、子どもたちがノートに写す授業ではない。

後ろの友達にペーパーを渡すときは、「Here you are」「Thank you!」だ。

ALTとのやりとりも、子どもたちは恥ずかしがったり、物怖じしたりしない。

授業を担当する田中泰貴先生は、教員になって9年目。

大学時代の専門が英米文学科で、海外留学も経験し、教員免許も中学高校を取っていたとなれば、さぞや最初から授業はスムースだったのだろうと聞いてみると、田中先生から意外な答えが返ってきた。

「最初の頃は子どもたちの反応が今のように無く、こちらのノウハウが無くて、ゲームやっておしまい、外国人の先生と遊ぶくらいの感覚でした。しかし、子どもたちが『英語を使うのは怖い』、『英語ってつまらないな』ではなく、『やって楽しい』、『話してみたい』と思うような工夫を日々行ってきました。」


田中先生は、授業に最も必要なのは、英語ネイティブな外国人アシスタントだと言う。

「授業にALTの先生がいることで、外国語を話す目的が子どもたちにうまれます。目の前にいる、異文化を経験した人と話す喜びを、子どもたちに感じてほしいと思います」

 
 
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小学校で英語教育を行う際に課題となるのは、英語を教えられる先生をどう育てるかだ。

戸田第二小学校の小髙美恵子校長は、これまで英語の授業を行った経験が無い先生に対して「英語を話せないことで、追い込まないようにしている」という。

「英語を話せない先生も多いですが、ALTがいるし、映像の教材もあるので、ジャパニーズ・イングリッシュでもボディランゲージでもいいと言っています。英語は想いを伝えるコミュニケーションのツールなので、完璧に話す必要はありません」


戸田第二小学校では、新任の先生や他校から転任してきた先生たちが、授業に入る前に英語の研修会を行う。研修では、英語での自己紹介などのアクティビティや映像を活用した模擬授業を行い、先生は生徒役、田中先生のような英語の授業を既に行っている先輩先生が先生役を演じる。この英語研修を行うと、「新任の先生のアイスブレイクにもなる」(小髙校長)そうだ。


英語教育はまた、学校に副次的な効果をもたらしている。

「英語教育はコミュニケーション能力を高め、アクティブラーニングに直結します。つまり、よりよい人間関係や、しっかりした学習集団であることが求められるのです。これは、いじめ防止にもつながるし、学校の雰囲気も活発でありながら落ち着きが出てきました。単に英語の学習をしているのではありません」(小髙校長)
 

英語特区・戸田市の旗振り役は教育委員会

戸田市では、「国際社会で活躍できる戸田っ子の育成」を目指して、「英語特区」を申請、2003年に認定されて、小学校の英語教育に取り組んできた。

小学校1、2年生は年間10時間程度、3年生から6年生までは年間35時間、英語活動をおこなっている。

導入当初から各学校にALTを常駐させたことで、子どもたちがネイティブな発音にふれることができている。


さらに地域や保護者の理解を得るため、学校公開や授業参観で英語の授業を積極的に公開した。

この影響か、戸田市の保護者は英語教育への関心が高く、「子どもたちが楽しそうなのを、興味深く見ていて評価も高い」(小髙校長)という。

こうした取り組みを全市的に行うことができるのは、教育委員会のイニシアティブによるところも大きい。

その旗振り役である戸ヶ崎勤教育長に、導入に向けどのように課題に取り組んできたかを聞いた。

「国の具体的な方針が無い中で、英語活動のカリキュラムや指導方法を試行錯誤しながら取り組みました。小中学校の先生たちでボトムアップ的にカリキュラム作りを行ってもらい、英語の得意な先生だけでなく、すべての先生が負担なく英語活動の授業ができるように、指導法研修も行いました」

 
ALTの積極的な活用で、子どもたちからは「英語の授業は楽しい」「いつの間にか英語を話していた」といった声も寄せられた。

また戸田市民への調査では、小学校の英語活動に賛成という回答が7割を超えているという。

戸田市では、今後中学卒業時に英語のプレゼンが出来る生徒を育成し、「将来的には英語によるプレゼン大会を開催」(戸ヶ崎教育長)することをビジョンとして描いている。
 

小学生の英語教育は「生徒よりまずは先生」

最後に、英語教育に不安な先生に、おすすめアプリを紹介する。

AIによる英会話アプリ「Terra Talk(テラトーク)」は、1人でも英会話の学習を好きな時間や場所で行うことができ、すでに教育現場でも活用されている。

テラトークではAIが英会話講師の代わりになり、正しい発音や文法などを判断し、学習者にフィードバックする。つまり英会話版「壁打ち」だ。

 
 

このアプリを開発したジョイズ株式会社の柿原祥之代表取締役は、「スピーキングやライティングは自分一人では学習できなかった。人の代わりに判断するものがあるといいなと思った」と開発の動機を語る。

ただ、小学生には「ベースの国語力のばらつきがあり、会話として成立するかどうかの問題があって使うのはまだ難しい」(柿原氏)そうだ。

しかし、先生に対しては「トレーニングの相手としては十分」で、教職員用のアプリを作ってほしいとの要望が学校からきているという。 


小学校の英語教育は、「生徒よりまずは先生」(柿原氏)。

地域、保護者、学校を挙げて、先生をバックアップすることが大切だ。
 

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。