今日、ウクライナ情勢では戦況が大きくロシア優勢に傾き、ゼレンスキー大統領は米国からの支援がなくなれば戦争に負けると繰り返し警告している。5選を果たしたプーチン大統領は、15万人を新たに動員する大統領令に署名し、今後ウクライナでの攻勢をいっそう強める構えだ。
この記事の画像(6枚)中東ではイスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃が続き、イスラエルへの国際的な批判が広がっている。それでもネタニヤフ政権は強硬姿勢を貫き、4月にはシリアにあるイラン大使館を攻撃。イランはイスラエルへの大規模攻撃に踏み切り、イスラエルの戦時内閣がイランへ報復する方針を示すなど、軍事的緊張が高まっている。
台湾情勢では蔡英文政権で副総統を務める頼清徳氏が新たな総統に就任し、中台を巡る緊張が緩和する見通しは全く見えない。
このように、今日の国際情勢の中心は国家間問題にあり、国際的なテロ問題に焦点が集まることはあまりない。2010年代半ばにイラクとシリアで広大な領域を実効支配したイスラム国はテロの脅威を世界に強く示したが、イスラム国の弱体化や世界的なテロ事件数の減少に伴い、各国政府や人々のテロ問題への懸念や関心は薄まっていった。これは当然のことだろう。
しかし、 2024年となり早くも4ヶ月が過ぎる中、これまでに1月のイラン、そして3月のロシアと、イスラム国ホラサン州(ISKP)の関与が指摘される大規模なテロ事件が発生している。
イランではイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ元司令官の追悼行事を狙った自爆テロ(100人あまりが死亡)が、ロシアでは6000人あまりの観客がいるコンサートホール「クロッカス・シティ・ホール」を狙った襲撃テロ(140人以上が死亡)がそれぞれ発生したが、大勢が集まる場所とタイミングを入念に狙った計画的なテロで、その背後には洗練されたISKPのネットワークが存在することは十分に想像がつく。
アメリカからの警告
一方、これらの事件では、米国が事前にテロに注意せよとの情報をイランとロシアに提供していたとされる。イランでのテロ攻撃の3日前、米当局はテロに関する情報は敵対国であっても報告しなければならないという警告義務政策に基づき、イランに対してテロの可能性があるとして秘密裏に場所など具体的な情報を伝えたとされる。しかし、それをイラン当局がどう活用したか不明な点が多い。事件後、米当局者はイラン当局にはテロを未然に阻止するか、少なくとも犠牲者を減らす措置を取る十分な時間があったと明かしている。
また、モスクワ郊外でのテロ事件でも、米国はクロッカス・シティ・ホールという具体的な名前を挙げ、そこでテロが実行される恐れがあるとロシア側に伝達していたというが、ロシア側は米国からの情報提供があった事実は認めたものの、具体性に乏しい一般的な情報だったとしている。このテロ事件は未然に防止できたのではと、ロシアの情報・治安機関の失態とする見方も少なくない。
モスクワにある米国大使館は3月7日にも、過激派がモスクワでコンサートを含む大規模なイベント・集会を標的にする差し迫ったテロ計画があるとして、9日夜まで大勢が集まる場所を避けるよう自国民に呼び掛けた。
現時点で不明な点も多いので、確証的なことが言える段階ではないが、仮に米国が個別具体的な情報を提供していたにも関わらず、イランとロシアが未然に防止できなかったというのであれば、諸外国は大国間対立の時代においてもテロという分野では率先して協力しなければならないことを改めて自覚する必要がある。政治的な主義・主張、目的を達成するため暴力的な手段を用い、社会に恐怖を煽るというテロ行為は絶対に許されるものではなく、その多くで犠牲になるのは罪のない一般市民である。
国家間対立の中でもテロ情報の共有を
米国と中国は安全保障や経済、先端技術など様々な領域で対立し、ウクライナ侵攻で米国とロシアの関係も完全に冷え込むなど、国際政治は大国間対立の時代へ回帰している。
しかし、たとえ対立や競争を繰り広げていたとしても、一般市民を巻き込むテロという卑劣な行為に対しては、対立する国家同士も冷静になり、協調と協力の精神のもと、情報交換や情報共有を怠ってはならない。
大国同士の対立が深まり過ぎれば、テロに関する重要な情報を持っていたとしてもそれを事前に通知しない、通知が遅れる、もしくは報告を受けても対立国からの情報だから信頼できないなど、テロの領域に政治的なバイアスが影響を及ぼすことが強く懸念されよう。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)