モスクワ郊外クラスノゴルスクにあるコンサートホールで22日に発生した襲撃テロ事件では、犠牲者の数が140人に迫ろうとしている。

当時、コンサートホールには6000人あまりの観客が集まっていたが、突然迷彩服を着用した男たちが押し入り、現場にいた観客らに向けて自動小銃を乱射し、コンサートホールは一瞬のうちに惨劇の場と化した。

現在のところ、このテロ事件ではアフガニスタンを拠点とし、近年は国際的なテロ活動を活発化させるイスラム教スンニ派の過激組織、イスラム国ホラサン州(ISKP)の犯行が指摘されている。

ISKPは2015年1月にアフガニスタンで台頭したが、構成メンバーにはイスラム主義組織タリバンから離反した者など現地人だけでなく、ロシアや中央アジア諸国、シリアなどからやってきた外国人戦闘員も含まれる。

近年、ISKPは発信するオンラインコンテンツの中で近隣諸国だけでなく、米国や中国、ロシアなども敵視し、アフガニスタン国内では中国やロシアの権益を狙ったテロを行い、ドイツやオーストリア、オランダなど欧州ではISKP関連の逮捕、未遂事件などが報告されている。

テロリズムの専門家たちの間では、近年ISKPの対外的攻撃性に強い懸念が広がっていたが、そのような中で今回の悲劇が発生してしまった。
今回のテロ事件で日本人が巻き込まれたとの報道はなく、ウクライナ侵攻によってロシアから撤退した日本企業も多いことから、海外に駐在員を配置する企業の関心も限定的だったかも知れない。しかし、このテロ事件は在外邦人の安全という視点から決して対岸の火事ではなく、我々は今一度国際テロへの注意を払うべきだろう。
21世紀以降だけでも、
【2001年09月】米国同時多発テロ事件(邦人24人死亡)
【2002年10月】バリ島ディスコ爆破テロ事件(邦人2人死亡 13人負傷)
【2005年07月】英国・ロンドン地下鉄同時多発テロ事件(邦人1人負傷)
【2005年10月】バリ島同時爆破テロ事件(邦人1人死亡)
【2008年11月】インド・ムンバイ同時多発テロ事件(邦人1人死亡 1人負傷)
【2013年01月】アルジェリア・イナメナス襲撃事件(邦人10人死亡)
【2015年03月】チュニジア・バルドー博物館襲撃テロ事件(邦人3人死亡 3人負傷)
【2016年03月】ベルギー・ブリュッセル連続テロ事件(邦人1人負傷)
【2016年07月】バングラデシュ・ダッカレストラン襲撃テロ事件(邦人7人死亡 1人負傷)
【2018年04月】スリランカ同時多発テロ(邦人1人死亡 4人が負傷)
などと、海外邦人がテロに巻き込まれるケースが断続的に続いている。

2015年以降のチュニジア、ベルギー、バングラデシュ、スリランカで発生したものは全てイスラム国関連のテロ事件であり、シリアとイラクで活動するイスラム国本体が弱体化しても、東南アジアや南アジア、中東やアフリカなど各地では依然としてイスラム国を支持する武装勢力が活動している。
あまり日本国内では報道されないが、アフリカのサヘル地域(マリやブルキナファソ、ニジェールなど)ではイスラム国やアルカイダを支持する武装勢力の活動がむしろ活発化しており、トーゴやガーナ、ベナンやコートジボワールなどギニア湾沿岸国はそういったイスラム過激派の活動が南下し、国内の治安が悪化することに強い警戒感を持っている。

こういった国々に進出する日本企業は限定されるが、欧州ではISKP関連の逮捕や未遂事件などが断続的に明らかになっている。
ロシアにおけるテロ事件を機に、フランス国内ではテロ警戒レベルが最高水準に引き上げられ、マクロン大統領は今回の事件の実行犯が過去数ヶ月間、複数回にわたってフランス国内でテロを企てようとしていたと言及した。

我々は、今回の事件で「なぜロシアがISKPに狙われたか」だけでなく、「同じようなテロの脅威はどこにあるのか」という視点に立たなければならない。
在外邦人の安全という視点から、諸外国に進出する企業においては、大衆が集まる場所にはできる限り長居しない、欧米やイスラエルの大使館、キリスト教施設やユダヤ教施設には近づかないなどを駐在員に喚起する必要がある。

また、今回の事件を通じて筆者には2015年11月に発生したパリ同時多発テロが脳裏に浮かぶ。これもイスラム国関連のテロだったが、パリにあるバタクラン劇場でコンサートが開かれている最中に武装集団が押し入り、銃を無差別に乱射して90人あまりが犠牲となった。

1つの空間に大勢の人々が集まり、外に出る空間が限定される場所ではパニックが起こりやすく、犠牲者の数も増えやすい…こういった場所をあえてテロリストも選定する。こうした場所はなるべく避ける、こういった場所にいても絶対にイヤホンをつけない(爆発音や悲鳴声が聞こえず逃げ遅れる恐れ)などを、海外邦人としては意識する必要がある。
(執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹)