2019年4月10日、福島県大熊町で初めて原発事故による避難指示が解除された。戻った町民は、震災前の町に名残惜しさを感じつつも、新たなまちづくりを見つめている。
進む復興と戻らぬ町民
避難指示の解除から5年が経った、大熊町の約4割を占める大川原地区と中屋敷地区。大川原地区では、災害公営住宅に今も多くの人が暮らし、生活を続けている。また町には学校が建設され子どもたちの姿が戻るなど、この5年間で大きな変化も見られる。

さらに、2022年6月には帰還困難区域に設けられた「復興拠点」の避難指示も解除されたが、町で暮らす人は震災前の6%ほどの646人にとどまっている。

災害公営住宅から自宅へ
「過ぎてしまうとあっという間。だんだん建物が無くなっていくのも見ているし、全部なくなってこれから出来上がっていくのも見られるし」と話すのは、町の災害公営住宅で暮らす伏見明義さん。

いま、震災前に住んでいた町内の家に戻る準備を少しずつ進めている。「自分の家に帰れるのに、いつまでも災害公営住宅にいるというのは、ちょっとまずいような気がして。今年中には来ようと思っている」と話す。

変わりゆく町に寂しさも
徐々に進む復興への道。伏見さんは「複雑だよね。前に住んでいた人がどっかに行っちゃって、違う町ができるわけだから」と話し、震災前の思い出の場所が無くなってしまうことに寂しさもあるという。それでも「良くなるっていうのは犠牲も必要。しょうがないよね。新しい町になるっていうことは、やっぱり良いことだと思う。いろいろ工事も始まるので、見守っていくだけだね」と話した。

大熊町は商業施設などの建設を進めていて、2025年3月のグランドオープンを目指している。
(福島テレビ)