ロシアで過激派組織「イスラム国(IS)」のテロが発生。ウクライナ侵攻にどう影響するのか。「BSフジLIVEプライムニュース」では識者を招き、周辺国とロシアの関係、ウクライナによる反撃の糸口を含めた今後の見通しを伺った。
ISによるテロをロシアはどう利用するか
新美有加キャスター:
3月22日夜、モスクワ郊外「クロッカス・シティ・ホール」で銃乱射テロが発生。死者は139人、負傷者は182人に上る。ISが犯行声明を出し、ロシア当局は実行犯4人を含む11人を拘束。プーチン大統領は「過激なイスラム主義者による犯行」「キーウのネオナチ政権の手でわが国と戦ってきた者たちによる一連の企てにつながるもの」と述べ、ウクライナの関与への疑いを示した。ウクライナのゼレンスキー大統領は「彼にとっては自分以外の誰しもがテロリストだ」と反発。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
ウクライナ関与の証拠は出ていない。過去にウクライナ政府がISと繋がり共同作戦を行ったことも、知る限りない。ISは犯行声明を出しており、ロシア政府も直接の実行犯はISと認めるしかない。プーチンのロジックは「背後にウクライナ政府がいて、ISを使ってやらせた」。実行犯がウクライナ方面に逃げようとしたと言うが、ベラルーシ国境でも捕まっており、単にロシアから逃げようとしたと見える。
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏:
大きな被害が出たが、プーチンから見ればそれほど脅威ではない。だが起きてしまったので、ウクライナを悪者にする口実にしたいのだと思う。
反町理キャスター:
プーチン政権がこれにより「特別軍事作戦」においてもう一段階踏み込む可能性は。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
事件から1週間近く経ってもそうしていない。2023年5月にドローンがクレムリンに突っ込んだときもやらなかった。
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏:
今回のことで軍事作戦を強化するより、自分たちの正当性をいかに国内向けにアピールするか。プーチン大統領は自分が言ったことを訂正しない。その意味で「特別軍事作戦」にメンツがあるのかなと思う。
新美有加キャスター:
3月7日夜に在ロシアアメリカ大使館が「過激派がモスクワで大規模な集会を標的にする差し迫った計画がある」と在ロシアのアメリカ人に注意喚起した。国家安全保障会議(NSC)報道官は、テロ攻撃計画の情報についてロシア当局と共有していたと明かしているが。
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏:
プーチンは「アメリカが自分たちを惑わすための偽情報だ」と。プーチンがそう言えばロシアの中でそれが覆ることはない。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
これまでアメリカとロシアは対テロ情報協力を行っている。今の状況でなければ、おそらくロシア連邦保安庁(FSB)も警戒態勢をとったと思う。だが戦時下で疑う心理が働いてしまったのでは。
ロシアの周辺国対応は3正面、4正面となる可能性も
新美有加キャスター:
ロシア当局は、テロの犯人4人はタジキスタン国籍だと発表。タジキスタンは旧ソ連諸国による国家連合の独立国家共同体(CIS)、ロシアが主導する軍事同盟の集団安全保障条約機構(CSTO)に加盟するロシアの同盟国。反旗を翻したと見えるか。
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏:
タジキスタンなどの中央アジアには、イスラム社会がある限り少数だが過激派はいる。タジキスタンがテロのバックにいるわけではなく、基本的には関係ない。
新美有加キャスター:
小泉さんが指摘されるのは、ロシアの周辺国対応がウクライナだけではなくタジキスタンを含む中央アジア、そしてベラルーシとの3正面になる可能性。ベラルーシは仲のいい国というイメージだが。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
2020年のベラルーシ大統領選で、6選目を決めようとしたルカシェンコ大統領に国民から非常に強い反発が起こり、内乱寸前にまでなった。2025年にまた大統領選がある。ウクライナへの出撃基地でもあるベラルーシが内乱状態になるのはロシアにとって非常にまずい。
反町理キャスター:
中央アジアの不安定化についてはどんな可能性があるか。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
中央アジアの国々が反ロシアに転ぶというより、シリアやイラクのISのように一部の領域を支配されてしまうイメージ。ロシア軍の頭の中にずっとある嫌なシナリオ。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
ロシアはNATOの東方拡大をなんとしても防ぎたい。しかしNATOはスウェーデンとフィンランドの加盟によって2カ国増え、バルト海はNATOの海になった。緊張感が高まれば、1000km以上のフィンランドとの国境線にもロシアはしっかり派兵しなければいけない。私は4正面になるのではと思う。
ウクライナは戦力差を乗り越え、ロシアを押し戻せるか
新美有加キャスター:
髙田さんは戦闘の優劣を決める重要な要素として「相対戦闘力」という言葉を挙げている。対人戦闘能力と対機甲戦闘力があり、前者は兵力と火力の掛け合わせ、後者は戦車などの数で成り立つ。まず兵力について国際戦略研究所(IISS)の推計を見ると、ロシア軍は2022年版で90万人、2024年には110万人。ウクライナ軍は2022年版で20万人弱、2024年版では50万~80万人。大幅に増加したがロシア軍には及ばず。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
例えば対人戦闘力で非常に有利、対機甲戦闘力は非常に劣勢なら、勝ち目を対人に求める。敵の勝ち目が対機甲なら、その戦闘力をいかに早く減らしていくか。その観点で見ると、兵力の部分でウクライナはやはり及ばない。私の認識では、今現在ウクライナの中で戦っているロシアの兵力は62万人、ウクライナははっきりしないが40万人弱。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
1.5倍ぐらいの兵力差があり、加えてロシアの航空戦力が非常に優位であることなどで、ウクライナは非常に苦しい。2023年夏になんとか予備兵力を捻出し攻勢に出ようとしたが、非常に早い段階でうまくいかないと分かった。だが政治判断で長引き、消耗が大きくなってしまった。
新美有加キャスター:
英国王立防衛安全保障研究所の分析では、ロシアの1日あたりの発射砲弾数は反転攻勢の直後となる2023年夏で5000発、2024年冬には1万発に倍増。ウクライナは7000発から2000発に激減。現在は5倍の差がある。ロシアの砲弾生産量は増加しており、CNNの報道では年間約300万発。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
陣地戦で、1枚ずつゆっくり皮を剥ぎながら前進していく戦法がロシア側の勝ち目だと見てとれる。どんどん弾が落ちてくるため、ウクライナ側は陣地の中で頭が上げられない状態であり、ドローンを使い必死に耐えている。だが全く足りていない。1000kmに1km間隔で大砲を置くと、ウクライナは1日に2発しか撃てない計算。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
西側は今まさに弾の生産を増やしている。伸びしろとしては、ドイツが年内に年産60万発までいけるだろうと言っており、アメリカも月産10万発までいけると言っている。この1年ほどでウクライナ軍に1日1万発撃たせる程度の能力は得られるのでは。
新美有加キャスター:
ウクライナ戦争の終着点について。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
ウクライナにとっての根本的解決はNATOに加盟して全土を回復すること。ロシアにとってはウクライナ全土を占領して属国化すること。この間のどこに終着点があるかは全く見えないが、ウクライナ側の妥協的和平と根本的解決の間に「ドンバス2州の奪還」「クリミア半島の奪還」があり、これは中間目標となりうる。
反町理キャスター:
しかし、現状から停戦協議に入るためには、ウクライナは一定程度押し戻さなくてはいけない。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
現状は耐え忍ばなければいけない。軍部がゼレンスキー大統領に要望している50万人の増兵までは耐える。砲弾、長距離の精密火力、そして最も大事な航空兵力などをしっかり整えた上で2回目の攻勢になると思う。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
双方が妥協し何らかの解決策を見出すことも理論的には考えられるが、それがどう考えても今のロシアから出てきそうもない。ウクライナがもう一度攻勢に出なければいけないことには全く同意。ある程度の時間が必要。
軍事ジャーナリスト 黒井文太郎氏:
ロシアはプーチンがいる限り諦めないと思うが、彼が一番気にしているのは戦時大動員をかけた場合の猛反発。ある程度膠着していき、西側がコミットメントを積み上げていけば、ロシアは反撃しにくくなる。これを目指すのが一番現実的と思う。
新美有加キャスター:
視聴者の方からのメール。「ウクライナへの軍事支援に日本が手を差し伸べられないか。パトリオット、レーダーシステムなど防衛兵器はどうか」。
髙田克樹 元陸上総隊司令官:
大賛成。我々には無関係と見てはいけない。力による現状変更は、将来我々の周りに起こるかもしれないことに直結している。
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授:
私も全く大賛成。侵略戦争に対してウクライナが国連憲章第51条で定められた自衛権を発動しており、国連憲章に基づく憲法を持つ国として日本はウクライナを支援する義務がある。戦車や戦闘機まで送るかという議論はあると思うが、せめて無辜の一般市民をミサイルから守る装備ぐらい送ってもいいじゃないかという気持ちはある。
(「BSフジLIVEプライムニュース」3月27日放送)