女子マラソンのパリ五輪代表、最後の1枠をかけて3月10日に行われた名古屋ウィメンズマラソン。

今年1月の大阪国際女子マラソンで前田穂南(天満屋)が日本記録を更新したタイム、2時間18分59秒。

大阪国際女子マラソン 前田穂南が日本記録を更新
大阪国際女子マラソン 前田穂南が日本記録を更新
この記事の画像(13枚)

この記録を超えなければ、代表の座を射止めることはできない。

すなわち日本記録を再び塗り替えなければ、パリ五輪には行けないという過酷な条件が付きつけられたレースだった。

そんな高き壁に挑むと決めたのが、リオ五輪では5,000mと10,000m、東京五輪はマラソンの日本代表に選出された鈴木亜由子(日本郵政グループ)、32歳。

名古屋ウィメンズマラソン 給水に失敗した鈴木亜由子
名古屋ウィメンズマラソン 給水に失敗した鈴木亜由子

本番当日のレース中、10km過ぎの給水ポイントで、鈴木は2度も給水に失敗。すると同じパリ五輪代表を争うライバル、加世田梨花(ダイハツ)から水を渡され、助けられる。

このシーンに多くの称賛の声がSNSで広がったことも話題になった。

レースは安藤友香(ワコール)が2時間21分18秒で優勝。

最後まで粘った鈴木は、トップから遅れることわずか15秒、2時間21分33秒の3位。

そして、日本記録保持者の前田穂南(天満屋)がパリ五輪代表に決定した。

ゴール後の鈴木は悔しさを見せながらも「目標に届かず、力不足で悔しいけれど、でもやることはやってこられた。挑戦できたこと、支えて下さった方に感謝の気持ちでいっぱいです」と、頭を下げた。

そんな鈴木亜由子の挑戦に至るまでを、20年に渡る取材で紐解いて行く。

ケガに泣かされた“天才少女”

愛知県豊橋市出身。鈴木は2005年8月の中学校陸上選手権では800mと1,500mで全国優勝。地元でも有名な天才少女だった。でも、内面は慎重で、控えめだった。

”天才少女”と言われた中学時代
”天才少女”と言われた中学時代

ディレクター:
将来の夢は先生になりたい?

鈴木:
あー、そうですね…それか陸上の選手に。

この当時は、まだ漠然としながらも、陸上選手としての歩みをイメージし始めていた。

だが、時習館高校時代に悲劇が襲う。

2度の骨折で右足甲をボルトで固定
2度の骨折で右足甲をボルトで固定

右足甲の疲労骨折。一度ならず二度までも。

患部をボルトで固定し、腰の骨を移植する手術を二度も受けた。

ディレクター:
正直どうでしょうか?

鈴木:
嫌ですけど、走れるように頑張りたいと思います。

走れない日々が続き、始まったばかりの競技生活の火が目の前で揺れていた。

手術は成功したが、元のように走れる保証はどこにもない。

卒業後の進路は名古屋大学、ここを選んだのは合格できる学力があったから。

そしてもうひとつ。陸上の強豪ではないから。

練習に追われないよう、練習をしすぎないよう、そう考えてのこと。努力家すぎて、ケガが多くて、そのせいで慎重になって。

そんな彼女だから、“未来予想図”はまったくの未完成。

大学生活では一人暮らし
大学生活では一人暮らし

ディレクター:
東京五輪の時は何歳ですか?

鈴木:
今22歳だから29歳。

ディレクター:
マラソンに挑戦してみたい?

鈴木:
正直、マラソンは全然まだイメージが湧かないですね。マラソンの練習は想像がつかないくらい、すごく練習するので、自分にそこまでの根性があるのかな…。

人生を変えてくれた、大きな出会い

2014年、日本郵政に入社した鈴木に大きな転機が訪れる。

陸上部の高橋昌彦監督との出会いが、人生を大きく変えた。 ※高橋の高は梯子高(はしごだか)が正式表記

高橋監督は小出義男氏のもとでコーチを務め、シドニー五輪で高橋尚子さんの金メダルにも関わった人物だ。

出会った当時の、鈴木の印象を聞いた。

2000年 小出義雄氏(写真右)の元でコーチを務める高橋昌彦
2000年 小出義雄氏(写真右)の元でコーチを務める高橋昌彦

「入ってきた時は走れないというか、走らない状況、少し違和感があると。非常に慎重な子だなと(思いました)」

そんな鈴木をマラソンに導いたのが高橋監督だ。当時作った計画表にはこんなことが書かれていた。

2020東京 鈴木亜由子強化プラン
2020東京 鈴木亜由子強化プラン

2014年、社会人1年目のテーマは『怪我の克服』。つまりマラソンを走るうえでの“土台作り”である。

2年後の2016年リオ五輪までは、トラック競技でスピードを強化。

2020年の東京五輪では、マラソンでメダル獲得。翌年には日本記録を狙うプランだった。

鈴木のケガの多さと、慎重な性格を高橋監督は前向きにとらえていた。

「大きなケガをしていることは、それ自体は、その時はものすごくマイナスだったと思うし、場合によって足の手術も今後どう影響してくるかわからないけれど、マラソンに耐えうるだけの精神力というか、強さというか」

入社当時の鈴木亜由子を語る高橋監督
入社当時の鈴木亜由子を語る高橋監督

「ただ、そこに本人の覚悟ができるかどうか?マラソンをやるという覚悟ができるかどうか、それだけじゃないですかね」

2016年、強化プラン通り順調にリオ五輪にトラック競技で出場したが、鈴木はここでもケガに泣かされた。

でも、そこから少しずつ気持ちは固まっていった。

2017年12月、鈴木にとって憧れで親交が深い、北京五輪5,000m元日本代表の小林祐梨子さんが陸上部の寮に遊びに来た日、こんな会話があった。

小林:
フルマラソンを走るって聞いたり、聞かなかったり。

鈴木:
走りたいと思っていますけどね。いつになるかは足と練習次第…。

高橋監督:
何が一番大事かっていうと、「マラソンやりたい」「やります」という覚悟がある選手がマラソンに向いている。いくら身体能力があっても、覚悟が無い選手はダメ。「なんとなくやってみようかな」では、たぶん今の亜由子だとまだダメね。マラソンじゃ成功しない。東京五輪の目標は?と聞かれたら亜由子は何て答えるの?漠然と五輪行くじゃ絶対に無理。みんな心のどこかで金メダル欲しいよね?

マラソンへの覚悟を決めた
マラソンへの覚悟を決めた

鈴木:
狙いたい。

高橋監督に促され、マラソンへの覚悟を決めた。

2018年8月。初マラソンに挑んだ鈴木は北海道マラソンで優勝を飾り、一躍東京五輪のメダル候補に浮上した。

そして新型コロナウィルスの影響で1年延期となった2021年、東京五輪に挑んだ鈴木。

だが、2時33分14秒の19位。順位にもタイムにも不満と心残りがあった。

「ケガのリスクを持って、もっとやるべきだったのかなと思いますし、でもあの時点では、そこまではできなかった。スタートラインに立てなかったら、それはそれで後悔したし、難しかったですね…」

失意から立ち直れたのは、この人のおかげ。

福士加代子(写真中央)に誘われ京都へ
福士加代子(写真中央)に誘われ京都へ

マラソンの大先輩、福士加代子さんが特に理由も言わず、自身の拠点である京都に鈴木を誘った。そこで聞いた経験談で、マラソンに対する意識に変化が訪れたという。

「もっと楽に行こうとか、肩に背負っているものをもっと降ろしてやっていいんじゃない。福士さんは楽に走ることを追求されていたので、自分なりのやり方を見つけたいと思います」

マラソン人生の“集大成”

日本記録を更新しなければ、パリ五輪の道は開けない。

名古屋ウィメンズマラソンに向けての調整として出場した、今年2月の丸亀ハーフマラソン。

鈴木は前半から果敢に攻め、日本人トップでゴール。3月の名古屋に向けての現状を確認した。そしてレース後、この大会の解説を務めていた福士さんと再会した。

鈴木:
何かないですか?一言。

福士:
ないよ!やるしかないじゃん!君やるしかないじゃん。今日のペースをちょっと遅くして、バン!って行けばいい。

鈴木:
今日のペースをちょっと遅くして、倍走ればいい。

福士:
走っちゃえ。私は走れなかった人だから、お前が走りなさいよ(笑)!

『走っちゃえ』

つまり、それくらいシンプルに。

「よく話に聞くのは、高橋尚子さんとか野口みずきさんって、メダルを取るか?ケガをするか、どっちを取るかの判断の時に間違いなくケガをしてもいいからメダルを取りに行く。そういう気持ちでやっていたという話を聞くんですけど、そこまでの強い気持ちがなかったというか、覚悟ですかね。足がぶっ壊れてもいいから、取りに行くんだというのが(今まで)なかったって反省しています」

やっとわかった“覚悟”の意味。

ぶっ壊れてもいい、覚悟を決めて最後の合宿をやり抜いた鈴木が、名古屋ウィメンズマラソンに挑む。

「すごく高い目標があって、それに挑めるって、本当にこの先一生ないので、それが地元というところで、こんなことはないので、頑張ります」

“覚悟”を持って、あとはやるだけ。

そして迎えた3月10日、運命のレース。

しかし、25キロ過ぎに鈴木は先頭集団から遅れ始めた。

もうパリ五輪は絶望的な状況だったが、地元の沿道からの声援に応えるかのように鈴木は走り続け、最後はゴール前で転倒したが、それでも最後まで力を振り絞った。

必死に先頭集団に食らいつく
必死に先頭集団に食らいつく

「(沿道の声援は)聞こえていました。本当にもどかしい気持ちでいっぱいでしたが、応援があったので最後まで気持ちを切らさずに、力を出し切ろうと思って走り切りました」

涙ながらに笑顔で頭を下げた。

地元で陸上人生の集大成と位置づけ、違う景色を見てみたいと意気込み、恐れずにチャレンジした鈴木亜由子。

今回は思い描く景色が見られなかったが、次はどんな景色が見られるのだろうか。

『S-PARK』旬なネタをどこよりも詳しく!
3月16日(土)24時45分
3月17日(日)23時15分
フジテレビ系列で放送

16日(土)は、かつてオシム監督のもと、ナビスコカップ(現在はYBCルヴァンカップ)を連覇し、旋風を巻き起こしたジェフ市原の特集。2009年のJ2降格以降、未だJ1復帰を果たせていないチームで、今年「エースナンバー10番」を背負った“期待の新星”の描く未来に迫る。