「自分は女の子なのに、なんでトイレは立ってしないといけないの?」。4歳の長男が母親に投げかけ、“こころの性”と“からだの性”が異なる「トランスジェンダー」をカミングアウトした。
この記事の画像(9枚)日本人の10人に1人がLGBTQ+(性的少数者)との調査結果もある。性を自認するのは13~14歳が多いと言われ、4歳での告白は極めてまれだ。
「どんなあなたでも好きだよ」。母親は即座に受け止めた。それから5年あまり。いまは女の子としての生活を続けている。
北海道で暮らすこの親子を通じ、LGBTQ+や家族を取り巻く現状と課題を探る。
4歳のカミングアウトを受けとめた母親「どんなあなたでも好き」
2019年の秋。幼稚園からの帰り道だった。北海道に住む優子さん(32)=仮名=は、長男の樹(じゅり)さん(9)=仮名=から告白された。
自転車をこいでいた優子さんに、幼児用シートの樹さんが後ろから語りかけた。
「樹はつぶやくように、突然言い出したんです。『自分は女の子なのに、なんでトイレは立ってしないといけないの? どうしてスカートをはいたらダメなの?』と」(優子さん)
樹さんは、ミニカーや戦隊モノのおもちゃより、おままごとで遊ぶことが好きだった。おっとりしていて争いごとを好まず、女の子とよく遊んでいた。
優子さんは樹さんにいわゆる「男らしさ」は感じていなかった。
「産んだのは私だけど、この子の人生だから否定することじゃないと思った」。驚きはあったが、意外なほどすんなり納得できた。「どんなあなたでも好きだよ」。すぐに気持ちを伝えた。
樹さんも当時をはっきり覚えている。4歳にとって重い決断だった。
「ずっと言うか、迷っていた。いつか言おうって。言ったら何を言われるかなって考えていた」(樹さん)
母親は肯定してくれた。
「ダメとか言わないで、受け入れてくれた。なにがあっても、なんでも相談できるから、すごくうれしい」。小学3年生になった樹さんは、少しはにかみながら振り返った。
人生初スカートに満面の笑み 母親実感「本当に女の子になりたかったんだ」
カミングアウトから約1週間後、樹さんが人生で初めてスカートをはいた。スカートの裾をヒラヒラさせながら3回まわり、満面の笑みを見せた。
「本当に女の子になりたかったんだって、このときにすごく実感した」(優子さん)
それ以来、優子さんは女の子の洋服を買うようになった。髪も伸ばし、リボンで結んだ。
女の子の装いで初めて出かけたのは、東京にある人気キャラクターのテーマパーク。樹さんは終始大喜びで、優子さんは数えられないほど、写真を撮った。
「樹はとにかくすごく楽しんでいた。周りを気にせず楽しんでいる姿をみて、本当に女の子なのだと思った」
幼稚園が誠実に対応 制服は"特注のキュロットスカート"
樹さんが通っていた幼稚園は、親子に寄り添った。男の子はズボン、女の子はスカートがルールだったが、制服の生産工場にかけ合い、樹さんのために特注のキュロットスカートを用意した。
「見た目が変わるから」。優子さんは樹さんの同級生の保護者に知らせた。
「心が女の子だから『くん』じゃなくて『ちゃん』と呼んでとお願いした」。樹さんも自らクラスメートに働きかけた。
園児たちはすぐに受けとめた。「男の子でも女の子でも変わらない。樹は樹だから」。樹さんと3歳から幼なじみの同級生2人は、一緒にソリ滑りを楽しんだあと、涼しい顔で答えた。
誰にも相談できない“孤独” 胸に刺さる保護者の心ない言葉
優子さんは23歳のとき、樹さんを出産。パート従業員として働きながら育ててきた。
LGBTQ+をカミングアウトした子を持つ知り合いはいない。相談できる場所も知らない。一部の保護者からは心ない言葉が投げかけられた。
「カミングアウトが“4歳”だったこともあり、『子どもが遊びで話したことを、親が本気にして大ごとにしている』『男の子、女の子の違いが4歳にわかるわけない』と言われた。かたくなに『樹くん』と呼び続ける保護者もいた」
優子さんはぶれなかった。
「今はもう、そういう世の中じゃない。ただでさえ本人は苦しい思いをしているはずだから親や周りの大人がその思いを増やしちゃいけない」
トイレは? プールの着替えは? 学校側も試行錯誤の連続
母・優子さんは小学校入学の2年前から学校側と相談を重ねてきた。学校にとっても初めてのことばかり。トイレは? プール授業はどこで着替える? 次々と課題が浮かんだ。
それでも当時の校長は樹さんに「自分の好きな格好で来ていいんだよ」と声をかけた。かつて「障害者用」と呼ばれていた「だれでもトイレ」を使えるようにし、プール授業の着替えは女子更衣室で最後に着替えるか、担任教諭と別室に行くことにした。
こうした配慮もあって、樹さんは学校生活を楽しんでいる。
「楽しい。友だちといっぱいおしゃべりができて、イヤなこともない」
"10人に1人はLGBTQ+" 9割が孤立「保護者や教師に言えず」
大手広告代理店の調べでは日本でのLGBTQ+の割合は約10%。小学校のどのクラスにも、その素質を持っている子どもが、クラスに数人はいることになる。
LGBTQ+を支援するNPO団体「ReBit」が実施した学生へのインターネット調査によると、性を自認する平均年齢は14.3歳、初めて周囲にカミングアウトした平均年齢は18.5歳だった。樹さんのように4歳で自認するのは極めてまれだ。
調査はさらに深刻な問題を浮き彫りにした。多くのLGBTQ+の子は孤立しているのだ。
保護者、教職員、どちらに対しても9割超が「安心して話せない」と回答している。7割が笑いものにされるなど学校でハラスメントを受けていることを明かし、5割が心身の不調や精神疾患を訴える。
支援団体「SOGI-Mamii's」の高橋愛紀代表は、周囲の大人がLGBTQ+に対する正しい知識を持つことの重要性を指摘する。
「当事者の保護者と学校が連携するのはもちろんですが、同級生の保護者もきちんとした知識を持つ必要があります。知らないから憶測で決めつけてしまったり、間違った対応になったりするのです」(高橋代表)
樹さんもこれまでに子ども同士で目立ったトラブルは起きていないが、大人は時折、暴走する。2023年12月、保護者会で一部が紛糾した。無理解や嫉妬のような声が飛び交った。
「男なの? それとも女なの?」「特別扱いだ」(いずれも保護者)
カミングアウトから5年。樹さんや優子さんはこうした言葉を何度も浴びせられ、そのたびに言葉を尽くしてきた。
カミングアウトから5年 小学3年生になったいま
2023年6月。樹さんは3歳から伸ばし続けた髪を切った。医療用ウィッグの素材として提供するためだ。9歳になり心も成長した。「髪がない人にあげたい」。樹さんの思いはまっすぐだ。
そして、自分自身がトランスジェンダーだと明かすことに迷いは感じられない。
「トランスジェンダーが周りにたくさんいることを知ってほしい。一人じゃないよって伝えたい」(樹さん)
優子さんも同じ思いだ。LGBTQ+の子どもを持つ親の相談に応じ始めた。2か月に1度、人づてに優子さんを知った親たちが集まる。
「自分の子どもがLGBTQ+だと知ったら悩むのは当たり前。一人じゃない。不安に思っているのはあなただけじゃない」(優子さん)
LGBTQ+は特別ではない。だが、配慮が必要なこともある。親子の思いは、子どものLGBTQ+がいることを知ってもらうこと。すべての子どもたちが、自分らしく生きられる世の中になることを願っている。