22日、日経平均株価がついに史上最高値を更新した。
半導体関連銘柄が主導したこの最高値更新は、日本経済の「失われた30年」からの回復を示しているのだろうか。
米半導体決算が相場を一気に押し上げ
騰勢を強めてきた日経平均株価が、ついに史上最高値を更新した。
この記事の画像(7枚)1989年12月末につけた終値の最高値を上回り、一部証券業界関係者の間で、語呂合わせでの合言葉「砂漠に行こう」となっていた「38915」の水準超えを達成、午後に入って、取引時間中の最高値3万8957円44銭も超えて、3万9000円台に突入し、前日比836円52銭安の3万9098円68銭で取引を終えた。
主導したのは、半導体関連銘柄だ。
今回の上昇基調は「AI・半導体相場」とも呼ばれ、AI(人工知能)ブームの追い風を受けた半導体企業の高い成長への期待が市場をけん引している。
注目株だったアメリカ大手半導体の「エヌビディア」が日本時間の22日朝発表した決算で、売上高や利益が市場の予想を大幅に上回ったことが、半導体関連銘柄の株価を押し上げた。
日本株を代表する“セブン・サムライ”
アメリカのゴールドマン・サックス証券が、日本の株式市場を牽引する7つの有力銘柄を1954年公開の黒澤明監督の名作「7人の侍」になぞらえて、「セブン・サムライ」と名づけて公表している。
この7社中4社が、半導体製造装置メーカーで、22日の東京市場でも、こうした半導体関連銘柄が株価の押し上げに貢献した。
この「セブン・サムライ」は、ニューヨーク市場を席巻するハイテク株7銘柄の総称として使われる「マグニフィセント・セブン(壮大な7銘柄)」の日本版にあたるものだ。
「マグニフィセント・セブン」には、アップルや、グーグルを傘下に持つアルファベット、アマゾンなどに加え、エヌビディアが名を連ね、時価総額は合計で1900兆円を超え、東京証券取引所上場企業全体の2倍にあたる規模となっている。
勢い支えた企業の「稼ぐ力」
年初からの株高を引っ張ってきたのは、海外投資家の旺盛な買いで、国内企業の業績の好調さが、その勢いを支えている。
SMBC日興証券がまとめた東京証券取引所に上場する企業1298社(金融とソフトバンクグループを除く)の2023年4月~12月期決算の最終利益の合計は、前の年の同じ時期に比べ14.5%増えて、32兆2892億円と、3期連続で過去最高となった。
この実績を反映した2023年3月期通期の見通しでは、6.0%増の38兆8630億円だ。
業績見通しを開示済みの企業の2割以上が、最終利益を上方修正している。
コロナ禍からの経済活動の回復や円安効果が業績を押し上げる中、1株で1年間にどのくらい利益を上げているかを示すEPS(1株あたり純利益)は、1月時点の東証プライム上場企業の平均で、175.24円と過去最高並みの水準で推移している。収益増のほか、積極的な自社株買いもEPSを押し上げた。
企業業績からみた株価の投資尺度を、バブル当時と比べるとどうだろうか。
株価が予想1株利益の何倍にあたるかを示すPER(株価収益率)は、株価が企業業績に対し割安か割高かを判断する指標として使われ、15倍程度がひとつの目安とされる。
1989年当時は、欧米市場が14~15倍だったのに対し、東証1部銘柄のPERは55倍程度もあった。
現在のPERは、東証プライム主要銘柄で16倍前後となっていて、バブル期と比べ、割高感は乏しいとの声が聞かれる。
企業統治改革が進み、資本効率の改善や株主還元を意識した経営も浸透してきたことも、日本株が見直されるきっかけになっている。
世界的な金融環境の好転もけん引
経営効率化への取り組みや業績拡大を通じた日本企業の稼ぐ力の高まりが買いを誘う中、海外勢は、買い越しが6週連続となり、強気の姿勢を示し続けている。
2月第1週の買い越し額は3663億円で、前の週の1783億円から大きく広がった。
国内では、物価上昇の中、企業の価格転嫁が徐々に進み、デフレ脱却に向けた期待が高まる。
日銀の植田総裁らが、マイナス金利解除後も「緩和的な環境が続く」と繰り返し発言していることが、金融引き締めによる景気落ち込みを警戒する市場に安心感をもたらしている。
世界的な金融環境の好転も株価を上向かせる材料となった。
アメリカ経済が、不況に陥るのを避けながらインフレ鎮静化に成功して軟着陸できるという見方は、アメリカの株高を通じて日本株の相場をも支え、海外事業比率の高い企業の業績伸長への期待につながっている。
一方で、不動産不況が深刻化し、株価の下落局面が続いていた中国から、行き場を失った投資マネーが流入し、日本市場を底上げしているとの観測も広がる。
東京証券取引所に上場する企業の時価総額の合計は、1月末時点で中国の上海証券取引所を上回って、3年半ぶりにアジア首位に返り咲いた。
中国から日本市場に資金を振り向ける動きを反映しているとみられる。
「失われた30年」からの回復は
史上最高値更新は、日本経済の「失われた30年」からの回復を示しているのだろうか。
世界の時価総額ランキングでは、これまで最高値をつけていた1989年の年末は、NTTが1位となったほか、大手銀行が続き、日本企業がトップ5を独占した。
しかし、バブル経済崩壊後、日本の銀行は不良債権処理に追われて上位から転落し、現在は、1989年当時には名前がなかったアメリカのITや半導体企業などが続々ランクインし、アメリカのトップ3社の合計だけで、東証プライム市場全体の時価総額を超えている。
先週時点で、日本企業で上位100社に入るのは24位のトヨタ自動車だけという状況だ。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とも評された34年前の勢いは感じられなくなっている。
日本経済の落ち込みは、GDP(国内総生産)のデータからも見てとれる。
IMF(国際通貨基金)がとりまとめた自国通貨建ての名目の数値をもとに、1995年を基準にして2022年までの伸びを見てみると、アメリカやイギリスが3倍程度、フランスやドイツも2倍を超えるのに対し、日本は1.07倍と低い水準にとどまる。
2023年にドルベースでの名目GDPで世界3位の座をドイツに明け渡した日本は、2026年にはインドに追い抜かれるとの予想も出ている。
かつて1位だった世界競争力ランキング(IMD=国際経営開発研究所) は、2023年には35位にまで下落するなど国際競争力も落ち込みが続く。
企業価値の向上を賃上げにつなげられるか
日本経済の世界での存在感が低下する中、国内では、少子高齢化で生産年齢人口が減少する一方で、構造改革が進まず、成長投資による景気押し上げが進展しない状態が継続している。
潜在成長率は1990年代以降、3%台から1%未満にまで落ち込んだ。
2023年の実質賃金は2年連続のマイナスで、比較可能な1990年以降最低の水準だ。
消費支出も3年ぶりのマイナスとなり、物価高が賃金上昇を上回って、消費が振るわない状態が続く。
22日、東京・渋谷で株価最高値更新について聞くと、20代の若い層からは「実感が湧かない」という感想が相次いだほか、就職活動中だという大学生は「長く働きたいので株が安定してほしい」と話していた。
育児休業中だという30代の女性からは「子ども1人だけでもお金がかかるので、景気が上向いてほしい」との声が聞かれた。
日経平均株価の次の節目は4万円となるが、市場関係者の間からは、「4万円台が定着するかは、日本企業が、株価に見合った水準まで企業価値を上げていけるか次第だ」との声が聞かれる。
株高をもたらす企業価値の向上を賃金への持続的な分配につなげ、賃金上昇が消費拡大を通じて景気を底上げしていく好循環へと結びつけられるのか。
株価が新たな段階を迎えた日本経済は、「失われた30年」から脱却する歩みを進め、株価だけではなく、日々の暮らしでも、豊かさを実感できる局面に入っていけるのかどうかの大きな岐路に立っている。
【執筆:フジテレビ解説副委員長 智田裕一】