中国は大型連休・春節の真っただ中。中国政府は景気回復をアピールするが、株安・デフレ・格下げなどが暗い影を落とす。これは崩壊の兆しなのか。「BSフジLIVEプライムニュース」では識者を迎え、中国経済の現状を分析し今後を展望した。

「今年より来年のほうが厳しい」を初めて感じる中国人

新美有加キャスター:
春節は中国の旧正月で、2月10〜17日の8連休。中国政府によれば、この前後40日間で過去最多となる延べ90億人が移動する見通し。数字を見ると好景気に見えるが。

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柯隆(か・りゅう)東京財団政策研究所主席研究員:
数え方にもよる。公式統計で約3億人とされる出稼ぎ労働者が都市部と故郷を往復すれば1往復で2回のカウントになるなど、きりがない。中国政府が少しでも明るいニュースを伝え空気感を作りたい気持ちはわかるが、多くて延べ40億人ほどと考えている。結局はどれだけ買い物にお金を消費するか。

江藤名保子 学習院大学教授:
春節で中国から日本に来た友人と話したが、私と同世代の人からすると恐らくほぼ初めて「今年より来年のほうが厳しいかも」という感覚を持ち始めている。不安感、閉塞感は徐々に広がり始めており、行動の変化が如実に表れるきっかけになると思う。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
2023年もすでにゼロコロナ政策が緩和されていたが、今年は本当に制約がない。その点でより強い数字が出るかもしれない。ただリベンジ消費については、2023年4月にかけて起こりかけたがしぼんでしまった。全体としてベースが良くない感じがあるだろうと思う。

反町理キャスター:
「ベースが良くない」とは。また「消費者信頼感指数」という数字はどう見ればよいか。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
2023年の実質GDPは5.2%伸びており政府の目標をクリアしているが、ビジネスをする人の感覚では思ったように売れていない。まさに景気の「気」が良くない。消費者信頼感指数については、ここまで深くマイナスが続くのは初めて。内訳を見ると、人々は雇用に関する状況が相当悪いと思っている。

柯隆 東京財団政策研究所主席研究員:
中国では日本と異なり、最も雇用に貢献する中小零細企業がコロナ禍で多くつぶれた。すると若者の失業が増える。一般の個人にとってはGDPの成長に実感はないが、自分や身近な人の失業は目の前で起こる。経営者が賃金を下げても、労働者は解雇を恐れ抵抗しない。この状況では貯蓄率が上がり消費が伸びない。また5.2%という数字も、米シンクタンクなどには疑わしいとされている。

新美有加キャスター:
「中国経済光明論」というキーワードの意味は。

江藤名保子 学習院大学教授:
2023年12月の中央経済工作会議で習近平氏が発言し注目を集めた。非常に簡単に言えば「『中国は今非常にいい』と皆で言っていきましょう」ということ。公安部が指示を出しており、やらなければ取り締まりの対象になる非常に厳しい世論統制。習近平氏の3期目に入ってからは中国型発展モデルを称揚する政治体制だが、これを成功させるためのメッセージ性を込めたプロパガンダ。

反町理キャスター:
政治的・歴史的なナラティブについてのプロパガンダならともかく、経済は日々の暮らしの話。人々がついていけない部分が出るのでは。

江藤名保子 学習院大学教授:
不満を感じる人は当然おり、皆が素直に納得して従うわけではない。だが共産党の統治の基本的な姿勢は、飴と鞭を同時に使い、人々の諦念を引き出し黙らせていくもの。中国の今の世論は外に対して閉じており、エコーチェンバーの中で信じる人の割合も増える。逆に言えば、それをやらなければ社会をコントロールできない。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
リスクが顕現化するかどうかは、やはり最後は人の行動による。「安心しろ」と言いたい気持ちはある程度わかる。だが問題は、日本など他の国では人々が問題を指摘することでバランスを取れるが、中国はそうした発言が出ないようにしている。見えないところでマグマがたまってしまい、政府当局が気づかないリスクがある。

柯隆 東京財団政策研究所主席研究員:
強い国を目指す中国は、軍事力強化のため資源を軍需産業、国有企業に集める。市場メカニズムはおかしくなり、民営企業はどんどん弱体化する。言論統制をすると是々非々の議論が出ず、修正されない。実は最も統制されるのは共産党の幹部。一度ぜいたくを味わったことのある幹部たちが従うか。かなり危ないと思う。

膨れ上がる中国の債務 背景にある地方政府の財政難

新美有加キャスター:
中国の対GDP債務比率は、国際決済銀行によれば2023年6月末時点で307.5%。債務が膨れ上がっている。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
中国の場合、企業部門の債務が非常に大きいと言われる。地方政府も含む政府部門は、国際的には安全圏といえる水準。だが中国の場合、地方政府に関連する企業がインフラプロジェクトのための資金調達を行うなどしており、企業部門にかなり地方政府関連の債務があるといわれる。政府が債務を国外に負わない限り回していくことが可能だが、人々がそれを信用するか。

柯隆 東京財団政策研究所主席研究員:
経済があまり成長しなくなり、不動産バブルが崩壊して土地財政で得られるはずの財源が得られなくなり、地方政府が税金を取れない。歳入は大幅減少、地方公務員は給料をカットされている。中国は各々の地方自治体がそれぞれ独立した年金の社会プールを持っており、経済の発展が遅れている地方自治体は定期的にお金を入れなければ年金生活者の年金がカットされる。ストックとフロー、歳入と歳出、全てに問題がある。唯一の方法は金融緩和ですぐに対処すること。

反町理キャスター:
そうした話の根本に、中国の統治制度の問題はあるか。

江藤名保子 学習院大学教授:
中国の政治家・官僚の人事制度が、中央財政が動かない理由の一つ。今の税制は、本来は中央に財源を集め稼ぎの良くない省に分配するシステムだが、それをうまく使っていない。各地方自治体のトップが評価のために競争しているのだが、そこに経済合理性が恐らくない。本来は経済合理性に基づいて政策を打ち出すべきところ、党の合理性に基づいて動くことが正しいことになってしまっている。

柯隆 東京財団政策研究所主席研究員:
2008〜2009年頃に債務の数字が突然伸びた。もっと出世したい地方政府の幹部が、無理に高い経済成長率を目指そうとレバレッジを拡大し借金するようになった。選挙民からの票は関係ないのでやりたい放題。北京からの監督が効かなくなっている感じがする。

日本と全く異なる中国の「税」についての感覚

新美有加キャスター:
習近平政権に誤算・失敗があったか。「共同富裕」というスローガンは貧富の格差を是正するため富の分配をしていくもので、第1次は所得、第2次は税・社会保障、第3次は企業や富裕層の寄付による分配。現状は。

柯隆 東京財団政策研究所主席研究員:
中国社会には元々、寄付の文化がなかった。そこでアリババなど大きな民営企業、資本家に対して寄付を求めた。後で叩かれるからかなりの金額を寄付したが、あれは一過性。それに寄付とは自分の意思でするもので、強要されるのは寄付ではない。そして、税と社会保障の問題は、給与などの所得に関し日本のような確定申告の制度が不十分なこと。固定資産税も導入されず、相続税も機能しない。理由は調査ができないから。最も金を持つ人が最も権力を持つから、税務署員が調べれば身の危険がある。

反町理キャスター:
ダメじゃないですか。再分配機能がありえない社会。中国の税務署はそんなに弱い?

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
しっかりしていない。まず税に対する感覚が違っており、そこは文化・社会通念の問題で、時間をかけて作らなければならないが簡単ではない。いろんな税のシステムも、企業の場合は税務署の担当官次第の部分が多すぎる。

反町理キャスター:
民主運動がなくて「代表なくして課税なし」でないからこうなるのでは。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
その感じはありそう。自分たちで税を払って「こう使うべきだ」と言える立場の人がいない。自分たちが税を払って国のために使うという発想がない、というか、それを持たれてしまうと人々からいろんな意見が出てきてしまう。

反町理キャスター:
共産党の一党支配を揺るがしかねないと。きちんと人々からの信託を受けていない後ろめたさで、踏み込めないでいるのでは。

岡嵜久実子 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹:
元々、社会主義における利潤や資源の分配から始まり、自由度を高めるために利潤の分配の代わりに税を上げてよい形にしたので、根本的な感覚が違うところがあると思う。

新美有加キャスター:
中国政府が今最も優先することは何か。経済の立て直しへの本気度は。

江藤名保子 学習院大学教授:
中国政府が優先するのは、一貫して共産党の一党独裁体制を維持すること。経済発展も外交の積極的な展開も、共産党がそれを成功させて中国を成功モデル・発展モデルに仕立て上げるためのツール。そして、ほぼ事実上の個人独裁である習近平時代に入って特徴的なのは、彼の権力の維持に与することの重要性。だが今までのような経済発展が見込めず、共産党の求心力が弱まる中で社会統制を強めてしまっている。政治としては良くない方向に進んでいるし、それが経済のプラスになるとは全く思えない。
(「BSフジLIVEプライムニュース」2月14日放送)