5万9000人以上が亡くなったトルコ・シリア大地震の発生から2月6日で1年となる。トルコ南東部では、マグニチュード7.8と7.5の地震によって30万棟以上の建物が被害を受けた。災害がれきは、東日本大震災の約7倍となる2億トン以上発生するとみられている。

大きな被害を受けたハタイを訪れると、今もがれきの撤去作業が続いていて、がれき置き場には倒壊した建物の壁などがうずたかく積み上げられ、人々が生活で使っていたものが散乱していた。そして放置されたがれきは、人々に健康被害をもたらしている。

がれき置き場のPM2.5濃度は基準の36倍以上

現地で大きな問題となっているのは、がれき類から発生する粉塵による大気汚染だ。

トルコ医師会のハタイ代表であるセブダル・ユルマズ医師がハタイのがれき置き場を調査したところ、大気汚染物質であるPM2.5の濃度はWHO(世界保健機関)の環境基準の36倍にもなる1立方メートルあたり180マイクログラム以上が検出された。また、がれきの中には、アスベストのほか多くの有害物質が含まれていた。

がれき置き場は、家を失った市民が住むテントのそばに設置され、ユルマズ医師は保管場所や方法が人々の健康被害を引き起こしていると警鐘を鳴らす。

トルコ医師会ハタイ代表 セブダル・ユルマズ医師
トルコ医師会ハタイ代表 セブダル・ユルマズ医師
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「この場所が選ばれたことがまず間違い。がれきの山のすぐ裏に震災後、被災者用のテント村が設置されていた。約1000人がテント生活している時に、ここにがれきが投棄され始めたのです。トルコ医師会は、人々がテントで暮らしている隣に、どうしてこのようにがれきを投棄するのかと抗議しました。抗議すると瞬間的には作業が止まるのですが、抗議をやめるとすぐに再開されました」

がれき置き場の隣には学校や警察署、コンテナハウス

がれき置き場の場所選定についても、次のような問題点があるという。

「そもそもがれき置き場の選択に関して、いくつか考慮しないといけない基準があります」

がれき置き場の向こう側に3つの学校が見える
がれき置き場の向こう側に3つの学校が見える

「最も大切なことは地盤が固い所であることです。ここのように物質を地下などに通しやすい場所であってはいけないんです。また、人間の生活圏から遠くないといけないのに、周囲を見ると学校が3校並んでいます。専門高校2つと中学校です。警察署もあり、多くの警察官が働いています。隣には新しくできたコンテナハウスもあります。風が西から東に吹くとがれきの粉塵の影響を受けます。人間の生活圏から遠い所を選ばないといけないのです」

1カ月間治療しても治らない傷

具体的にどのような健康被害が出ているのだろうか。ユルマズ医師は、被災者たちに呼吸器疾患や皮膚疾患などの症状が出ていると指摘する。

「短期的には肺に留まることから呼吸器系の症状が多くみられ、喉の炎症、咳、ぜんそくの発作、心臓発作などを起こすことがあります。皮膚に関しても深刻な症状が出ています。ハタイでは、かゆみが治らないなどの症状が出ていて、いまだにかゆみが治らない人たちも多くいます。また、治療しても治らない傷が発生しています。大人でも子供でも赤ちゃんでも1カ月もの間、傷を治療しても傷が治らなかったケースが出ているんです」

がれき置き場の危険性について話すユルマズ医師
がれき置き場の危険性について話すユルマズ医師

「中期的にはぜんそくの原因になります。具体的には慢性閉塞性肺疾患という、ぜんそくに似た症状の出る病気の原因となります。しかもこの病気は慢性化します」

がんのリスクも…「一世代が毒に犯された状態」

また、がれきの中に含まれるアスベストなど人体に有毒な物質が「がん」の原因となるリスクがあるとも指摘する。

「長期的には中皮腫以外にも耳鼻咽喉系、食道、気管、肺などのがんにかかることもあります。胃腸がんの原因にもなります。色々な種類のがんにかかることがあります」

がれき置き場の近くに被災者向けのコンテナハウス
がれき置き場の近くに被災者向けのコンテナハウス

「特に私が懸念しているのは、学校が近いことです。80歳の人ががんになるのと違います。20~30年経った後に発がんすると想定すると、ここには10才前後の子供たちがいます。この子たちは30年後に35~40歳くらいになり、若年世代でがんと闘わなくてはいけなくなってしまうのです。こう考えると一世代が毒に侵された状態です」

効率やコスト重視のがれき撤去作業

がれき置き場は街の中心から2キロほどの距離にある。近くにレストランがあるなど、人々の生活圏内にこつぜんと大量のがれきが置かれている状態だ。

ユルマズ医師は、行政は市民の健康を考えていないと批判する。

「一番コストがかからず、便利な場所が選ばれたんです。人々の健康は配慮されませんが、お金は配慮されているんです。離れた場所に使われていない石切り場があるのですが、そこに運ぼうとするとガソリン代がかかりますし、施設を作るのにもコストがかかります。経費削減のため、そして解体作業をとにかく迅速に進めるため、近い所に投棄したのです」

がれき置き場には今も搬入作業が続けられている
がれき置き場には今も搬入作業が続けられている

それでは、がれき置き場をすぐに移動させれば問題は解決するのだろうか。ユルマズ医師は、がれきを再び移動させる方が健康被害を引き起こしかねないとして、早急ながれきの運び出しには否定的だ。これ以上の健康被害を防ぐためには、がれき置き場の近くに、がれきの屋内処理施設を作るべきだと話す。

「がれきを運ぶなら、周辺に屋内のがれき処理及びリサイクル施設を作る必要があります。それがあれば処理に困ることはなかったでしょう。しかし、これらのがれきはそのうち、この場所から運び出さないといけなくなります。がれきを再び運び出すことになったら、再び周囲に粉塵をまき散らし、周囲に有毒物質が蔓延します。そして再び多くの人が健康被害にあいます」

海が近いため風が強く、粉塵は学校や街へと飛散する
海が近いため風が強く、粉塵は学校や街へと飛散する

「いくつかの点で、すでに手遅れの状態ともいえます。ここでもし分別できたら、ここに屋内のがれき処理及びリサイクル施設が作られれば、この場所でがれきを処理して、資材を建設資源として再利用することが可能になります。有害物質を除去したうえで、アスファルトの材料として再利用が可能となります。経済効果も期待できるし、健康被害をなくすことができます。まあ、そんなことができればですが……」

日本が支援し、リサイクル施設作る計画も

日本政府は2023年8月、UNDP(国連開発計画)に7億円を供与することを決め、春にはハタイなど2つの都市にリサイクル施設が完成する予定だ。有害物質を除去するとともに、がれきを再利用することで復興の加速化を目指している。

駐トルコ勝亦 孝彦大使とUNDPによる署名式(2023年8月)
駐トルコ勝亦 孝彦大使とUNDPによる署名式(2023年8月)

しかし、ユルマズ医師は2つの施設だけでは足りないと話す。

「その施設でいったい何カ所のがれき処理ができるのでしょうか?ハタイだけで十数カ所の大きながれき置き場があります。被災地に2つのリサイクル施設を作ったとして、残りの場所からその施設にがれきを運べるのでしょうか?」

「運ぶ時、きちんとカバーを付けるのでしょうか?粉塵対策用に水をまくのでしょうか?がれきを施設に運ぶ際に再び有害物質をまき散らす結果になりますが、それをどう防ぐのでしょうか?」

取り出されるのは“お金になる”金属だけ…

問題は他にもある。がれき置き場では、近くに住む住民の健康被害を拡大させるようなことが行われているのだ。

がれき置き場を数カ所訪問したところ、そこでは作業員がコンクリートの固まりを粉砕し、中にある金属を取り出す作業を行っていた。がれきからは粉塵が飛び散っていて、近くに住む被災者のさらなる健康被害を引き起こしかねない。

がれきから金属だけを取り出す作業を行っている
がれきから金属だけを取り出す作業を行っている

作業をしている人に聞くと、取り出しているのはお金になる金属だけで、有害物質は放置されたまま。リサイクルに向けた分別なども行っていないという。

こうした現状をユルマズ医師は憂慮する。

「当然、がれきを見ると悲しくなります。かつては人々が住んでいたんです。周囲を見ると色とりどりの服があります。これらは子供たちが着ていたんです。そこにある洗濯かごを見ると洗濯物を入れていたんだなとか、バイクを誰かが楽し気に乗り回していたんだろうなと。人々はがれきがあった場所で、どんな幸せな時間を過ごしたことでしょう。ところが今では、ただのがれきです」

「ここに見えている金属のために人々の健康を犠牲にしないで、ということです。この金属は、赤ちゃんたちの健康や子供たちの未来や、父母兄弟、友人知人、同郷人たちの健康より重要ではありません。第一に人々の健康を、自然環境を考慮すべきです」

(FNNイスタンブール支局 加藤崇)

加藤崇
加藤崇