異なる組織文化を持つ企業同士がお互いの社員を「交換留学」する。

化粧品メーカーの株式会社ポーラが「交換留学」した相手は、視覚や聴覚に障がいをもつ人たちで構成されている一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティだ。

そこで起こった「化学反応」とは?

「交換留学」が新たな価値を創造する

「今回の交換留学の目的は社員のダイバーシティへの理解の促進と、実際に多様な特徴を持った皆さんと触れ合うことでの視野の拡大、自分自身の挑戦意欲の醸成でした」

こう語るのは、ポーラの及川美紀社長だ。

ポーラは昨年7月から12月まで、ソーシャルエンターテイメントという新ジャンルを切り開いてきた一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ(以下ダイアローグ)と協働で「ダイアログ・ダイバーシティ交換留学」を実施した。

及川社長「交換留学の目的はダイバーシティへの理解促進」
及川社長「交換留学の目的はダイバーシティへの理解促進」
この記事の画像(6枚)

これまでもポーラはジェンダーや年齢、地域格差など様々な“壁”の解消に取り組んできた。

今回の交換留学の相手となったダイアローグは、スタッフの約半数が視覚や聴覚に障がいのある人たちだ。企業文化が全く異なるダイアローグとの交換留学を通して、ポーラはお互いの組織の特性を生かした、新たな視点による価値創造の実現を目指した。

障がい者が活躍するビジネスモデルに衝撃

ポーラからダイアローグに留学した社員の1人、根本碧さんは「環境を変えたい」との思いからこのプロジェクトへの参加に手を挙げた。

「入社以来営業部だったので環境を変えたいという思いがまずありました。そしてこれまで障がい者と向き合ったことが無く、体験することは自分自身にも会社の未来にも大事なことではないかと思って応募してみました」

交換留学生の3人(右から岸夏海さん、はちさん、根本碧さん)
交換留学生の3人(右から岸夏海さん、はちさん、根本碧さん)

もう1人の岸夏海さんは学生時代に福祉を学び、ポーラでは人材育成などを担当している。

「社内でダイバーシティを推進する中で、女性活躍やジェンダーへの取り組みに比べて障がい者への働きかけが不足しているように感じていました。ダイアローグの存在を知った時、障がいの有無にかかわらず人が生き生きと活躍するビジネスモデルが実現されていることにすごく衝撃を受けました」

“立場の逆転”がダイバーシティのヒントに

ダイアローグで半年間働いた2人が感じたのは“立場の逆転”だった。

根本さんは「ダイアローグに来るまで『障がいがあるってつらいだろう』という同情心があったのですが、ここでは目が見えない、聞こえない方々が長所として使っていることにとても驚きました」という。

岸さんは「障がい者だからこそ生みだせる独自の価値をビジネスに置き換えている。これは今後ポーラがダイバーシティを進めていく上でヒントになると思いました」と語る。

岸さん「ダイバーシティを進めるヒントになると思った」
岸さん「ダイバーシティを進めるヒントになると思った」

一方ダイアローグからポーラに留学した“はち”さんこと渋谷美紀さんは「化粧品が好きで自分でもメイクをする方なので化粧品会社で働けることはとても嬉しかった」と語る。

そして人事部に所属したはちさんは、当初オフィスの静かさに驚いたという。

「ダイアローグは見えない人が多いので、言葉で伝えることがすごく多い。とにかく皆ずっと喋っているので賑やかなんです。一方ポーラでは、目でやり取りできる方が多いので、やっぱり静かだな、落ち着いているなと感じましたね」

視覚障がい者にメイクの楽しさを届ける

はちさんは社内ワークショップや視覚障がい者を対象にしたメイクの動画制作に取り組んだ。

「ワークショップでは私が普段どんな生活をしているかということを皆さんに知ってもらうために、クイズを作って答えて頂くことをやりました。また視覚障がい者が手だけを使ってメイクをする方法を広めようと、ポーラさんの全国のスタッフに向けた動画制作にも関わりました」

視覚障がい者を対象にしたメイクレッスンを開催
視覚障がい者を対象にしたメイクレッスンを開催

今回ポーラは視覚障がい者を対象に、第2弾となる「鏡を使わないメークレッスン」を実施した。これも「交換留学」から得た気づきが背景にあった。根本さんはいう。

「視覚に障がいのある方が、見えないのにどうやってメイクをしているのか疑問があったのですが、だんだん仲良くなると聞けるようになってきて。そして視覚障がい者の立場にたった日常的なメイクを考えていこうとなったのです」

障がいの有無を超えた多様な価値観が混ざり合う

はちさんは「今まで目が見えなくてメイクを諦めていた人にも、メイクを届けるきっかけができてうれしく思います」という。

「化粧品の官能テストも行いました。私としては感じたことをそのまま言っているのですが、ポーラさん側が『その視点はなかったです』と感動されたりして、何かお役に立てているのかなと感じました。自分の感覚を使っていろんなことを伝えることによって、化粧品の世界が良くなる可能性があるんだなと感じました」

はちさん「自分の感覚で化粧品の世界が良くなる可能性があると感じた」
はちさん「自分の感覚で化粧品の世界が良くなる可能性があると感じた」

今回の交換留学は昨年末で終了した。

及川社長は「はちさんの留学によって、社内ではコミュニケーションの活性はもとより様々な気づきをいただいた」という。

「2名の留学生の帰任によってさらにその経験を社員へ伝播する企画を生み出してもらい、“挑戦意欲”や“新たな可能性を生み出すコミュニケーション活性”に活かしていくことを期待しています」

異なる組織文化が交わることで新たな価値観が生まれる。

ポーラとダイアローグの交換留学では、障がいの有無を超えた多様な価値観が混ざりあった。これは“ダイバーシティ&インクルージョン”の新たな可能性を創出するだろう。

【執筆:フジテレビ解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。