ついにと言うべきか、AIキャスターによるニュースサービスが米国で2024年早々にスタートすることになった。米国ロサンゼルスを拠点とするスタートアップ企業「チャンネル・ワン」は、AIが生成したキャスターやレポーターが仕切る動画ニュースチャンネルを2024年2月にスタートさせると発表したのだ。

AIの“語学力”がもたらす効果も?

その発表も動画で行われた。まず妙齢の女性キャスターが登場して「ハロー、チャンネル・ワンにようこそ。ニュースを取り込んだり、発信したり、考えたりする上でAIを活用して全く新しい道を私たちは開きました」と宣言してデモ・ビデオは始まるが、実はこれもAI生成のキャスターなのだ。

AIで生成されたキャスターやリポーターたちの表情や身振りはいずれも人間味豊かなので、おそらくは生身の人物のデーターをベースにAIで生成されたものと考えられる。デジタル加工された発声も口の動きもごく自然な印象だが、驚かされるのがその語学力だ。

AIリポーターの一人は「私は何語でも話せますよ」と言い、ギリシャ語で喋ったり「もしあなたがマニラでこれを見ているのなら」と言いながらタガログ語で喋ったり「でもまさか私がタミル語を喋るなんて思わなかったでしょう」とインド南部の言葉を操って見せる。

AIが生みの親であれば驚くこともないのだろうが、これがニュースの中でこれまでにない効果を上げることもある。

デモ動画の中には欧州の暴風雨のニュースがあり、フランスの被害者がその猛威を語る場面がある。元はフランスのニュース専門チャンネルの素材で、被害者は当然のことながらフランス語で喋っているのだが、チャンネル・ワンはこの映像をAI加工して被害者に英語でじゃべらせた。

「夜中の2時頃でした。大きな音がして天井が持ち上げられてゆきました。30分後には屋根ごと吹き飛ばされていたんですよ」。被害者は身振り手振りも仏語版と同じに、声の調子も元のままながら流暢な英語で語り、まるで英国人にインタビューをしたような印象を与えた。

「チャンネル・ワン」のホームページ
「チャンネル・ワン」のホームページ
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チャンネル・ワンではこの技術を番組全体に活用し、視聴者が言語を設定して好きな言葉でニュースを視聴することも計画しているという。

また、AIが視聴経歴を分析して視聴者の好みに合わせたニュースを選んで伝える計画もあるようだが、この他にも関連情報を提供することなどAIを活用してニュースを立体的に伝えることも可能だろう。

“編集には人間が関わり、透明性を担保”

ただ、このデモ・ビデオを見ていて一つ気になったことがあった。

それは、AIキャスターやリポーターの手の形だ。いずれも指が異常に長く、それも片手に指が5本以上あるようにも見える場面があったからだ。

かねて、AIの画像生成ツールは手の表現が「弱点」だとされていた。画像の上で人の手は顔などに比べて小さく、またその動きは非常に複雑なのでAIのデータのセットが少ないからで、画像や映像がフェイクかどうかを確かめるためには「指を見れば良い」とも言われる。

その意味でチャンネル・ワンのキャスターたちがAIで生成されたことが手に現れていたとも言える。

このニュースサービスには、いわゆる「ディープ・フェイク」の技術が使われるわけで、ニュースそのものが「フェイク(偽もの)」にならないか心配だが、チャンネル・ワンの創始者のアダム・モサム氏は英紙「デイリー・メール」にこう語っている。

「扱うのは既存のニュース提供会社の素材とフリーランスの記者が取材したもの、それに世論調査や役所の発表などをAIがニュース化したもので、その編集の過程には生身の人間が介在して 透明性を担保します」

その一方で「デイリー・メール」紙は、現役のジャーナリストで「BCトゥデイ」のアレック・レーゼンビー記者がXへ投稿した次のような反対論も紹介している。

「すべてAIによる放送の開発は驚きを超えて、すでに疲弊しているニュース業界に大きな影響を及ぼし、質の高い記者やキャスターの喪失を加速させる可能性がある」

AI俳優の使い方をめぐってストライキが長引いたロサンゼルスで、今度はAIのニュースキャスターの是非をめぐる議論が高まりそうだ。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。