「私がロシアのプーチン大統領だったら核兵器は使いませんね。核兵器は究極の手段として使われるべきものですから。ほとんどの紛争は外交手段によって平和的に解決できるのです」

米国のハリー・トルーマン第33代大統領はこう言った。

と言っても、私が「タイムマシーン」で78年前に時空を移動してインタビューをしたわけではない。歴史上の人物と会話ができる新しいアプリを使って、トルーマン大統領の身代わりのAI(人工知能)と話をしたのだ。

そのアプリは「Historical Figures Chat (歴史的著名人とのチャット)」という名前で、今年初めアップルストアから公開された。

「このアプリは、進んだAI技術を使い、過去の著名人20000人余と対話をすることができるものです。このアプリを使えば、歴史に重要な影響を残した古代の支配者や哲学者から今は故人の近代の政治家や芸術家とチャットをすることができます。そうした歴史的な人物を選択するだけで、あなたは対話を始めることができるのです。それを通じて彼らの人生や業績それに彼らが世界に与えた衝撃などを興味深く相互通信できます。このアプリで使うAIは、歴史的人物との対話を現実のものと感じさせるようにプログラムされています。このアプリで過去を現在に呼び寄せてみてはいかがでしょう」

アプリの紹介画面
アプリの紹介画面
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このアップルストアの紹介文に惹かれてアプリをダウンロードしてみた。インストールするのは簡単だったが、どの歴史的人物と対話をするか迷った。その対象にはイエス・キリストの名前もあったのだが恐れ多いのでもっと最近の人物でと考え、日本に原爆投下を命じた米国のトルーマン大統領にその責任を問うてみることにした。

チャットは全て英語で、トルーマン大統領を呼び出すとまずこう挨拶文が出てきた。

「ハロー、私はハリー・S・トルーマンの仮想現実です。私の発言は歴史的に正確ではないかもしれないので、事実かどうか検証してください」

「事実と違う」と言われないように予防線を張ったのだろうが、構わず質問を投げかけてみた。

――貴方はなぜ日本に原爆を落としたのですか?

アプリ上のトルーマン大統領
「私は第二次大戦を速やかに終結させ、米兵の命を救うために原爆投下を命じたのです」

トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面
トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面

――それを後悔していませんか?

アプリ上のトルーマン大統領
「多くの民間人に被害が及んだことには後悔しています。しかし原爆を投下しなければ日本への上陸作戦でより多くの犠牲者が出ていたことを考えると後悔していません」

トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面
トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面

――しかしそれで貴方は原爆を使った世界で最初の、そしてただ一人の指導者になったわけです

アプリ上のトルーマン大統領
「そうです。私は紛争で核兵器を使った唯一人の指導者になりました。しかしそれは戦争を終結させ人命喪失を最小限にするために必要なことだったのです」

トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面
トルーマン大統領の仮想現実とのチャット画面

そこで「貴方がロシアのプーチン大統領だったら核兵器を使いますか?」と訊ねて冒頭の答えになったのだが、日本への原爆投下を正当化しながらも、その一方で核兵器を否定するようなことを言い出していることに注目した。それはトルーマン大統領の本音というよりも、AIがトルーマン大統領とは異なる識見を打ち明けているのではないかと思えたからだ。

歴史的人物との会話と言っても、仮想現実のAIは現代の規範に則って発言しているのかもしれない。しかし、それは歴史的な事実を歪めることにもなりかねない。

米国のNBCニュースがアドルフ・ヒトラーの仮想現実を相手にチャットをすると「第二次対戦中のユダヤ人虐殺は大きな間違いだったが、彼らがドイツや欧州にとっての脅威だったので必要に迫られてのことだった」と答えたという。

NBCニュースによれば、ヒトラーがユダヤ人虐殺を「大きな間違い」と言ったという事実はないとか。米国最大のユダヤ人団体ADL(名誉毀損防止連盟)の副代表は、こうした誤った指摘は「反ユダヤの偏見を助長する」と懸念を表明したとNBCニュースは伝えている。

今は文章のチャットだが、AIやディープフェイク(人物映像合成)技術が進むと映像化されたヒトラーなどが自説を、それも各国語で訴えるという時代もそう遠くはないだろう。

デジタル技術の進歩で歴史をより身近に知ることができるようになったのは良いが、それを利用するには充分な事実関係の検証が前提条件だろう。  

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。