地球上にはたくさんの生き物がいるが、その詳しい生態やメカニズムが分かっていないことも多い。

そのような中で、九州大学大学院芸術工学研究院の斉藤一哉講師が、オックスフォード大学自然史博物館の研究者らと共に、ハサミムシの翅(はね)の仕組みを解明し発表した。
 

スジハサミムシの翅 提供:斉藤一哉講師(九州大学)
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研究では、X線による解析や日本の折り紙における幾何学を応用し、ハサミムシの複雑な折り畳みパターンが、実は極めてシンプルな幾何学的なルールで作図できることが分かったという。

初歩的な幾何学の知識で作図も可能だそうで、定規とコンパスでハサミムシ扇子を作図する動画を九州大学のYouTube(提供:斉藤一哉講師(九州大学))で公開している。
 

なお研究成果は、宇宙開発から日用品まで幅広く応用することが可能だというが、どういうことなのか?
公園などで見かけるハサミムシにそもそも翅はあったかなという人もいると思うが、解明された研究内容と合わせて、九州大学・大学院芸術工学研究院の斉藤一哉講師に教えてもらった。

最もコンパクトに翅を折り畳んでいる昆虫

ーーなぜハサミムシを研究したの?

最もコンパクトに翅を折り畳んでいる昆虫だからです。

ハサミムシに限らず、カブトムシやテントウムシなど翅を折り畳む昆虫はすべて研究対象ですが、15分の1以下というコンパクトさに加え、長さ方向にも収納できる点も工学に応用する上で魅力的な特徴です。

「そもそもハサミムシに翅があったっけ?」と疑問に思う方も多いと思いますが、公園の石の下などでよく見かけるヒゲジロハサミムシやハマベハサミムシなど、翅を持たない(退化してしまっている)ハサミムシも多くいます。

森の中に住んでいるコブハサミムシやキバネハサミムシなどが翅を持っているハサミムシです。

ハサミムシがハサミ(尾角)を使って身を守るためには、胴体を柔軟に曲げる必要がありますが、カブトムシやテントウムシのように固い鞘翅(しょうし)が胴体を全部覆ってしまう構造では不可能な動きです。

ハサミムシは翅が背中の一部分にコンパクトに収納されているため、胴体を自由に動かし、ハサミを使うことができます。この柔軟な体は、狭いところに潜り込んだり、土に穴を掘ったりするときにも役に立ちます。

キバネハサミムシ  提供:斉藤一哉講師(九州大学)

ーー解明されたハサミムシの翅の仕組みとは?

我々の使っている扇子はコンパクトに閉じることはできますが、フレームの長さより短くは収納することができません。

ハサミムシの翅も、扇子の様な放射状の折線になっていますが、フレームの中心に特殊なちょうつがい構造があり、扇子を閉じた後、真ん中からもう一度折ることで非常にコンパクトに折り畳むことができます。

我々が使う扇子の要は「点」で、すべてのフレームが1点で交わりますが、ハサミムシの扇子の要は「円」になっていて、円周に沿ってフレームの根元が分散して配置されています。

この「円」を使って折り線を設計することで、要を中心にフレームが放射状に広がる扇子の動きと、長さを半分に折り畳む動きの両方を同時に実現する折り線を設計できることがわかりました。

・作図のルールがわかったことで、扇子を1周させた傘のようなパターン(上、中)から,ドローン用の展開翼(下)など目的に合わせ様々な形状、サイズでハサミムシの翅をカスタマイズすることが可能になったという。(提供:斉藤一哉講師(九州大学))

ーー解明にかかった期間は?

私が昆虫の翅の折り畳みの研究を始めたのは2013年ですが、ハサミムシは当初から大事なターゲットの1つでした。

ハイスピードカメラで翅を開く瞬間を撮影しようと長年トライしてきましたが、滅多に飛んでくれないので非常に苦労しました。

また、ハサミムシの翅の折り畳みは先行研究も多く、論文にできるような新しい発見や研究成果がなかなか出せませんでした。

衛星の太陽電池パネルなどの折り畳みに応用可能

ーーどういったことに応用できる?

身近な例では、傘や扇子のデザインに使うことができると考えています。

これまで人間が考えた折り畳み方法の中でも、現在の傘や扇子のデザインは非常に優れており、発明されてからほとんど基本的な構造は変わっていませんが、今回発見した折り畳みの原理を使えばさらに半分の大きさに折り畳むことが可能になります。

イメージ画像

また、ソーラーセイルや太陽光発電衛星に代表されるように、宇宙構造はますます大型化しており、打ち上げ時にコンパクトに折り畳む技術は非常に重要です。

ハサミムシの折り畳みは、広げた状態の15分の1以下と非常コンパクトに折り畳むことができるため、太陽電池パネルやアンテナ鏡面などの折り畳みへの利用が期待されます。

人工衛星 イメージ画像

近年では、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の対策のため、ミッション終了後に大面積の膜を展開し、減速させて早く地上に落とす技術が研究されており、この“デオービット機構”にも利用できるのではないかと考えています。

「一瞬で展開・収納ができるうえ、広げたときは非常に強い」という昆虫の翅の特徴を活かして、魅力的な製品をデザインしたいと考えています。

昆虫の進化に折り紙の幾何学が応用されたことに驚きの声

ーー今回の解明の特徴を教えて

・難解だと思われてた折線パターンが、実は簡単な規則で設計できることが分かった点。
・その規則が3億年近くもの長い間(翅の形や折り畳み方が変わっても)、進化の中で守られ続けていることがわかった点。


生物の身体のなかで2.8億年も使われ続けている優れた折り畳みを、今後色々な分野・製品に応用できるようになります。

折り紙の幾何学で化石昆虫や絶滅した種の翅の折り畳みを予想した点も、これまでにない手法でユニークな成果だと思っています。

提供:斉藤一哉講師(九州大学)

ーー反響はどう?

展開図を手書きで作図する動画を公開したのですが、パソコンを使わずに定規とコンパスだけで再現したことに驚かれた方が多かったです。

ちょうど幾何学を勉強している中学生や高校生に、今やっていることがモノづくりや自然を観察する上でどんな役に立つのかを教えることができたら嬉しいな、と思いました。

また、昆虫の進化という折り紙とは結び付きそうにないところにまで、折り紙の幾何学が応用されたことに対する驚きも多かったようです。日本伝統文化である折り紙の幾何学や「折り」の奥深さを伝えることができたら嬉しく思います。

提供:斉藤一哉講師(九州大学)

ーー解明したことに対する思いは?

折り紙から昆虫の進化まで、1つの学際的な論文にまとめることができた点に満足しています。共著者のRicardoを初め、昆虫学者や古生物学者のすばらしい研究成果をエンジニアリングと繋げることができた点もやりがいがある仕事でした。

「自然は折り紙を知っているんだなと感動」

解明は斉藤講師が、九州大学の海外派遣事業でオックスフォード大学に留学中にしたという。

それには世界的な折り紙研究者のZhong You先生、化石昆虫が専門の古生物学者のRicardo Pérez-de la Fuente博士など外国の専門家も加わり、日本人ではハサミムシの生きたサンプル確保などで昆虫学者の有本晃一さんや、CT映像撮影にて北海道大学の青沼仁志准教授などが参加したとのことだ。

提供:斉藤一哉講師(九州大学)

ーー解明した今、その構造を持つハサミムシを改めてどう思う?

「折り畳む」という課題に対する一つの進化の到達点なのではないかと思います。広げた翅の美しさにも感動しました。

提案した幾何学モデルと実際のハサミムシの翅の折線がぴたりと一致したときは、自分でも驚き、自然は折り紙を知っているんだな、と感動しました。

提供:斉藤一哉講師(九州大学)

身近な虫の仕組みを解明したことで、今後は宇宙ゴミ対策などの最新技術への開発に生かされていくという。

さらに、傘や扇子などの身近なものへの応用もあるとのことで、“ハサミムシの翅”の解明からどのような製品ができるのか、今から楽しみだ。

・斉藤一哉講師らが発表した論文はこちら

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