2023年春、児童養護施設で暮らしている6名の若者がアメリカに短期留学した。
この短期留学プロジェクトは、経済的に大きなハンディキャップを抱える若者たちにどのような影響を与えたのだろうか?取材した。

「夢を諦めたくない」と思えた留学

「今まで児童養護施設で生活していて、どうせ大学に行くお金なんてないから就職するんだろうなと。しかし夢を諦めたくないと思うことができました」

「今後私たちでも力になれるようなことがあれば、ぜひ声をかけてほしい。恩返しではなく、恩送りをしたい」

「Study in America」は児童養護施設の若者が対象だ
「Study in America」は児童養護施設の若者が対象だ
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アメリカでの短期留学を終えた若者たちは、8日間の体験を振り返りながら、こう夢を語った。

参加したのは、児童養護施設で暮らしている若者を対象に、2023年に始まった留学プログラム「Study in America」だ。
このプロジェクトを後押ししたNGO(非政府組織)の「ピースウインズ・ジャパン」は、紛争や災害、貧困などの脅威にさらされている人々に対して支援活動を行っている。

多くの社会起業家が海外留学を経験

児童養護施設に入所している子ども・若者は全国で約2万4000人。
大学等進学率(※)は、すべての高校卒業生が73%なのに比べて、児童養護施設の入所者は37.3%にとどまっている(2020年度厚生労働省調べ)。
そのうち、大学への進学率は2割に満たず、一方で、就職率はすべての高校卒業生が2割未満なのに6割近い。退所後、親に生活費や学費を頼ることができないため、大学進学を諦め就職を選ぶケースが多いという。

(※)大学・短期大学・専修学校・各種学校

プロジェクトのディレクターを務める白井智子さん
プロジェクトのディレクターを務める白井智子さん

プロジェクトのディレクターを務める新公益連盟代表理事の白井智子さんは、このプロジェクトを始めたきっかけをこう語る。

「日本の社会起業家を調べると、その多くが海外留学・滞在の経験者でした。つまり異質なものを見たことで得た気づきが、社会課題解決のカギになっているのは間違いないと。だから若者たちに海外留学のチャンスを!と思いついたのです」

なぜ児童養護施設の若者なのか?

ではなぜ、児童養護施設の若者なのか?今回の留学に参加した生徒6名のうち、東京からは3名、地域から3名で、それぞれ異なる施設からの参加だった。

白井さんはこう続ける。
「“かわいそうな若者を支援する”という気持ちはまったくありませんでした。むしろ、この若者たちにこれからこの国が助けてもらわないといけないと。この国は今、イノベーションやチェンジを必要としています。私たちは、これまでチャンスがなかった若者たちの中に、必ずチェンジメーカーがいると思っています」

生活体験としてショッピングも行った
生活体験としてショッピングも行った

8日間の留学日程はこうだ。アメリカ・オーランドでは現地の公立高校と大学を見学し、アメリカの生活体験としてショッピングモールを訪問。また、NPO(民間非営利団体)法人でフードロスを引き取り人々へ届ける活動を行っている「セコンドハーベストフードバンク(Second Harvest Food Bank)」で、食品の仕分けなどボランティア活動を行った。
さらにアメリカの土地の記憶を学ぶ日やNASA訪問もあった。

「今後の人生の行動範囲の拡大」

短期留学の効果については、これまでもさまざまな研究がなされている。今回の経験が参加者へどのような影響を与えたのか調査した社会調査支援機構チキラボによると、先行研究では言語学習への動機づけ(ここでは英語をより学びたい等)や異文化理解が深まることなどがある。
また、異文化を理解する過程では、適応力や自信、忍耐力や柔軟性なども刺激されることになる。

「やったことでたくさんの人が助かる」ボランティア活動を楽しむ
「やったことでたくさんの人が助かる」ボランティア活動を楽しむ

そこでこのプロジェクトでは効果測定として、参加者が「意識的なジャーナリング(※)」を行い、日々の体験と解釈(その体験が自分に何をもたらすのか)を投稿するようにした。
ある参加者は、アメリカ行きの飛行機に乗ったことを「今後の人生においての行動範囲の拡大」と表現し、「自分の世界が広がって、新しい価値観を手に入れることができた」と投稿した。
またある参加者は、ボランティア活動について、「自分たちのしたことでたくさんの人々が助かる光景を想像しながらやると楽しかった」と書き込んだ。

(※)頭に浮かんだことを紙に書き出してメンタルヘルスを高める方法

「見える世界が変わった」

また今回、現地では「問いを立ててみる」ことが、参加者の日課になった。
同行した白井さんはこう語る。

「今までの自分が当たり前だと思っていたことや、これ以上仕方ないと思ったことに対して、まず疑ってみようと。朝は必ず、皆に『きょう、何をしたいか』を言ってもらい、夕方は振り返りをしてもらいました。すると、どんどん気づきが大きくなっていったのです」

参加者は「見える世界が変わった」と語った
参加者は「見える世界が変わった」と語った

帰国後参加者にインタビューをすると、「見える世界が変わった」と口々に語る。

ある参加者は「留学前、得られる知識はすべて得ようと勉強していたが、実際に行って肌で感じた時の衝撃ははるかに上回った」といい、ある参加者は、後輩に「日本では経験できないことがたくさんあり、学べることができる」と参加を強く勧めた。また、「今まで児童養護施設で生活していて保育士の夢を諦めかけていたが、夢を諦めたくないと思うことができた」という参加者もいた。

あらゆるところに才能が眠っている

白井さんは「留学前はほぼ全員が、将来食べていけるように取りやすい資格を取って就職するしか道がないと考えていたと思います。それがそんな狭い世界ではないんだと気づき、帰国後に長期留学を目指して奨学金を調べたり、早速、また海外に行くチャンスを自力でつかんだ参加者もいました。今回、あらゆるところに才能が眠っていることを実感して、この活動をさらに広げていかなければと思いました」

帰国後長期留学を目指す参加者も
帰国後長期留学を目指す参加者も

チキラボの調査報告は、今回のプロジェクトをこう評価している。

「今回の経験は、参加者にとって、周囲の人々に話したくなるほど得難い体験であり、人生に意味をもたらすものであったとは言えるでしょう。そして、短期間の体験を通じて、社会貢献や文化探求へのモチベーションを大きく高めるものであったことは示唆されていると言えそうです」

このプロジェクトは支援や寄付で成り立っている。次回は2024年夏ごろの予定だ。日本の未来を変えるチェンジメーカーが、このプロジェクトから生まれる日も近いだろう。

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。