静岡県はリニア新幹線の工事を認めていない。理由のひとつはJR東海の工事発生土置き場だ。周辺で大規模な土砂崩壊が起きた場合、被害を拡大させる恐れがあると心配する。これに対し、工事現場となる静岡市の市長は「災害の危険度を高めるとは言えない」と県とは真逆の見解を示す。そして「県は環境影響評価の方法を混同している」と“誤り”を指摘した。

土砂置き場による被害拡大が心配

JR東海が工事発生土置き場に予定するツバクロ(静岡市)
JR東海が工事発生土置き場に予定するツバクロ(静岡市)
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リニア新幹線は南アルプスの直下を通る。トンネル工事で出る東京ドーム3個分(約360万立方メートル)の土砂を、JR東海は静岡市葵区にある大井川上流のツバクロに盛土する予定だ。

ただ南アルプスは「深層崩壊(斜面の崩壊が表層よりも深部で発生する山崩れ)の発生頻度が特に高い地域」と、国が分類している。

市長会見資料(提供:明星大・長谷川裕彦教授)
市長会見資料(提供:明星大・長谷川裕彦教授)

ツバクロの上流にある千枚岳が大規模に崩れ、土砂が上千枚沢を流れ下って大井川に堆積し天然ダムができる。水が溜まってダム湖になるが、ダムが崩壊すると大量の水が一気に流れ出て、下流に災害を引き起こす可能性が考えられる。県はダムの下流にあるツバクロの土砂置き場が、被害を拡大させるおそれがあると心配している。

天然ダムのイメージ(市長会見資料)
天然ダムのイメージ(市長会見資料)

JR東海は、上千枚沢から85万立方メートルの土砂(170年に一度の発生可能性)が崩落して天然ダムができ、ダムが100年に1度の洪水で決壊した場合をシミュレーションした。その結果、「土砂置き場があってもなくても、下流の椹島(登山拠点)に影響の違いは見られない」とした。

ツバクロを視察する川勝知事(2020年6月)
ツバクロを視察する川勝知事(2020年6月)

ただ、県リニア環境保全連絡会議専門部会の委員は、さらに大規模な土砂崩壊のシミュレーションを求め、県も「土砂を置く場所は他の候補地も含め1カ所に大量に置くのがいいのか、もう一度検討してもらいたい」とJR東海に注文をつけた。

「県は環境影響評価の方法を混同」

これに対し、県内で唯一 リニア新幹線の工事現場となる静岡市の難波喬司市長は「土砂置き場が災害危険度を高めるとは言えない」と、県とは真逆の見解を示した。

静岡市・難波市長の会見(2023年12月)
静岡市・難波市長の会見(2023年12月)

難波市長は国土交通省の元技術官僚で、土木工学のスペシャリストだ。川勝知事のもとで2期8年 副知事を務め、リニア問題を担当した。2023年4月に静岡市長に転身している。

難波市長は以前から同様の見解を示していたが、「わかりやすく整理して伝えたい」と2023年12月、改めて記者会見を開いた。

市長会見の資料
市長会見の資料

難波市長によると、「県は土砂置き場が周辺の環境に与える影響の評価の方法を混同している」という。盛土が災害危険度に影響するか評価をする場合には、盛土が災害危険度増大へ「直接影響する」場合と、「間接的に影響する」場合を区別して考える必要があるという。ツバクロ盛土の場合は「間接的に影響する」場合だが、県はこれを「直接影響する場合と混同している」と指摘する。

河川敷の盛土(紫)は災害危険度を直接 増大させる
河川敷の盛土(紫)は災害危険度を直接 増大させる

難波市長は、直接 影響する場合の例として、河川敷をかさ上げするための盛土を挙げた。河川敷に盛土をすると、増水時に水が流れにくくなるため上流部の水位は上がり、災害危険度は上がる。これは盛土をした人の責任だ。
難波市長は、「県はこれと同じ考え方でツバクロ盛土の環境影響評価をやろうとしている」という。

天然ダムの形態で違う災害危険度

では、「間接的に影響する場合」にあたるというツバクロ盛土の災害危険度への影響は、どう評価するのが適切なのだろうか。

ダムは堤体長(底面の長さ)と高さが崩壊しやすさに影響する
ダムは堤体長(底面の長さ)と高さが崩壊しやすさに影響する

難波市長の考えを理解するためには、まずツバクロ盛土の周辺にできる天然ダムの災害危険度(決壊しやすさ)を理解する必要がある。

堤体長の短いダム(左)と堤体長の長いダムの比較
堤体長の短いダム(左)と堤体長の長いダムの比較

天然ダムは形態により災害の危険度が変わってくるという。
ダムの堤体長(底面の長さ)と高さが影響する。堤体長が短く高いダムの方が、堤体長が長く低いダムよりも災害危険度が増す。堤体長が短く高いダムの方が越流や水圧で壊れやすいうえ、ダムに溜まる水の量が多いので、決壊で大量の水が一気に流れ出るからだ。

「盛土が危険度を高めるとは言えない」

こうした前提をもとに、静岡市のシミュレーションを見てみよう。

提供:明星大・長谷川裕彦教授
提供:明星大・長谷川裕彦教授

静岡市は大規模な深層崩壊で最大9,000万立方メートルの土砂の堆積を想定した。JR東海の想定の85万立方メートルをはるかに上回り、県リニア専門部会の委員の指摘を意識したかのような想定だ。

堤体長が短く高いダムは危険度が高い
堤体長が短く高いダムは危険度が高い

難波市長はホワイトボードに千枚岳を描き、マグネットを使って説明した。紫色の丸いマグネットは土砂で、天然ダムを示す。ダムから離れたところにツバクロ盛土がある。細長いマグネットで表すのはダム湖の水位だ。

静岡市が想定した最も危険なケースは、堤体長が短く高い天然ダムができるケースだ。この時 ツバクロ盛土はダムと離れているため、盛土の存在が危険度に影響を及ぼすことはない。

ダムの堤体長が長く、高さが低くなると危険度は下がる
ダムの堤体長が長く、高さが低くなると危険度は下がる

土砂が下流に流れ出すと天然ダムの堤体長は長くなり高さは低くなるので、ダムの水位は下がる。ダムも壊れにくくなるので危険度は下がる。ツバクロ盛土までダムの堤体長が伸びると、危険度は最大値に比べ低くなる。

盛土でダムの端(左)が盛り上がる
盛土でダムの端(左)が盛り上がる

ダムの下端がツバクロ盛土に接すると、初めて盛土が災害危険度に影響を及ぼす。ツバクロ盛土が、ダムが下流に伸びるのを抑制しダムの高さを高くする。盛土がない時より危険度が増す可能性がある。

大量の土砂が盛土を飲み込む(市長会見資料)
大量の土砂が盛土を飲み込む(市長会見資料)

ただ、千枚岳からの土砂の崩落量がさらに大きくなると(最大9,000万立方メートル)、ダム全体の高さが高くなりツバクロ盛土は天然ダムの中の小さな一部になって、天然ダムの形状にほとんど影響を及ぼさなくなる。

こうしたことから難波市長は「ツバクロ盛土があるからといって、大規模深層崩壊が発生した場合の下流の災害危険度の最大値を高めるとは言えない」と結論付ける。

「すべてJR東海の責任は変」

次に、難波市長は県がJR東海に求めているツバクロ盛土の災害危険度への影響評価について説明した。

深層崩壊あり・盛土なしで、最も危険な状態のダムができるケースが青色。
深層崩壊あり・盛土ありで、盛土でダムがせき止められるケースが赤色。
深層崩壊も盛土もなく、大井川の水が従来どおり流れるケースが黄色。
それぞれの線状マグネットは、ダムや川の水位を示すとともに災害危険度も示している。

難波市長は「県がJR東海に求めていることは、黄色(深層崩壊なし・盛土なし)と赤色(深層崩壊あり・盛土あり)を比べて『災害危険度が上がるでしょ』と言っている」と指摘する。

そして難波市長は「大規模深層崩壊が起きた時の下流への影響をちゃんと評価しろというのなら、青色(深層崩壊あり・盛土なし)を評価しないといけない。誰が評価するかと言ったら、河川を管理している人(県)だ。河川を管理している人が、『盛土なしの最大危険度(青色)よりもあなたがた(JR東海)がやる行為が最大危険度を上げるかどうか評価しなさい』というのが正当なやり方だ。『深層崩壊あり・盛土なし(青色)』への対処を考えずに、『深層崩壊あり・盛土あり(赤色)』だけ問題にするのはおかしい」と疑問を投げかけた。

比較するなら、深層崩壊あり・盛土なし(青色)と、深層崩壊あり・盛土あり(赤色)を比較すべきで、それなら盛土ありの場合の危険度(赤色)が、盛土なしの場合の危険度の最大値(青色)を上回ることはないというわけだ。

さらに「県が深層崩壊あり・盛土なし(青色)の評価をしっかりやらないなら、自分がやってなくて人にやれと言っているのと同じ状況」「すべてJR東海の責任のようにいうのは変だ」とも言った。

南アルプス
南アルプス

「深層崩壊あり・盛土なし」への評価というのは、河川を管理する者が大規模な土砂崩壊により起こりうる最大の災害を予測して、あらかじめその対策を立てておくことだろう。天然ダムが予測される場合には、他県での対処事例がある国に協力を求め、決壊を防ぐ排水設備設置などの対策が考えられる。

ツバクロ盛土のイメージ(JR東海)
ツバクロ盛土のイメージ(JR東海)

「ツバクロ土砂置き場の環境影響評価に関する静岡市の考え方」の中で、静岡市は、「大規模な天然ダムが発生した際の対策の実施はJR東海に課されるものでなく、国・河川を管理している県・市など行政機関が主体となって対応すべきもの」「JR東海は、ある条件の時はツバクロ盛土が災害危険度を増大させることを認識し、行政機関が行う災害防止対策に協力してほしい」と指摘する。

リニア新幹線山梨実験線
リニア新幹線山梨実験線

静岡市は市のリニア建設事業影響評価協議会で正式決定したうえで、この見解を県に伝える予定だ。難波市長は「ツバクロ盛土の何が問題なのか整理したので、一回考えていただいて、県の見解を出されたらいいのでは」と話す。

難波市長の“整理”は、県のリニア問題への対応を変えるきっかけになるのだろうか。

(テレビ静岡)

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