日常生活の中で不安になったり、落ち込んだり、悩んだりすることがあるだろう。
しかし、同じような状況にありながら、いきいきと明るく働いている人もいる。
その違いは「首尾一貫感覚」があるかどうかだ。
首尾一貫感覚とは「大変な仕事、しんどい人間関係、ストレスフルな出来事があっても、明るく健康に生きる力」のこと。
ストレスフルな状況でも健やかな心を保つためにはどうすればいいのか。著書『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部抜粋・再編集して紹介する。
本書の著者であり、ストレスマネジメント専門家で、公認心理師の舟木彩乃さんが首尾一貫感覚を知ったきっかけは、社会人として働きながら大学院に入り、修士課程で学んでいたとき。
議員事務所で秘書をしていた経験もある舟木さんが研究として議員秘書のストレスチェックをしたところ「高ストレス者の割合が他の職種の2割以上」あったという。その研究過程で、首尾一貫感覚という概念に出会った。
首尾一貫感覚は3つの感覚からなる
「首尾一貫感覚」とはどのような感覚でしょうか。
首尾一貫感覚とは、強いストレスがある状況でも困難を乗り越え、心身の健康を保つことのできる力です。そのため、別名「ストレス対処力」ともいわれています。
首尾一貫感覚は、人生で降りかかるストレスやアクシデントから自分を守り、対処できる力であるだけでなく、そうしたストレスやアクシデントさえも、自分の成長や人生の糧に変えることができる力でもあります。
首尾一貫感覚は、英語で「Sense of Coherence/SOC」といいます。
「Coherence」は、日本語に直訳すると「首尾一貫」です。「首尾一貫」というと少し硬い感じがしますが、「Coherence」には、「首尾一貫」のほかに「統一性」「全体感」という訳もあり、「筋道が通っている」「全体として辻褄が合っている」という意味にとらえていただいてOKです。
この記事の画像(4枚)首尾一貫感覚をもう少し詳しくお伝えすると、「極限のストレスを経験し、過酷な状況に直面したとしても、それを成長の糧にさえするなどして、自分の人生を全体として辻褄が合ったものにできる、つまりいいことや悪いこと、さまざまな出来事があったとしても、全体として腑に落ちると思える人生にすることのできる感覚」となります。
そして、この首尾一貫感覚は3つの要素(感覚)からなっています。
ここでは簡単に次のようにまとめます。
■把握可能感(だいたいわかった):
自分の置かれている状況や今後の展開をある程度、把握できると思うこと
■処理可能感(なんとかなる):
自分に降りかかるストレスや障害にも対処できると思うこと
■有意味感(どんなことにも意味がある):
自分の人生や自分自身に起こることにはすべて意味があると思うこと
私は首尾一貫感覚を知って以来、それをとても有用なものであると感じ、カウンセリングにも活用してきました。
その経験から悩みを抱えて私たちのような心理職に相談にくる人たちのなかで、最も不足しているのは、「処理可能感」だと感じています。
つまり「なんとかなる」と思える力です。では、処理可能能力を高め、「なんとかなる」と思えるようになるにはどうすればいいのか。
一つは「なんとかなった経験」、つまり「成功体験」です。「なんとかなった経験があるからこそ、次もなんとかなると思える」のです。
首尾一貫感覚は“感覚的”にとらえるもの
首尾一貫感覚を理解するのは難しい…と思った人もいらっしゃるかもしれません。
しかし「首尾一貫感覚」は、あくまでも“感覚”なので、“なんとなく”あるいは“感覚的に”とらえていただければ十分です。
私のところに相談にきた松本さん(仮名/30代女性)の事例をご紹介します。
松本さんは、入社して以来ずっと同じ部署にいましたが、別の部署に異動になって問題にぶつかりました。仕事の内容は大きく変わらなかったのですが、新しい上司や同僚との人間関係や部署の雰囲気が自分に合わなかったのです。
具体的には、上司の指示がわかりにくく、聞き直したりすると機嫌悪く対応されることがストレスだったようです。また、殺伐とした雰囲気の部署で、仕事以外の話ができる同僚もいませんでした。
松本さんは、この部署で働き続けることは難しいと思い、今後どうしたらいいかわからなくなったため相談にきたのです。
そのときの松本さんの考え方やとらえ方を首尾一貫感覚の3つの感覚で掘り下げていくと、次のように整理できました。
<松本さんの3つの感覚の状況>
把握可能感:
今のつらい状態で働き続けるのは難しいと思うけれど、今後、どうしたらいいかわからない
処理可能感:
上司も同僚も頼りにできず、なんとかなるとは思えない
有意味感:
この問題を乗り越えることに意義を見出せない
どんな人でも、職場環境が変われば相応のストレスを感じるものです。松本さんのように考えてしまうのは、しかたがないのかもしれません。
高い人は俯瞰的に見ることができる
一方で、松本さんと同じような状況に遭遇した場合、首尾一貫感覚の高い人はどのように考えるでしょうか。
<3つの感覚が高い人>
把握可能感:
今は部署を異動したばかりだから大変なだけで、少しずつ慣れてくれば変わるだろう。この部署の会社の中での役割や評価を確認してみれば、少しは状況が変わるかも
処理可能感:
今までもピンチを乗り越えてきたし、今回もなんとかなるだろう。とりあえず上司のことは、前の部署の先輩に相談してみよう。あるいは友人を誘って飲みに行って息抜きをしつつ、どうにかなると思って仕事をしていれば、そのうち話せる人もできて、ちょっとずつ職場にもなじめるだろう
有意味感:
今の状況を乗り越えることで自分は成長することができる
いかがでしょうか。両者には大きな違いがあると思いませんか。
まず、首尾一貫感覚の高い人は、「今は慣れていないだけ」と自分の状況を俯瞰的に見ることができています。また、どのようなルールや評価で動いているのかを探ることで今後の展開を見通そうとしています(把握可能感)。
そして、これまでの経験から、「今回も時間はかかるけどなんとかなるだろう」と思えています。「前の部署の先輩に聞く」と人脈を活用することもできています。
加えて、息抜きをしたり、アドバイスをもらえたりする友人もいます。こうした人脈や経験があることで「なんとかなる」と思えています(処理可能感)。
また、この経験はつらいし、嫌なことも多いけれど、乗り越えれば「自分は成長することができる」と、意味のある経験としてとらえられています(有意味感)。
このように、首尾一貫感覚の高い人とそうでない人とでは、同じ状況にありながら、まったく違う精神状態です。
「つらい。どうしたらいいかわからない」と落ち込む人もいれば、「今はちょっとつらいけど、なんとかなる」と前向きにとらえられる人もいるのです。
舟木彩乃
ストレスマネジメント専門家。公認心理師。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)、近著に『過酷な環境でもなお「強い心」を保てた人たちに学ぶ「首尾一貫感覚で逆境に強い自分をつくる方法』(河出書房新社)がある