岸田首相は日本時間11月17日、米サンフランシスコで中国の習近平主席と1年ぶりに首脳会談を行った。中国で相次ぐ邦人拘束、原発の処理水に関連する日本産水産物の輸入停止、安全保障環境の整備などについて、どのように話し合われたのか。

BSフジLIVE「プライムニュース」では林芳正前外相と朱建榮氏を迎え、会談の内容から対中外交戦略まで議論した。

処理水問題は一定の前進も、中国は変わらず「核汚染水」と表現

長野美郷キャスター:
日中首脳会談は約1時間5分行われ、冒頭で習主席は「両国関係は風雨を経験しながらも発展の勢いを保ってきた。新時代にふさわしい中日関係の構築に尽力すべき」。岸田総理は「次世代のために、より明るい日中関係の未来を切り開けるよう力を合わせていきたい」。会談の評価は。

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林芳正 前外相:
主張すべきことは主張しながら、処理水については専門家レベルで議論することで一致するなど、一歩前進している。輸出管理対話は今後起きるかもしれない問題への予防的な措置。非常に成果があったと思う。

反町理キャスター:
「戦略的互恵関係」という言葉が日中間で久々に出てきた。

林芳正 前外相:
かつては「日中友好」、安倍総理のとき「戦略的互恵関係」として、だんだん高く登っていこうと。今言っている「建設的・安定的な関係」が3階だとすると、2階もあるし1階もあることを改めて確認できたと思う。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
中国から見れば、「建設的・安定的」が1階でそれ以上地下に行かないように、というニュアンスになる。2019年に安倍首相と習近平主席が3階のところを目指そう、新時代にふさわしい日中関係にしようと話した。しかし今は難しいので、2階の話を双方共有して、まずそれを充実させようと。わりにいい表現を入れたと思う。

長野美郷キャスター:
中国外務省が発表した習近平主席の発信。「日本側は信義を厳守し、中日関係の基礎が損なわれず揺るがないようにしなければならない」「核汚染水の海洋排出は全人類の健康、世界の海洋環境、国際的公共利益に関わる。日本側は国内外の合理的な関心に厳粛に対応し、責任を持った建設的な態度を持って適切に処理しなければならない」。核汚染水という呼び方だが。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
中国はずっとその表現を使っている。首脳会談では、米中首脳会談で中国が出した「戦略的」「包括的」「未来方向性」と同じことが主に話し合われたと思う。激しい対立というより、大きい方向性を確認し合ったと思う。

反町理キャスター:
日本側が守るべき「信義」とは。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
1972年に日本は、台湾は中国の一部であると認めた。だが、ここ1~2年、特に自民党の政治家が相次いで台湾に行き、中国から見れば挑発的な話をしている。台湾の独立を支持するようなことには与さないようにと念押したのだと思う。

林芳正 前外相:
中国は「核汚染水」をずっと使ってきたが、後段の「適切に処理しなければならない」、さらに専門家同士で話すところまで来ていることまで含めて読むことが大事。

反町理キャスター:
岸田総理は、日本産水産物の輸入停止措置の即時撤廃を要求した。だがそれに対する中国からの答えはなく、まずは前提となる専門家レベルでの科学的な議論をするという理解でよいか。

林芳正 前外相:
そう。元々の要求は全く下ろしておらず、そのための第一歩ということ。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
中国から見れば、この基本的な原因は、放出についての情報の公開にギャップがあること。その話を踏まえて初めて撤廃の話になると思う。今の時点では中国も答えようがないと思う。

反町理キャスター:
言論NPOの日中共同世論調査では、「日中関係の発展を妨げるものは何か」に対し「処理水の海洋放出問題」と答えた人が中国で5.8%、日本では4割弱。中国ではこの問題の認知度が非常に低いのでは。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
ネットユーザーである若者はこの問題に関心があり、一時抗議の声があがった。だが全般的にはそれほど関心は高くなかったと思う。

反町理キャスター:
中国国民にあまり認知度が高くない問題を、中国政府が政治利用していると見てよいのか。

林芳正 前外相:
この数字には中国の一般の方の感覚が表れているのかなと。実際に輸出を止められている日本側は高い数字になるのだと思う。まずは科学的な根拠をもって粘り強く話していくこと。数字を見れば、中国の国民がものすごく反対していて押し返せない、ということはない。

中国の邦人拘束問題 解放への道筋とビジネスへの影響は

長野美郷キャスター:
中国で相次いでいる、スパイ行為を行ったとしての邦人拘束について。習近平政権が2014年に反スパイ法を施行してから、2015年以降に少なくとも17人の日本人が拘束され、10人が有罪判決、5人が帰国できていない。会談で岸田総理は邦人の早期解放を習近平主席に求め、意思疎通を図っていくことを求めた。中国側からこの件についての発表がまだない。

少なくとも17人の日本人が拘束され、10人が有罪判決、5人が帰国できていない
少なくとも17人の日本人が拘束され、10人が有罪判決、5人が帰国できていない

林芳正 前外相:
中国はどんどん投資してくれと言っており、ビジネス環境を整える意味で避けて通れない問題。あらゆる機会を通じて解放を求め続けなければ。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
中国は最近少しずつ、予想以上にビジネス交流への影響があったことに気づいてきたと思う。

長野美郷キャスター:
カナダ当局に逮捕されたファーウェイの孟晩舟副会長が司法取引に応じて帰国し、中国で拘束されていたカナダ人2人が解放された例がある。日本が同様に交換の手段をとることは。

林芳正 前外相:
ケースごとに背景があり、あり得るかどうかを言うのは難しい。日本側に孟晩舟氏のような人がいるのかどうかということもある。

反町理キャスター:
交換のためのカードを持ち、強い姿勢を示すべきでは。日本維新の会の松沢成文氏は、国会で「日本もスパイ防止法を持たないとスパイ交換ができず、海外で捕まったら何年も拘束される」と発言した。

林芳正 前外相:
松沢さんの発言は、交換のためにスパイ防止法を作るということではないと思う。我が方の法律としては、プライバシーや人権の問題など様々な議論をして国民の理解を得ることが必須。拘束事案と結びつけると議論が斜めの方向になってしまう。どう情報を守るべきかという元々の議論が必要。

対立しつつも対話を進める米中 一方の日中関係は

反町理キャスター:
日中首脳会談の調整はギリギリまで続けられ、当日の数時間前まで日程が決まらなかった。中国は米中首脳会談に総力を挙げており、日中や中韓などにエネルギーを割く余裕がなかったのでは。

林芳正 前外相:
今回のホストはアメリカであり、また米中は2大国として今までも様々な懸案を話してきている。比べる意味があるとは思えない。日中の会談については漠然と枠組みがあり、その中で何日の何時にやるかが直前に決まったのでは。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
つい2~3週間前まで、日本からAPECで首脳会談をやろうという話はなかったのでは。日本の外交からは、中国に対し包囲圏を作るような話は多く出るが、改善への話がほとんど出なかった。

林芳正 前外相:
一般論として日中は、首脳含めずっと対話している。まず外相会談を、といった順番の組み立ては様々あるが、首脳会談を今やらないでおこうということはあまり考えられない。

長野美郷キャスター:
アメリカは中国と激しく対立する一方、重要閣僚が続けて訪中するなど対話への姿勢も示してきている。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
アメリカの議会では反中的なムードが依然強いが、双方が各テーマについて詰めた上で初めての首脳会談になった。時間はかかったが、かなり真剣に詰めてきた。

反町理キャスター:
日中間にも懸案があるが、アメリカ並みの閣僚の相互訪問はない。やはり中国は、アメリカを抑えれば日本はついてくるという見方か。

林芳正 前外相:
米中関係が大事であることは論をまたないが、我が国も例えば日中の防衛大臣会合など行っている。順番をどちらにつけるかということではない。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
安倍さんはアメリカとの付き合い方として、トランプの性格などを習近平さんに説明したりしていた。そういう部分がここ数年期待できない。

西側諸国が中国に疑念を抱く中、日中関係は改善するか

長野美郷キャスター:
日本はアメリカや西側諸国に同調してきたが、日中関係改善の道筋は。

朱建榮 東洋学園大学客員教授:
是々非々の外交、言うところは言うが仲良くする部分では仲良くすること。東洋の国である日本はアメリカより遙かに中国のことを知っているはずだが、日本は中国を大事にしているというシグナルを十分に投げていないと思う。

林芳正 前外相:
世界の枠組みの中で、中国と一緒にやっていけるのかという疑念が西側にある。国の体制が違い、普遍的な価値観を全て共有しているかどうか分からない。経済安全保障があっていろんな経済的な交流ができるという状況。

反町理キャスター:
経済安全保障の話で、例えば中国に対して機微技術の輸出を止めるとするとき、対中経済制裁のレベルをアメリカの基準に合わせるべきか。

林芳正 前外相:
指摘されるケースに中国が多いのは事実だが。経済安全保障は中国を名指しして行うのではなく、経済的威圧や知的財産の窃取などの行為にしっかり対応すること。「スモールヤード・ハイフェンス」という言葉があるが、狭い分野で高いフェンスを建てることが大事。そして、フェンスの高さはそれぞれの国がある程度同調させていかなければならない。

(BSフジLIVE「プライムニュース」11月17日放送)