最近盗撮犯などを見つけて声をかけ、逮捕行為に及ぶいわゆる“私人逮捕系YouTuber”が問題となっている。
確かに私人でも現行犯逮捕は出来るが、その要件は非常に厳格であり、下手をすれば現行犯逮捕をした方が、逆に逮捕致傷罪などの罪に問われる可能性もある。「正義感」や「金」のため私人逮捕をやめないYouTuberをどうすれば止められるのか?そしてもし、彼らに目を付けられたらどう対処すべきなのか?
逮捕されたYoutuber
11月13日、東京・丸の内の帝国劇場の近くで動画を撮影しながら、女性に「演劇チケットの転売をした」と因縁をつけ、動画をSNSに投稿した名誉毀損の疑いで、40歳の男が警視庁に逮捕された。その女性はチケット転売とは無関係であったが、顔にモザイクもかけられないまま、「転売ヤー」などの字幕とともにネット上でさらされる被害にあった。

また、他のYouTuberは駅構内で「痴漢」と指摘された男性と揉み合いになり、その男性が階段で転倒する危険な内容を含む動画を投稿し批判を浴びた。更には、覚醒剤に関する同様の趣旨の動画に対し、警察から「どういう権限を持ってやっているのか」などと尋ねられて反論する動画が物議を醸した事もある。
ある私人逮捕系YouTuberは、これら騒動に対し「被害者のため」「犯罪を撲滅したい」「そのためなら暴行罪などに問われてもいい」と答えている。
まず、「被害者のため」「犯罪を撲滅したい」という心は素晴らしい。そのために動画に出てこない部分で多くの苦労があるのだろう。

一方で「暴行罪などに問われてもいい」とはどういうことだろうか。折角の正義がその一言で大きく崩れている。各々の主観的な正義の名のもとに暴力を振るうことが正当化されることは許されないのは歴史の教訓であり言うまでもない。彼らの正義は、独善的で“危ない正義”なのだ。「お金のため」と明言している、ある意味潔いYouTuberもいるが…
現行犯逮捕は簡単ではない
通常、逮捕は令状に基づいて行われるが(通常逮捕)、現行犯逮捕はその特例である。
現行犯逮捕について、刑事訴訟法212条1項は、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする」としているが、要件は以下の通りだ。
1. 犯罪と犯人の明白性(嫌疑が明白である)
2. 犯罪の現行性、時間的・場所的接着性
特に「2. 犯罪の現行性、時間的・場所的接着性」について具体的には
・ 現に罪を行っている
・または犯行終了後概ね30~40分以内
・犯行場所から逮捕場所まで概ね200~300メートル以内
とされている。
例えば、以下のケースは現行犯逮捕が成立するだろうか。

<ケース>
「駅構内で盗撮の犯行を目視し犯人に声をかけたところ逃走され、見失い、犯行から30分後、犯行場所から2キロ離れた路地裏で再発見し犯人を確保した」
<答え>
「現行犯逮捕は成立せず準現行犯逮捕を検討する」である。
そして、準現行犯逮捕の場合は、以下の4要件のいずれかに当てはまる必要がある。
一 犯人として追呼(※泥棒!などと追いかけられている状況)されているとき。
二 贓物(※盗品)又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
四 誰何されて逃走しようとするとき。
ここまでの判断が必要とされるのだ。
逆に罪に問われる事も
また、私人逮捕系YouTuberで危険なのは、要件①「犯罪の明白性」である。
一部動画には、犯人と決めた理由を「犯行を行ったと“思った”から」と答え、明白な根拠が言及されない場合もあった。
さらに、逮捕の現場における捜索・差押・検証は私人逮捕ではできない。私人逮捕の場合に逮捕の現場で相手のカバンをあさり証拠を探すような行為は許されない。鞄を取り上げれば窃盗罪、逮捕時の有形力行使の態様次第では、強盗罪にまでなりかねない。
また、逮捕の際の当人らの実力行使は社会通念上相当と認められる程度であり、場合によっては逮捕する側に暴行罪や傷害罪が成立する可能性が十分にある。逮捕時の傷害となれば、逮捕致傷罪としてより重い処罰がある。

現行犯逮捕については座学的な解説をしたが、現場ではより複雑で流動性・切迫性が高い事案がほとんどである。よって、「擬律(ぎりつ)判断」つまり「ある行為は罪に当たるのかの判断」の経験値が少ない人間が私人逮捕を積極的に行うということは、誤認逮捕により相手方の人生を壊しかねない極めて危険な行為なのだ。
報酬が得られる仕組みに根本問題
だが、誤った逮捕行為によって彼ら自身が罪に問われかねないという事実が私人逮捕系YouTuberの抑止になるとは想像しづらい。なぜなら、金が手に入るからだ。
ここで1点重要な前置きがある。私人逮捕系YouTuberとは言わないだろうが、犯罪に対峙し、危険行為もなく、正しく警察に引き継ぐなど正当なYouTuberもいることには留意しなければならない。
その上で、迷惑系YouTuberも私人逮捕系YouTuberも同様だが、広告収入などを稼ぐため、より過激な言動・行動に走る傾向がある。また、彼らが持つ“正義感”に対し、違法行為に問われる可能性を説いたところで、当人らの心には響かないのではないだろうか。

そこで、特に“違法行為を誘発しかねない動画”については、その収益化を止めなければ、彼らの行為を止めることはできないだろう。
ずばり 「食えない」と思わせなければならない。
一方で、今回の名誉棄損での逮捕のように、YouTuberの違法行為を一つずつ立件し、可能であれば被害者に被害申告を促し、積極的に立件していくことも重要である。
犯人に間違えられてしまったら
では、私人逮捕系YouTuberに犯人と言いがかりをつけられてしまった場合はどうすべきだろうか。以下ポイントを解説する。
1. 冷静に対応する
現場から無理に離れようとすると誤った認識のもと逮捕行為に及んでくる可能性がある。あくまで冷静に会話し対応することが重要だ。
2. 現場の状況を記録する(動画や音声など)
後に自身の無実を立証するであるほか、相手方の違法行為を立証するためでもある。また、周囲の人物に協力依頼を求めるのも重要だ。更に刑事・民事で相手方に責任を追及する際には重要な証拠となる。
3. 毅然と反論し、警察を呼ぶ
自身の主張を毅然と反論すべきだが、冷静さは絶対に必要だ。彼らの動画を見ても最初からけんか腰で話かけてくる場合が多く困難な状況もあるが、喧嘩のような状況になれば互いにヒートアップしてしまい、互いに思いもよらない不法行為を誘発してしまう。また、必ず警察官による仲介・処理を委ねるべきである。通報することにより事案の記録化にもつながる。
4. 相手の名前、連絡先を聞く
仮にその場で和解したとしても、顛末を勝手に動画投稿されてしまう可能性もある。事実がないのに不法行為を疑われ動画が拡散されてしまったケースのようになりかねないため、自身で動画投稿されていないかチェックする必要があるほか、相手方を訴える際にどこの誰だかわからない状態では動きようがないためだ。
以上の4点を心の隅に置いておけば、私人逮捕系YouTuberにからまれても、トラブルを乗り切れる可能性が高まるだろう。
【執筆:稲村悠 日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】