夜空を彩る色鮮やかな花火。打ち上がったのはわずか3分間、75発と小さな規模だったが、その美しさに、見ていた子どもたちは歓声を上げた。“あの日”以来22年ぶりに、明石に花火が輝く夜空が戻ってきた。
2001年の花火大会で起きた歩道橋事故
歩道橋事故の遺族 下村誠治さん:
私たちの子どもも、22年前は花火を楽しみにして(見に)行っていたので。子どもが喜ぶ声を聞けるのも、私の望みです
そう語った男性の言葉に込められた思いとは…。
2001年7月21日、兵庫県明石市で毎年開かれていた花火大会で起こった事故。

会場と駅をつなぐ歩道橋は、通行人や花火の見物客が押し寄せ、身動きがとれないほどの混雑状態に。大勢の人が折り重なって倒れる「群衆雪崩」が発生し、11人が死亡、247人が重軽傷を負った。
事故の原因は、花火大会を主催した明石市、警察、警備会社が、計画の段階で雑踏警備を軽視し、当日も危険な状況に対応しなかったという、ずさんな警備体制にあった。明石の人々にとって花火は“夏の思い出”から、痛ましい“事故の記憶”となってしまった。
これまでも花火大会を復活させたいという声はあったものの、悲惨な事故の影響で、22年間、実現には至らなかった。
そんな中、明石で花火を復活させたいと、5年前から中心となって動いていたのが、地元の青年会議所で働いていた西田元貴(げんき)さん。

花火大会の実行委員 西田元貴さん:
ただ、ほんまに明石を進めたい。みんなが今までやれなかったことを僕らでやりたいという思いが一番強くて。とりあえず「花火上げようや」という考えだけで上げようとしたので、その時やったら、また同じようなことを繰り返していた可能性があります
西田さんたちは、5年前から花火の打ち上げを計画していたものの、周囲の理解や警察の協力を得られず、断念。それでも今回動き出せたのは、ある条件付きで警察から後押ししてもらえたから。それは、打ち上げを予告しない“シークレット花火”だ。
花火大会の実行委員 西田元貴さん:
警備計画としてはシークレットで、絶対に表に出さないというのが一番大事なところかなと。だから矛盾はしているんですけど、花火をするけど人に見てほしくない、人に集まってほしくないという。でも明石で上げる一発目というところでは大事なのかなと思いますね
安全を考えて、人が集まらないよう、事前に告知せず打ち上げる。しかし、「22年ぶりの花火を明石市民全員が見られるようにしたい」という思いから、市内の3つの会場で打ち上げることにした。
遺族の思いをくみながら…綿密な警備計画
うなずきながら西田さんたちの会議を見守る男性がいた。22年前の歩道橋事故で、当時2歳だった次男、智仁(ともひと)ちゃんを亡くした遺族、下村誠治さんだ。
この日の会議では、遺族の思いを聞きたいと、下村さんが招かれた。
歩道橋事故の遺族 下村誠治さん:
当日になってどんなことが起こるか分からない。やめることも想定しながら、止めることも一つ。事故を起こしてしまうと、もう二度とできないと思いますので、それだけ気をつけて
西田さんたちは、下村さんから意見をもらって警備計画を詰めるほか、警察の協力を得ながら20回以上に及ぶ現地調査を行い、合わせて100人ほどの警備員を配置することに決めた。
下村さんは、今回の花火大会についての思いを次のように語った。

歩道橋事故の遺族 下村誠治さん:
明石で花火を上げるのは、(特別な)思いを持っています。今回声がかかって、ちょっとうれしかったです。一番難しいのは中止の判断です。そこは勇気を持ってやっていただけたら。私も緊張感を持って当日を迎えることになると思います。同じ気持ちで現場に行きたいと思います
シークレットのはずが情報流出 開催の危機
神社で花火大会の無事を祈り、手を合わせた西田さんたち。万全の態勢で当日を迎え、花火の打ち上げ場所を見回っていると、思わぬ事態が起こった。
「何発くらい上がるの?」
海岸で釣りをしていた人から、花火は何発上がるのかと尋ねられた。シークレットのはずだった花火の情報が、3つの会場のうち、1つで広まっていることが分かったのだ。開催が危ぶまれるこの事態に、緊急会議が開かれた。

西田さんたち:
小学校のPTAのグループLINEに載っていたらしい。
え、ほんまに?増員を考えなあかん。海岸に誘導する人間を増やさんと、もしかしたら…
会議の結果、急きょ、警備員の増員や警備場所の変更も視野に入れて、対応することを決めた。
そして夜を迎え、打ち上げまで2時間。西田さんは集まった警備員たちに入念に説明をしていた。

花火大会の実行委員 西田元貴さん:
本日は貴重なお時間ありがとうございます。朝から準備していて、ここのエリアだけグループLINEで花火があると(情報が)回っている部分がありますので、海岸の方に結構な人が来た時に、車と人の接触だけはないように
花火の打ち上げが迫り、周辺に釣り人が残っていないか、最終確認を行う。
花火大会の実行委員 西田元貴さん:
ちょっとドキドキしていますね。これで何かあったら、また明石の花火がダメになるので
会場には歩道橋事故の遺族もやってきました。22年ぶりのその時を、緊張した表情で待つ。
「やっとスタートライン」事故の教訓を未来へ
明石に、22年ぶりに花火の音が鳴り響きました。色鮮やかな花火は、3つの会場で3分間にわたって夜空を彩った。

どこからともなく沸き起こる拍手。
花火大会の実行委員 西田元貴さん:
ほんま報われましたね。ほんま忙しい日が…
打ち上げが無事成功した後、思わず涙した西田さんの姿があった。
花火大会の実行委員 西田元貴さん:
ほんまにけがもなく、事故もなく無事に終われてよかったです。ほんまに、ほっとしましたね。やっとスタートラインに立ったところだと思うので、ここから新しい花火大会の形を作り上げたらいいのかなと思います
下村誠治さん:
皆さん(実行委員)の思いをずっと見てきたので、感謝しながら見させていただいて。彼(智仁ちゃん)は最後の言葉が「花火きれいねえ」だったので、(今日も)同じことを僕に言っていたんじゃないかと思います。小さな子のひとときの夢を、僕らの事故がちょっとの間、遮ってしまったので。そういう意味では僕にとっても、今日は試金石の日になったし、明石にとっても一つの試金石になったんじゃないかと

夜の明石の街を照らした75発の花火。その光は、事故の教訓を未来へとつないでいく
(関西テレビ「newsランナー」 2023年11月8日放送)