11月6日、経済産業省で、企業経営と介護両立支援に関する検討会が行われた。介護を企業の経営上の課題として捉え、社内での相談窓口の設置など、従業員への支援策を示した企業向けのガイドライン作成に向けての議論だ。

企業による支援を充実させることで、介護を理由に仕事を辞める“介護離職”を食い止めるという狙いがある。

経済産業省 ヘルスケア産業課 水口怜斉課長補佐:
企業側の働き手が少なくなっている中で介護発生はどなたでも生じる。やはり経産省としてはフォローして、企業さんをご支援できたらと考えています。

経済産業省は2023年度中にガイドラインを作成して、速やかに企業に広める予定だ。

仕事と介護の両立に向けた環境整備が進む中、一人で悩みを抱え込むのではなく、頼れるものは利用して、仕事との両立を目指している人たちがいる。

企業の従業員に介護のアドバイスを行う“産業ケアマネージャー”

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大阪府守口市にある、建設資材の販売などを手がける「坂井商会」という企業。ある日、ここに訪れたのは、進(すすむ)絵美さんという女性だ。何やら、ここの社員と話しているようだ。

進 絵美さん:親御さんは、どんな生活?
男性社員:うちの親父は定年して…。
進 絵美さん:80代ですもんね。

進さんは、企業から依頼を受け、従業員に介護についてのアドバイスを行う“産業ケアマネージャー”として活動している。この日面談したのは、50代の男性社員だ。近くに住む両親は、まだ介護が必要な状態ではないが、80代の父親の足腰が弱り始め、心配している。

男性社員:
(介護については)考えないことはないんですけど、まだそこまで考えたくないというか、自分の家はそうならない、とかね。親父が足腰悪くなって、動けないようになったら母親が面倒を見るけども、こっちの助けもいるやろうな、どうしようか、一緒に住んだほうがいいのかなとか。どうしたらええねんやろって。

介護に漠然とした不安はあるものの、両親や妻と真剣に話したことはないという男性に対し、進さんは、早めに備えておくことの大切さを伝える。

進 絵美さん:
緩やかに始まる人もいるし、それこそ病気とかで急に始まる人もいるし。すごく個別性が高いから、どう対応していいか分かりにくいのが介護の特徴なので、できるだけ分からないことを減らしましょう。

進さんは、介護がいざ始まるまでは、我が事として考えられる人は少ないと話す。

進 絵美さん:
知らないからじゃないですか?(介護について)知る機会がないんですよ。それが一番かなと思っています。知識として何も入ってこない。入ってくるのは、「あそこのおばあちゃんが認知症になったよ、施設に入ったよ」そんな話だけなんですね。

産業ケアマネージャーを導入した坂井商会の社長・坂井さんは、次のように話した。

坂井商会 坂井征司社長:
人が少なくなっていく中で、働ける人間が介護で辞めていく。これほどばからしいことはないと思うんですよ。もし、介護の知識があって、適切な処置ができていたら働けるのであれば、それに越したことはないと思いますし、今からでもやるべき問題なのかなと思います。

経済産業省によると、働きながら親などの介護をする人は、2030年には318万人になる見込みだ。中でも誰にも相談しない、いわゆる“隠れ介護者”の問題は深刻化している。会社の誰にも相談しないと回答した人が、全体の約3割にのぼったアンケートもあり、介護を1人で抱え込んでしまう実態が浮き彫りとなっている。

夫婦で分担して行う介護 勤務先の理解ある対応

こうした状況の中で、仕事と介護の両立を実現している人がいる。

愛知県一宮市に住む小島麻紀子さん(54歳)は、働きながら、夫の母親である由紀子さん(80歳)の介護をしている。

義母の由紀子さんは、緑内障などの影響で3年前に両目を失明。日常生活でも全面的な介護が必要で、5段階で3番目に重い“要介護3”の認定を受けている。

麻紀子さんの1日が始まるのは、午前6時過ぎ。自分の身支度だけでなく、義母の介護もあるため、出勤するまで1時間半ほどかかるそうだ。

小島麻紀子さん:
(Q.出発まであと何分?)あと5分くらいでやりたいと思っているので、このあとは主人が全部やってくれます。

夫の秀一(ひでかず)さんは建築関係の仕事をしているが、麻紀子さんが出社する日は在宅勤務をして、母親を見守る。

午前8時半ごろに出社。名古屋市にある「トヨタファイナンシャルサービス」で、20年以上働いている。

小島麻紀子さん:
(会社に来ると)本当にリフレッシュします。会社に来ている時は、介護に入る前の自分の気持ちに戻れるんです。ですので、自分自身のメンタルの維持っていう意味でも、(会社に来ている時間は)非常に大切な時間だと思っています。

今も仕事を続けられるのは、麻紀子さんと秀一さんがそれぞれ勤めている会社の理解もある。夫婦で1日おきに在宅勤務をすることを、それぞれの会社に認めてもらっているからだ。

この日、午後8時のオフィスには、まだパソコンに向かう麻紀子さんの姿があった。家に秀一さんがいるため、出社日は夜遅くまで働くことができる。

介護を分担していることについて、2人はどう思っているのだろうか。

小島麻紀子さん:
大まかな分担はあって、在宅勤務をする人が食事を作ったり、洗濯をしたり、母の介助をしたり、っていうのが基本なんですけど、その気づいたことはやろうねっていう風にしています。(秀一さんが)やらないと私に叱られる。

小島秀一さん:
同じ境遇で分かりあいながら、協力して乗り切っていけたらな。

そうにこやかに話した2人。母の由紀子さんはそんな2人に対して、頼もしさ半分、申し訳なさ半分の気持ちで、日々接している。

麻紀子さんの義母・由紀子さん:
世話はかけるけど、頼もしいなと思って。できるだけ迷惑かけないっていう気持ちはいつも頭にあるんだけどね。仕事しながら、私の世話をしながら、元気がいいからね。ありがたいことだと思っている、本当に。

恩返ししたいという思い…感謝と罪悪感

麻紀子さんが在宅勤務の日。

小島麻紀子さん:10時の目薬の時間に、降りてきますね。じゃあ(2階に)上がりますね。
麻紀子さんの義母・由紀子さん:行ってらっしゃい。

仕事をするため、自宅の1階にいる由紀子さんに声をかけて2階に上がる。

主に人事部門で働いてきた麻紀子さんは、介護が始まる前は海外出張も積極的にこなしていた。

小島麻紀子さん:
とことん仕事に打ち込んでいました。そんなに立派なものじゃないんですけど、バリキャリという言葉は自分のためにあるんだ、というぐらいに思っていました。

以前は、仕事のキャリアアップを最優先にしていた麻紀子さん。それでも今、麻紀子さんが介護に取り組んでいるのは、かつて由紀子さんに助けてもらったことに報いたいという思いがあるからだ。

30代の頃、夫が突然、がんと診断された。夫の病院の付き添いや、日々の介護を担ってくれたのは由紀子さんだった。

小島麻紀子さん:
(会社を)休ませていただいたのは手術の時だけで、あとは普通に仕事をしていました。義母が今までやってきたことと比較すると、全然大したことをやっていないんですけど、(由紀子さんの介護は)ちょっと恩返し的な部分はあると思っています。

こうした強い思いから、当初は麻紀子さん1人で由紀子さんの介護を担っていた。しかし、慣れない介護の負担から、仕事も思うようにいかなくなり、精神的に追い込まれていったという。

小島麻紀子さん:
もともと、主人が在宅勤務を交互にやってくれるようになったのも、私がだいぶストレスをためこんで、イライラしているのが伝わったからだと、間違いなく思います。まさかとは思ったんですが、主人も会社に頼んで在宅勤務をさせてもらうということを言ったので。役員会までかけてもらったと言っていましたので、ちょっとびっくりしまして。本当にありがたかったんですけど、そこまでやらせてしまって良かったのかなという罪悪感もありましたけど…そのおかげで今があるかなと思っています。

家族へのさまざまな思いが巡ったのか、少し声を詰まらせながら語っていた。

介護を続ける鍵は“頼れる支援を利用すること”

麻紀子さんが頼りにしているのは、家族だけではない。定期的に介護プランを立てるケアマネージャーとの打ち合わせを行っている。日頃の悩みを相談できる、大切な時間だ。

この日も、今後についてケアマネージャーに相談していた。

小島麻紀子さん:
だんだんコロナも収束して、会社は普通に業務が回っていくような状態になっているものですから、今後出張がちょっと増えるんです。3、4日ぐらい家を空けないといけない時が出てくることもあるので、そういう時に、どういう風にやっていくかというのが目下の悩みです。

今後、仕事との両立を続けられるか不安だった麻紀子さん。短期的に施設で預かってもらうサービスや、介護ヘルパーの利用を勧められた。

小島麻紀子さん:ヘルパーさんっていうのはどういう風に見つければよろしいですか?
ケアマネージャー:介護保険で(利用できる)。

さらに、ケアマネージャーからはこんな提案も。

ケアマネージャー:(食事を)準備だけしていただいて、温めて食事のお手伝いをするというのでもいいですし、キッチンをお借りできれば(食事を)作って…。
小島麻紀子さん:そういうこともやっていただけますか?分かりました。それも心強いですね。

働きながら介護を続けていくには、麻紀子さんのように、頼れるサービスや支援は何でも利用することが重要といえそうだ。

仕事と介護の両立に悩んだ時に相談できる窓口として、「地域包括支援センター」という公的機関がある。各市町村に設置されていて、高齢者やその家族から介護に関する相談を総合的に受け、必要なサービスにつなげてくれる。

介護の形は人それぞれ。当事者たちが望む介護ができるよう、企業や社会がどこまで支援できるかが問われている。

(関西テレビ「newsランナー」 2023年11月6日放送)

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