家の中に出現したりすると駆除しようと奮闘したり、イヤな思いをすることが多いゴキブリ。

そんなゴキブリだが、災害救助で活躍するかもしれないという。

作家で科学ジャーナリストの茜灯里さんの著書『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(インターナショナル新書)から、サイボーグ昆虫の開発の現状について一部抜粋・再編集して紹介する。

生物とロボットのハイブリッド

日本では近年、災害救助での動物やロボットの活用が注目されています。

行方不明者の探索に犬の優れた嗅覚を利用したり、ロボットを人間には立ち入れない狭くて危険な場所に差し向けたりすることは、一刻を争う救命救助に大きな力となると期待されています。

災害救助は一刻を争う(画像:イメージ)
災害救助は一刻を争う(画像:イメージ)
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理化学研究所(理研)などの国際研究チームは、超薄型の太陽電池を装着し無線で人が操作できる「サイボーグ昆虫」を開発しました。将来は災害地での活躍も視野に入れています。

研究成果は、2022年9月5日付の国際科学誌「npj Flexible Electronics」オンライン版に掲載されました。

生物とロボットの能力の「良いとこ取り」をしたサイボーグ昆虫の利点と歴史を概観します。

サイボーグ昆虫にゴキブリが向くワケ

本研究でサイボーグ昆虫に選ばれたのは、マダガスカルゴキブリです。

(1)体長約6センチと大きい(2)はねがなくて飛ばない(3)環境に対する耐性が比較的高いことから選ばれました。

サイズが大きいためサイボーグ化のための装置を無理なく装着でき、飛ばないため行動制御がしやすい特徴があります。

さらに飼育環境下では5年程度の寿命を持ち、過酷な環境でも生きられることから、サイボーグ昆虫の研究には広く使われています。

理研チームは、マダガスカルゴキブリの背に薄くて柔らかい太陽電池を装着。

胸部に付けられた無線装置を介して、尻の部分にある尾葉という突起に電流を通して動きを操ることに成功しました。

サイボーグ昆虫に装備されている太陽電池は、光を当てれば何度でも充電できます。

実験では、30分間の充電で約2分間の操作ができました。

サイボーグ昆虫の制御を無線で長時間行ってデータを取得する場合、10mW(ミリワット)以上の発電装置(太陽電池など)を昆虫に装着させる必要があります。

けれど、装置が重くなったり活動の邪魔になったりすれば、昆虫の運動能力は低下し本来の動きは損なわれます。これまでは運動能力を保ちつつ、必要電力を賄う発電装置の開発が困難でした。

なぜ昆虫と機械の融合を試みるのか

今回、研究チームは厚さ4マイクロメートルでフィルム状の超薄型太陽電池を開発し、軽量化と動きの自由度を保つことに成功しました。

さらに、昆虫は動くたびに腹部が変形するので、動きを阻害しないために太陽電池を固定する際に接着剤を塗る部分と塗らない部分を交互に作る「飛び石構造」を採用しました。

その結果、最大17.2mW(ミリワット)の出力と、昆虫の動きの自由度を両立できました。

2000年代以降に活発になったテーマで、今や世界中で研究されています。主に(1)災害対応(2)環境やセキュリティ目的の監視(3)犯罪者の追尾などの目的が掲げられています。

ロボットのほうが効率よく開発できそうなのに、なぜわざわざ昆虫と機械の融合を試みるのでしょうか。それは、サイボーグ昆虫は、すべてが機械でできているロボットよりも圧倒的に燃費がよく、長時間の活動ができるからです。

危険などは自力で避けてくれる

日本における災害対応ロボットの開発は、阪神・淡路大震災で通路の確保の難しさや二次災害のおそれから、人が踏み込めずに探索できない場所が多かったことの反省から進展しました。

東日本大震災で事故が発生した福島第一原発の建屋には、遠隔操作できるロボット「Quince(クインス)」が派遣され、情報収集に活躍しました。

けれど、Quinceの大きさは全長665ミリ×全幅480ミリ×高さ225ミリで重さも約30キロあります。

大型犬くらいのサイズがあるため、地震や土砂崩れ災害で瓦礫の隙間を探査することは困難です。小型の災害対応ロボットも開発されていますが、搭載される小型電池では活動時間が数分間になってしまうことも少なくありません。

その点、生きている昆虫を使えば人が入れない狭い場所にも行け、危険や障害物はプログラムしなくても自力で回避してくれます。遠隔操作やデータ通信のための動力を搭載する必要はありますが、昆虫本体は飲まず食わずでも数日間生きられるものもいます。

発展するサイボーグ昆虫研究

今回の研究に参加したシンガポールの南洋理工大学の佐藤裕崇准教授は、サイボーグ昆虫の研究に十数年前から取り組んでいます。

米カリフォルニア大学バークレー校時代の2009年には、体長約6センチの「オオツノカナブン」に電極を付けて遠隔操作で意図する方向に飛ばすことに成功しました。

同じ頃、米ミシガン大学やコーネル大学ではサイボーグ蛾による飛行実験を実施。一方、マサチューセッツ工科大学は「電力ではなく、昆虫の生体エネルギー(化学エネルギー)を使って動く超小型ラジコン」の開発を進めます。

日本では大阪大学の森島圭祐教授が、蛾の幼虫の筋肉を動力にしたマイクロロボットや、昆虫の体液を利用した発電装置を開発しています。

マイクロロボットは、糖をエネルギー源にしたロボットが人間の血管に入ってエネルギーを取り込みながら人体を探索できる可能性が示唆されます。発電装置は、昆虫が生きている限り動き続ける点が注目を集めています。

東京大学大先端科学技術研究センターの神﨑亮平シニアリサーチフェローは、カイコガのオスがメスのフェロモンの匂いの方向に進む性質を使った匂い探索ロボットを開発しています。

ロボットだけでは難しい匂いセンサーや匂いの探索を、カイコガの脳や触覚と機械を融合させることによって達成しました。

理研チームの研究は、地面での捜索や情報収集に特化したサイボーグ・ゴキブリの可能性が示されたものでした。今は嫌われ者のゴキブリですが、将来は災害救助に役立つ益虫として認識される世界になるかもしれません。

『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(インターナショナル新書)

茜灯里
作家・科学ジャーナリスト。著書に第24回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『馬疫』(光文社)、『地球にじいろ図鑑』(化学同人)など

茜灯里
茜灯里

作家・科学ジャーナリスト。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。東京大学農学部獣医学課程卒業。朝日新聞記者を経て、東京大学、立命館大学などで教鞭をとる。著書に第24回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『馬疫』(光文社)、『地球にじいろ図鑑』(化学同人)など