2022年から宮城県石巻市で防潮堤に壁画を描き、海が見えなくなった海岸線に新しい風景を作りだそうという取り組みが始まっている。10月新たに完成した2枚の壁画には、地域の文化とかつての伝統が描かれていた。

防潮堤に新しい風景を

東日本大震災の津波で関連死を含め243人が犠牲となった石巻市雄勝町。海を囲うようにそびえ立つのは、灰色の防潮堤だ。

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高さは最大9.7メートル。住民を津波から守るため、震災後に新たに築かれた無機質な壁は、それまで密接につながっていた住民と海との関係を大きく変えてしまった。

海が見られなくなった海岸線。ここに新しい風景を生み出そうと始まったのが「海岸線の美術館」プロジェクト。この日は住民も参加して壁画の制作が行われた。

灰色の壁を、おもいおもいの色で彩っていく子供たち。参加した子供たちは、「家じゃママに怒られるけど、家でできないことができて楽しかった」と笑顔で話してくれた。

描くのは雄勝の文化

壁画を手掛けるのは、東京の芸術家の安井鷹之介さん(30)。今回の壁画制作にあたり、「町に住む人、宮城に住む人みんなではじめの一筆をいれようと思った」と話す。

壁画を手掛ける芸術家・安井鷹之介さん
壁画を手掛ける芸術家・安井鷹之介さん

雄勝での壁画制作を始めた理由は、「海岸線の美術館」の館長を務める大学の先輩から誘われたこと。安井さんに声をかけた理由について、館長は「海が見えなくなった町で海を取り戻すようなアートを描いて、街全体を美術館にしたいと思った」と当時を振り返る。

2022年には、雄勝の風景や漁師をテーマに壁画を制作した。

そんな中、今回住民と一緒に壁画を作ろうと思った背景には、安井さんのある思いがあった。

「これまでは風景や漁師さんの働く姿を描いてきたが、次は雄勝の隣人愛のような人を思いやる文化みたいなところを絵にしていけたら」
(安井鷹之介さん)

壁画制作で雄勝に滞在している間、住民から差し入れなどの贈り物をたくさんもらったという安井さん。当時を振り返り、そういった文化やコミュニケーションは、安井さんにとって「美しい風景」と感じるものだった。

多くの住民が携わる形で描かれた壁画は、およそ1カ月かけて完成。作品のテーマは、安井さんが雄勝で過ごす中で感じた、雄勝に根付く文化である“贈り物“だ。

10月22日のイベントで披露された新たな壁画。絵を見た人からは「海と町が壁で仕切られているのが、冷たい印象だったが、絵があることで怖さも和らぐ」「絵があるだけで人の温かさを感じる。防潮堤にも近づきやすい」といった声が挙がった。

壁画でよみがえった地域の伝統

もう一枚、住民から提案されて、安井さんが新たに制作した壁画がある。

題材として選ばれたのは、雄勝町の名振に200年以上前から伝わる「おめつき」というまつり。「おめつき」とは「思いつき」のことで、重さ1トンの山車を担いで町を練り歩きながら即興(思いつき)の寸劇を披露するという、雄勝独特のまつりだ。

重さ1トンの山車を担いで町を練り歩く
重さ1トンの山車を担いで町を練り歩く

寸劇では、見事なダジャレも飛び出し、集まった人たちの笑いを誘う。

「立派なハクサイ。ただ見てもいいハクサイか分からない。においをかいでみろ」
「はっ、くさい」

寸劇は集まった人を笑顔に
寸劇は集まった人を笑顔に

町が笑いに包まれる1日。住民にとってはなくてはならない伝統だった「おめつき」。

このまつりに毎年参加していた男性がいる。雄勝町名振で生まれ育った漁師の大和恵一郎さん(41)。震災前のまつりの写真を見せてくれた。

「震災前はこんな感じで、狭いところも進んでいくんですよ」
(大和恵一郎さん)

結婚した年も、東日本大震災の翌年も欠かさず参加した大和さん。住民同士で作り上げた「おめつき」は忘れることができない思い出だ。写真からも、そのまつりの熱気が伝わってくる。

しかし、震災後、急激に進んだ人口減少やコロナ禍の影響で、ここ数年は神事だけの開催となっている。寂しさを隠せないのは大和さんだけではないだろう。

過去には「おめつき」で寸劇を披露したこともある大和さん
過去には「おめつき」で寸劇を披露したこともある大和さん

そんな中で防潮堤に描かれた、当時の「おめつき」。

かつての雄勝の海を背景に、躍動感ある山車を担ぐ人々。活気あふれるまつりの様子が描かれている。

壁画としてよみがえった、かつてのふるさとの伝統。

壁画を見た近くの漁港の漁師からは、「絵を見たら祭りの騒ぎを思い出す。孫たちへの伝承の始まり」などと話し、大和さんも「今できなくなってしまったものを、こういう風に残してもらえることが、すごくうれしい」と話し、画をまじまじと見つめていた。

壁画を手掛けた安井さんも完成した絵を見て、「この絵を見ることで当時のおまつりを感じてもらえれば。壁画から新たなにぎわいが生まれればうれしい」と満足げに語った。

津波で失われたかつての美しい風景や地域の伝統は、無機質だった防潮堤を彩る壁画としてよみがえった。これからも住民たちに寄り添い、新しいにぎわいを作り出そうとしている。

(仙台放送)

仙台放送
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