ネット金融大手の「SBIホールディングス」と台湾の半導体受託生産大手の「力昌積成電子製造(PSMC)」が、国内での建設を検討していた半導体工場を宮城県大衡村で建設すると発表した。投資額は約8000億円にのぼる。「当初は想定外だった」という宮城に、急転直下進出が決まった裏側には、県が15年以上前から取り組んできた戦略があった。

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全国31カ所の候補地からの選出

「所得の向上、雇用の創出。それだけではなく、工場を1つ作ったら今度は生態系としてさまざまな企業が集まっていく。地方そのものが変化していくと考えている」

10月31日都内で開かれた共同会見で、SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長は、新工場を中心とした波及効果に期待の言葉を述べた。

SBIホールディングス 北尾吉孝会長兼社長
SBIホールディングス 北尾吉孝会長兼社長

全国31の候補地のうち、宮城県大衡村を選んだ理由については、「東北各地には、半導体関連のサプライチェーンが多数存在し、効率的な生産という点で非常に好ましいと思った」と話し、ほかにも、交通インフラなどの充実、政令指定都市・仙台市の存在、半導体研究で高い実績を誇る東北大学などの研究施設が豊富であることなどを進出の理由として挙げた。

両社は「日本の半導体工場の復活」も掲げ、PSMCジャパン呉元雄社長は「ビジネスだけではなく、人材育成にも力を入れ、大学、企業、日本政府と組み、半導体学院のようなアカデミーをつくる」と意気込んだ。

PSMC黄会長(左)とPSMCジャパン呉社長(右)
PSMC黄会長(左)とPSMCジャパン呉社長(右)

県内唯一の「村」に吹いた風

工場の建設が決まった大衡村は、宮城県のほぼ中央に位置する人口5500人ほどの県唯一の村。この、のどかな村は、村井嘉浩宮城県知事が2007年から進める「富県宮城」政策の中で、注目を集める地域となっている。

宮城県のほぼ中央に位置する大衡村 人口5500人ほどののどかな村だ
宮城県のほぼ中央に位置する大衡村 人口5500人ほどののどかな村だ

「富県宮城」とは、「企業誘致などを推進し県内総生産10兆円を目指す」知事肝いりの政策のこと。県は担当部署を新設し、取り組むとしていた。

そんな政策が掲げられた年、大衡村にこの「富県宮城」の風が吹く。当時、神奈川県相模原市に本社を置いていたセントラル自動車(のちのトヨタ自動車東日本)が本社ごと、村内の工業団地への移転を決めたのだ。

大衡村に移転したトヨタ自動車東日本
大衡村に移転したトヨタ自動車東日本

「世界のトヨタ」の移転に勢いに乗った風。隣接する大和町には、半導体を作るための装置などを手掛ける「東京エレクトロン」なども進出。今ではこの一帯の工業団地に多くの企業が進出し、まさに「企業城下町」が完成した。

県も支援を惜しまず、2010年には東北自動車道・大衡ICを開設。建設には県独自の税金「みやぎ発展税(一定規模以上の企業の法人事業税額に5%を上乗せ)」を財源に一部を負担した。ほかにもさらなる高速道路の整備や仙台港の再整備なども行い、企業誘致を進めるための交通インフラを整えていった。 

知事の目に留まった新聞記事

2018年度には名目で初の10兆円を超えの県内総生産を実現した宮城県だが、それ以降は新型コロナの影響などもあり、9兆円台に減少している。

そうしたなか、今年7月。新聞に載っていた小さな記事が村井知事の目に留まった。

「SBIとPSMCが日本に新たな工場を建設する」

 これまでの経験から「こうした記事が出る時は大体進出先は決まっている」と感じたという村井知事だが、「ダメ元」で動き出した

村井嘉浩宮城県知事
村井嘉浩宮城県知事

東京の経済関係者のツテを辿り、SBIの担当者に資料を提示。担当課の職員とともに水面下での交渉を続け、多項目の大量の資料の提示を数日以内の期限で要望されても、職員は残業・休日返上も辞さずに対応した。資料は日本語だけではなく、英語版も必要となり普段以上に時間を要する。質問は「コンビニエンスストアの位置」などにまで及んでいたという。

そして、10月中旬には台湾に渡り、PSMCの黄会長との極秘面会も実現。村井知事は「熱意を持って宮城県の優位性を伝えた」とその後語っている。会談中には和やかな雰囲気も流れていたといい、この時、手ごたえは掴みつつあった。

「温泉と雪のイメージ」から大逆転

村井知事は今回の誘致について、「職員が努力した結果であり、褒めてあげたい」と職員の労をねぎらい、PSMC側から「スピード感と熱心さ」が評価されたと満足げに語った。

そのほか、選ばれた理由について、「仙台市という政令指定都市、東北大学という優秀な人材が多いこと、仙台空港の24時間化や台湾との直行便があること」などを挙げたうえで、PSMCの黄会長からは「当初、宮城はまったく考えていなかった。温泉と雪のイメージしかなく、ものづくりという視野はなかった」と言われたエピソードを明かし、笑いを誘った。

共同会見で示された「選出理由」
共同会見で示された「選出理由」

まさに、「ダメ元」からの大逆転だった。

SBIとPSMCの共同会見から6日。宮城県庁で行われた定例会見で村井知事は、「来年夏には工事に着工したいと言われている」と明かし、県庁内でも受け入れ体制の強化する方針を示した。

具体的には、池田副知事をトップとした全庁的なプロジェクトチームの発足させること、プロジェクトチームの事務局担当職員の増員、新年度に新たな部署を新設することだ。

プロジェクトチームのトップを務める池田敬之副知事
プロジェクトチームのトップを務める池田敬之副知事

プロジェクトチームや新たな部署では、インフラ整備、人材確保、住環境、教育環境の整備などを進める見通しで、村井知事は喫緊の課題として台湾から来る関係者、その家族の住環境や教育環境を整えることを挙げた。

期待される経済効果・波及効果は?懸念は?

今回の工場進出に伴う投資額は、最終的に約8000億円が見込まれている。これは、これまでに宮城県内に進出した企業の中で断トツの数字。人員も約1500人を台湾から迎える予定だ。

半導体の新工場建設予定地
半導体の新工場建設予定地

また、SBIとPSBCは共同会見の場で、「今回の工場は前工程の工場だが、後工程の工場の建設も考えている」と明かし、村井知事は、「経済効果は試算しないと分からないが、とんでもない額になるのでは。さらなる投資や関連企業の参入、従業員の移住も見込め、その影響というものは私の想定を超えるような経済効果になってくると思う」と述べた。

また、SBIは、地元・仙台銀行や隣県の銀行と資本業務提携関係にもある。こうした金融機関が波及効果に期待を寄せるのも自然な流れだ。

一方、こうした工場の進出に伴い、「人材の奪い合いが起き、県内の中小企業などが人手不足に陥る可能性」や「取引が出来る地元企業を増やすことはできるのか」といった懸念の声もある。

これに対し村井知事は「PSMCの技術は非常に高度で採用後も1年間台湾で研修を積むほど。誰でも採用されるものではない。東北各地から人手を募ることにもなるだろう。県内が人材不足に陥らないように配慮する」と述べた。

また、地元企業の取引についても「宮城は高度電子機械産業が盛んなので、取引ができる企業は多い。逆にPSMCが日本の企業に発注する機会が増えて波及効果が出ると思う」と述べ、「問題はない」との見解を示した。

2020年ごろから、新型コロナの影響なども受け、世界的な不足に陥った半導体。
日本産半導体市場のシェアも1988年は世界市場のおよそ50%を占めていたが、2019年には10%に留まったというデータもある。

今回の工場進出が、日本の半導体産業が再び力を取り戻すきっかけとなるのか。
その波及効果ととともに期待が高まっている。

(仙台放送)

仙台放送
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