映画を鑑賞した後、上映館の中で観客同士が対話をしたり内省したりする。こうしたこれまでにない映画体験を提供し、映画の持つ新たな可能性に取り組む映像作品が間もなく公開される。製作者の想いを取材した。

本編終了後に観客に対話と内省を促す

「これからあなたの感じたことを、周りの人と話す時間をとります」

映画の本編が終了すれば、普通観客は席を立ち上映館を後にする。しかしこの映画では、終了後にこんなナレーションが流れて、観客が上映館内に留まり観客同士の対話や意識を自身の内側に向ける内省を促す(※)。

(※)一部映画館では対話パート除く

社会課題をテーマにダンスやリフレクションも取り入れた
社会課題をテーマにダンスやリフレクションも取り入れた
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この映画のタイトルは「Dance with the Issue」。電力・エネルギー問題という社会課題を取り上げた作品だ。といってもいわゆる社会派ドキュメンタリーではなく、美しいコンテンポラリーダンスや観客のリフレクション(内省)の時間も取り入れた実験的な映像作品となっている。

映画で社会課題解決への行動変容を

製作したのは群馬県前橋市の特定非営利活動法人ブラックスターレーベルだ。ブラックスターレーベルは、映画やアートの力で人々に新しい選択肢を提供し、社会課題解決に向けた行動変容が起こることを目指している。

ブラックスターレーベルの代表理事でこの映画の監督でもある田村祥宏氏はこう語る。

「僕は映画に娯楽だけではない様々な力が隠されていると信じています。映画は多くの人に観てもらうことでその真価を発揮する。そして映画の多様な価値をもっと世の中の人に知ってもらい使ってもらいたい。この2つを達成するために、この映画レーベルを作りました」

田村氏「映画には娯楽だけでない様々な力が隠されている」
田村氏「映画には娯楽だけでない様々な力が隠されている」

この映画は「私たちの生活を支えるエネルギーは危機に瀕している」と訴える。地球が沸騰化すると言われる中、エネルギーを輸入に頼る日本は安心安全な生活をいつまで続けられるのか。映画ではこうした問題提起を、経済産業省や東京電力、再生可能エネルギーのプレイヤーなど様々な立場の有識者たちへのインタビューを通して行う。またこうした答えのない複雑な問いを、身体のアートであるダンスが美しく表現している。

「映画を使えば未来について気楽に話せる」

なぜ電力・エネルギーをテーマに選んだのか。田村氏はこう答える。

「この問題はロジックで解決できるようなものではありません。経済合理性で考えれば現状は原発を増やすしか無いのかもしれませんが、あの事故を経験した私たちは容易にはそれを選択できない。答えの無い問題に対して私たちがすべきことは、知ること、そして対話をすること。それは映画が持っている機能の1つでもあります。だから僕は映画を触媒として使えば、未来について気楽に話せる時間を持てると考えました」

映画には現役の経済産業省官僚も出演している
映画には現役の経済産業省官僚も出演している

この映画で田村氏は、観客にどんな行動変容を期待しているのだろうか。

「まずは、なんとなく電力課題というものがあるのだと認識してもらえればと思います。それが土壌となって、変化を起こそうと頑張っている人たちが活動のしやすい環境を作れたらと。どのような行動を起こすかは観た人たちに委ねたいですが、この作品をきっかけに自分の暮らしや未来を改めて思い描いて、それが実現するような小さな選択を重ねていってもらいたいと思います」

映画の価値づけや新たな事業モデルを作る

今回、映画の新しい事業化を考え支援したのが、ゼブラアンドカンパニー代表取締役の阿座上陽平氏だ。ゼブラアンドカンパニーは“ゼブラ企業”と言われる社会性と経済性を両立する企業への投資や経営支援を行っている。阿座上氏はブラックスターレーベルの理事でもあり、この映画への支援を通して「映画の価値=価格が固定化されていることに対して、価値付けや事業モデルの新しいあり方を作ってみたい」という。

田村氏と阿座上氏(右)「映画の新しい事業モデルをつくりたい」
田村氏と阿座上氏(右)「映画の新しい事業モデルをつくりたい」

「たとえば映画館の入場料に追加で価値を感じる人は寄付ができる、映画館以外での映画鑑賞とワークショップを組み合わせて事業を作るなどの組み合わせにチャレンジしてみたい。個人的にもアートの力、対話の力を信じており、柔らかでしっかりと個人や組織に浸透していくような変化の生み出し方をみてみたいです」(阿座上氏)

コミュニティから生まれる変化のインパクト

阿座上氏は今後レーベルを通じたコミュニティ活動も行っていく予定だ。

「いまレーベルで注目している社会課題に関わる勉強会に参加してもらう、新しい映画作りに企画から関わってもらうなど、コミュニティとして関わってもらいたいと思っています。地域やコミュニティに人が集まった状態で、次回作ができた時に生み出す変化のウネリがどのようなインパクトになるのか楽しみです。そのためにも、『Art with Neighbors』というレーベルの理念を達成できるようにしたいと思っています」

この作品をきっかけに新たな映画製作の形が生まれるのか
この作品をきっかけに新たな映画製作の形が生まれるのか

新作について田村氏は「貧困や家族、移民や難民、介護や認知症などの作品は構想を始めていますが、他のテーマで作ることになるかもしれません。いずれにせよ早く次の作品を作り始めたいです」と語る。対話と内省を促すこの作品は観客にどう受け止められるのか。そしてこの作品をきっかけに、映画製作の新たなかたちが生まれるのか目が離せない。

写真 ©︎ 2023 BLACK STAR LABEL

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。