イスラエルのネタニヤフ首相は「これは第2の独立戦争だ」と発言した。BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を迎え、イスラエルとハマスの今回の衝突を双方の立場から歴史的な観点で捉え、考察した。

イスラエル建国と第一次中東戦争 パレスチナは土地も国も組織も失った

新美有加キャスター:
イスラエルのネタニヤフ首相は「今回の作戦は我々にとって第2の独立戦争だ」と発言。最初の独立戦争は1948年に始まった第一次中東戦争。第二次世界大戦後にイギリスが委任統治していたパレスチナを放棄し、1947年に国連でイスラエルとパレスチナの2国が共存する分割決議案が可決、全体の43%がパレスチナに。

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池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
ユダヤ人には願ったり叶ったり。大戦中にホロコーストというユダヤ人の絶滅計画が実行されたこと、自らの国民国家を希求していたことへの同情があったと思われる。反ユダヤ主義がずっとあったヨーロッパには、ナチスでない国にも贖罪感のようなものがあったのでは。

反町理キャスター:
パレスチナ側は、自分たちの土地がいきなり43%に縮小されてしまった。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
そんなにユダヤ人に申し訳ないと思うならドイツにイスラエルを作ればよい、なぜパレスチナ人がそれを背負うんだという思いは、アラブの人々の間で少なくない。

新美有加キャスター:
パレスチナの不満が高まる中、翌1948年にイスラエルが建国宣言。翌日にエジプトなどアラブ諸国がイスラエルに攻め込み第一次中東戦争に。イスラエルが勝利し、分割決議よりさらに広い土地を手にした。パレスチナ人は自分たちが統治する土地がなくなる状況に。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
難民キャンプに押し込まれ、被害者なのに抵抗すればテロリストとして加害者にされてしまう。国際社会はイスラエル支持。ガザはエジプトが、ヨルダン川西岸はヨルダンが支配してパレスチナの国をくれない。土地も国も、自分たちの組織もない状況。

新美有加キャスター:
一方、イスラエルも損害は大きかった。イスラエル側の発表では、エジプトが2000人、ヨルダンが1000人、シリアが1000人の犠牲者を出したのに対しイスラエルは6373人。当時の人口の約1%だが、なぜここまで損害が出たか。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
2回ほど休戦を挟み翌年の1月まで続いた。非常に期間が長く、エジプト、シリア、ヨルダンの三方に兵力を割かねばならなかった。また当時のイスラエルの主力は民兵。人々が鉄砲を持って駆けつける戦いだった。

圧勝で傲慢になったイスラエル 後付けの宗教的動機

反町理キャスター:
第二次中東戦争を経て、1964年にパレスチナ開放機構(PLO)が創設された。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
パレスチナ人を駒として使おうとエジプトのナセル大統領が作った。だが1967年の第三次中東戦争でナセルが負け、自分たちで戦うべきだと唱えるアラファトに支持が集まって、本当のパレスチナの組織になった。

新美有加キャスター:
国連のグテーレス事務総長は「ハマスによる攻撃は理由なく起きたわけではない。パレスチナ人は56年間、息の詰まる占領下に置かれてきた」と発言。56年前とは1967年、第三次中東戦争が起きた年。イスラエルがわずか6日間で勝利し、ガザやヨルダン川西岸、ゴラン高原、シナイ半島などを占領。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
エジプトがティラン海峡(シナイ半島とアラビア半島の間)を封鎖した。紅海に出るためのイスラエルの港湾が封鎖されてしまう。シリアやヨルダンも入ってくる。放置すれば圧殺されてしまうとなり、自衛のために予防先制的な攻撃も辞さないとして最初に相手の空軍を全て叩き、大勝利に繋がった。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
戦術的には見事だった。だが、あまりにも見事に勝ちすぎてイスラエルは傲慢になる。聖書に「神様は6日間で宇宙を作られた」とある。6日間で勝った俺たちの国には神様がついている、という気持ちが以降のイスラエルにある気がする。世界のイスラエルを見る目も、イスラエル人自身がイスラエルを見る目も変わったと思う。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
イスラエルの国論は分断された。元々の3倍半ぐらいの占領地を取り、占領地を相手に返すことで領土と平和との交換を行う考え方に対し、旧約聖書にある約束の土地を返すなんてとんでもない、イスラエルはそれを取り返すためにできたのだという考え方も生まれた。神意が働いた勝利で、それによりイスラエルは神聖になったという主張。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
外交交渉に神様が出てきたら話にならない。パレスチナ側にも、神がイスラム教徒に与えてくれた土地を譲ってはいけないというハマスのような人たちが出てくる。神様ではなく国際法で進めなければ。

反町理キャスター:
第四次中東戦争を経て、1993年にオスロ合意。パレスチナの暫定自治を認め、ガザ地区、ヨルダン川西岸の一部からイスラエル軍が撤退するというものだった。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
パレスチナ側に不利と思うが、イスラエル側も少し譲った。第三次中東戦争で参謀総長だったラビン首相が大丈夫と言い、国民も納得する部分があった。ラビンの暗殺以来、基本的に話は進んでいない。

反町理キャスター:
一方でイスラエルは入植を進めてきた。本来、パレスチナ人ものであるはずの土地にイスラエルが勝手に畑を作ったり、ビルを建てたりしている?

高橋和夫 放送大学名誉教授:
そう。国際法違反であり、これがオスロ合意以降の関係悪化の最大の原因。

パレスチナ問題は宗教戦争ではなく「不動産」の話

反町理キャスター:
同じ場所にイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の聖地がある。皆そこが欲しい。どうにもならないのか。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
皆にとって自分の宗教が正しいのは前提で、問題はエルサレムなどを誰が支配するかといった不動産の話。妥協は可能。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
宗教戦争でも何でもない。殴り合いを続けるためにエネルギーが必要だから、一種の正当化の根拠として宗教や歴史観が動員されてきた。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
テレビで短いコメントを求められたコメンテーターの皆さんが「宗教問題は難しいですから」などと言うのが諸悪の根源。だから(詳しく話せる)この番組は異常。褒め言葉ですよ。

反町理キャスター:
今日はこの争いについて紀元前まで遡るべきか、十字軍の話からか、と非常に困った。だが十字軍のように見るのは違うと。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
違う。十字軍はユダヤ人もイスラム教徒もキリスト教徒も皆殺しにしたとんでもない暴力集団だったとして、とっくの昔に片付いている。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
今のパレスチナ問題は、基本的には19世紀の国民国家の考え方がヨーロッパの外にどんどん広がった結果だと思う。それまでオスマン帝国は、宗教が何であれ全体を緩やかにまとめていた。ナショナリズムが入ってきて解体され、後には民族紛争が残った。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
オスマン帝国はパレスチナ、バルカン、イラクを支配していたがうまくいっていた。はるかに文明的だった。

反町理キャスター:
この直前に、イギリスがずっと信託統治していたパレスチナを放り出した。イギリスが歴史的な法廷の場で評価を受けた場面はあったか。言葉は悪いが、逃げ切りでは。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
イギリスは第二次世界大戦に勝った側だから。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
イギリスが謝り始めたら世界中で謝らないと。あんなひどいことをして紳士でいる、というのがイギリスの立派さ。

もはや「アラブ対イスラエル」ではない アラブ諸国は実利で動く

新美有加キャスター:
イスラエルは、第三次中東戦争で得た土地と引き換えにエジプト、ヨルダンと国交正常化。2020年にはUAE、バーレーンとの正常化のためのアブラハム合意に調印。後にモロッコ、スーダンも参加するなどイスラエル寄りの国が増えている。各国の思惑は。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
基本的には実利。アラブ対イスラエルの二項対立で国益は守れない、イスラエルとのパイプ構築が有利という計算。特にイスラエルの治安能力が大きい。そのノウハウや技術は、独裁体制の多いアラブ国家に必要。有名なのは、ペガサスというスマホの情報を取るスパイウェア。サウジアラビアも使っており、水面下でイスラエルと繋がっている。

高橋和夫 放送大学名誉教授:
イランが怖いのもある。アイアンドーム(防空システム)や諜報力を持つイスラエルと付き合っておこうと。

反町理キャスター:
今回のハマスの攻撃でイスラエルとサウジアラビアの国交正常化交渉は止まっていると見えるが、ほとぼりが冷めたら復活するのでは。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
その通りと思う。それにどれぐらい時間がかかるか。最終的にアブラハム合意の拡幅は阻止できない。イランの脅威はなくならず、敵の敵は味方だという即物的な安全保障の論理が動いていくのでは。

反町理キャスター:
イランとサウジアラビアの対立はスンニ派とシーア派の宗教的なものなのか。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
背景に宗派的な感情があるのは事実だが、必ずしも宗教的な対立ではなく、やはり国家間の対抗関係として解釈すべきと思う。

新美有加キャスター:
今回の軍事衝突はどのように終結していくか。

池田明史 東洋英和女学院大学名誉教授:
互いに存在を否定するイスラエルとハマスの間の折衷案は無理。状況が落ち着くなら、それはイスラエル側がハマスの軍事的な能力を剥奪した段階。

(BSフジLIVE「プライムニュース」10月30日放送)