イスラエルはガザ地区への地上侵攻作戦を拡大しているようだが、これで「イスラエルは負ける」という見方が中東問題の専門家の間で広がり始めている。
ガザ侵攻で「イスラエルに大打撃」「戦争には負ける」
「ガザへの侵攻は、イスラエルにとって大打撃になるだろう」
これは、米国の外交問題の権威誌「フォーリン・アフェアーズ」電子版10月14日の論評記事の見出しだ。筆者は、ジョージ・ワシントン大学の政治学及び国際関係学教授マーク・リンチ氏。
“The Biden administration must insist that Israel find ways to take the fight to Hamas that do not entail mass killing and displacing innocent Palestinian civilians,” argues @abuaardvark. https://t.co/nc4v3VhdsQ
— Foreign Affairs (@ForeignAffairs) October 14, 2023
記事は、イスラエルがガザに全面的に侵攻すれば、イスラエルの長期的安全保障を阻害し、パレスチナ側に限りない人的代償を負わせるだけでなく、米国の中東やウクライナそれにインドー太平洋戦略で中国と対峙する上での国益の核心部を脅かすことにもなりかねないとし、バイデン政権はイスラエルが大きな誤りを犯さないよう要求すべきだと主張する。
同様の記事は、これも米国の外交専門誌「フォーリン・ポリシー」電子版10月9日に掲載されていた。筆者は同誌論説員でハーバード大学のロバート&レネー・ベルファー科学国際問題センター教授のスティーブン・ウォルト氏で、記事は次のような見出しに続いている。
「イスラエルはガザで戦闘には勝つかもしれないが、戦争には負けることになる」
Hamas’s attack has clearly shocked Israeli society. The government’s failure to detect or prevent the attack may eventually mark the end of Netanyahu’s political career, @stephenwalt argues. https://t.co/4YJemV8BIM
— Foreign Policy (@ForeignPolicy) October 10, 2023
ウォルト氏は、イスラエルはこれまで2008年、2014年と小規模ながら2021年にガザに侵攻して何千人もの市民の犠牲者を出しているが、それによって恒久的な正義ある解決を見たわけでは決してない。イスラエル人の中には「芝刈りのようなもので、一度はきれいになるが、いずれ芝が延びてまた刈らなければならないことになる」というものもいると指摘する。
その上でウォルト氏は「戦争は他の手段を持って行う政治の継続」というプロイセンのクラウゼビッツの戦争論の古典を引用し、今回の衝突でハマスはイスラエルを武力で破ることはできないが、イスラエルは不死身ではなくパレスチナ人の自治への願望は無視できないことを証明し、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)などとの関係正常化をはかる「アブラハム合意」や最近のサウジアラビアとイスラエルの接近は、平和の保障にならないだけでなく、逆に今回の衝突の火種になったと、政治的にはハマスが勝利すると分析した。
イスラエルの“取るべき道”は
今回のハマスのイスラエルへの攻撃は、イスラエルを挑発して強い反発を引き出し、過剰な軍事行動でハマスが大きな損害を受けてもイスラエルのパレスチナ人に対する弾圧を世界に示すことができる、ある意味で「自殺テロ」的な目的があったと言われる。そうであれば逆に、イスラエルはガザへの侵攻を控えることこそ「勝利」につながるという指摘もあった。
この記事の画像(2枚)『レクサスとオリーブの木』などの著者で、ピューリッツァー賞を3度受賞しているジャーナリストのトーマス・フリードマン氏は、ユダヤ系の米国人で中東問題への造詣も深く、今回の問題では再三ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿して私見を述べているが、同紙電子版10月16日のコラムでは、イスラエルの取るべき道を次のように示していた。
「もしイスラエルがガザへの本格的な侵攻を見送ったと発表したら、誰がハッピーになり、誰が安心し、誰が怒るだろうか?イランはカンカンに怒るだろうし、(イランが支援するイスラム教シーア派の武装集団)ヒズボラは失望し、ハマスは彼らの戦略が全て無駄に終わり、打ちひしがれるだろう。ウラジーミル・プーチンは、ガザで消費されるはずだった兵器弾薬がウクライナで使えることになり、打ち砕かれるだろう。ヨルダン川西岸地区で入植地の拡大を目指しているイスラエル人は立腹するかもしれない。
しかし、イスラエルの兵士たちの親や人質たちは胸を撫で下ろすだろう。ガザで砲火を浴びていたパレスチナ人たちも胸を撫で下ろすだろう。さらに、世界のイスラエルの友人や同盟国は、先ずジョー・バイデンから胸を撫で下ろすことだろう」
しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は、こうした助言には聞く耳を持たないようだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】