国際社会から一般市民の犠牲への懸念も出始める中、イスラエル軍のガザ地区における本格的な地上戦は秒読みの状態に入っている。BSフジLIVE「プライムニュース」では識者を迎え、本格攻撃の形やタイミング、各国の懸念と思惑について考察した。
攻撃準備を進めるイスラエル 人質の犠牲は織り込み済みか
反町理キャスター:
ロイター通信が、10月16日にアメリカ・イスラエル・エジプトがガザ南部の停戦に合意したと報道。一方、FNN山岸記者のレポートではイスラエル・ハマス双方が否定しているという話だが。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
聞く限りでは当事者が否定している。停戦の用意はまだなのだと思う。
反町理キャスター:
イスラエルがこれから北部に軍事的な圧力をかけようという状況で、南部での停戦合意は軍事的なセオリー上あり得るか。
山下裕貴 元陸自中部方面総監 元陸将:
エジプトが入っているなら「南部ラファ検問所(エジプト国境)を開けてくれ、そこは攻撃しない」といった人道上の話なのでは。ただハマスが入っていなければ、ハマスは何をするかわからない。停戦という用語でいいのかどうか。
反町理キャスター:
イスラエル側は攻撃のタイミングとしてどういう状況を待っているか。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
過去の事例でも、イスラエルが実際に地上戦に移るまで時間がかかった。最大の要因は、イスラエルだけでなく20を超える国の人々が130〜150人程度人質に取られていること。ある程度配慮し、人質救出作戦やそれに繋がる情報を得る手立てを講じていると推測する。
反町理キャスター:
イスラエルは、人質全員の安全が確保されるまでは攻撃しないという国か。先日、コーヘン大使を番組に迎えたときは、人質の命について質問しても一切言及せず「テロと戦う、やり抜く」という答えだった。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
全員解放に至るまで攻撃をしないことはないと推測する。どの程度解放できれば攻撃するのかということはわからないが、おそらく人質の犠牲は織り込み済みと思う。
反町理キャスター:
各国から懸念が出ている。米バイデン大統領は「イスラエルによるガザ地区の再占領は大きな過ち」。露プーチン大統領は「地上戦に踏み切れば双方に深刻な被害」。中国の王毅外相は「当事者は自制して直ちに停戦し対話すべき」。国際世論はイスラエルのブレーキになるか。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
なかなかならない。バイデン大統領は今はこういう言い方だが、当初アメリカがヨーロッパと一緒に出した声明は、自衛の権利に従い何でもやれるかのようにイスラエル側が読める内容だった。そこからイスラエルも決意を強め、慌てたアメリカやフランスなどがストップをかけ始めたと思う。だが今回、イスラエル側の被害があまりにも大きい。ネタニヤフ首相の政治生命にも関わりかねない。徹底的にやるつもりだと見ている。
兵頭慎治 防衛省防衛研究所研究幹事:
ロシアは今、国連でも即時停戦の決議案のようなものを出している(※番組放送後の日本時間10月17日朝に否決)。ただウクライナのことを考えると、ダブルスタンダードの発言だとの批判が欧米諸国から出ている。ロシアにはイスラエルとの関係もあり、ハマスの後ろ盾と言われるイランとの関係もある。中東の仲介役のようなことをやりたいという思惑があるが、あまりうまくいっていない。イスラエルが大規模な地上戦に踏み切れば、パレスチナ側に重心を置く外交スタンスにならざるを得ず、ロシアとしても難しいかじ取りを迫られる可能性が出てきており、その観点からもこういう発言をしているのでは。
佐藤親賢 共同通信モスクワ支局長:
ロシアはソ連の時代から伝統的にパレスチナ寄りだが、今イスラエルとの関係も悪くない。双方といい関係を持ち続けるためにこれ以上エスカレートしてほしくない。また、今ウクライナに侵攻している状態で各国に非難されているが、プーチン政権は停戦交渉の開始を全く拒まないスタンス。ウクライナでもパレスチナでも軍事的な紛争を望んでいない、と言いたい部分があるのでは。安保理の決議案も、成立しなくても構わない。平和を望む立場を示すことに意味を感じているのだと思う。
イスラエル軍のハマス拠点への侵攻は、相当の困難と犠牲を伴う可能性
新美有加キャスター:
イスラエルは実際にどのような攻撃を行おうとしているのか。14日、イスラエル軍はガザ地区への攻撃について「陸・海・空からの複合的かつ協調的な攻撃を含む計画の準備を進めている」「重要な地上作戦に重点を置きながら態勢を強化している」と述べた。
山下裕貴 元陸自中部方面総監 元陸将:
自衛隊的に言えば、陸海空の統合作戦でやる、そして統合した戦力を集中し作戦を遂行する、となる。そして、重要な作戦は地上侵攻だという形で説明していると思う。イスラエル軍の能力としては可能。海軍も海岸部からミサイルの発射などで対地支援も航空支援もできる。3つの軍が揃ってやれる態勢にある。
反町理キャスター:
実際にガザ北部にイスラエル軍が侵攻するとき、どういう展開になるか。
山下裕貴 元陸自中部方面総監 元陸将:
広いガザ北部のハマス拠点地域の中にさらに重要な拠点があったと仮定すると、まず建物群に対し道路からイスラエル軍が侵入していく。対して、ハマスが対戦車ロケットやミサイル狙撃などで攻撃する。イスラエル軍はビルなどを全て確認して進む必要がある。それは、ハマスを徹底的に壊滅させるためには指揮所や通信設備など全て破壊しなければいけないため。もう1つ、人質や逃げ遅れた民間人がいる可能性がある。そう簡単に全て爆破することはできない。時間と労力、また犠牲も増える地上作戦が展開される恐れがある。
反町理キャスター:
地下道がものすごく張り巡らされているという点については。
山下裕貴 元陸自中部方面総監 元陸将:
地下にハマスが張り巡らせた迷路のような通路があり、確認しなければならない。イスラエル兵は閉所戦闘訓練を受けていると思うが、掃討には時間がかかる。一般的には出入口を爆破して生き埋めにしてしまう作戦がある。また催涙ガスでいぶり出すとか、水攻めにする方法もある。だが、やはり人質がいる可能性があり難しい。困難な状況。
空母で睨みを利かせるアメリカ、口先介入で脅すイラン
新美有加キャスター:
イスラエルの後ろ盾となってきたアメリカの軍事的な動き。空母「ジェラルド・R・フォード」を中心とする空母打撃群を東地中海に配備済みだが、オースティン国防長官は続いて「ドワイト・D・アイゼンハワー」を中核とする空母打撃群を派遣するとした。この狙いは。
山下裕貴 元陸自中部方面総監 元陸将:
オープンソースの情報では1隻あたり70ほどの戦闘爆撃機が載る。合計で140〜200弱ぐらいとなると、一国の空軍力ほど。それを配備し、イランやヒズボラ(イランやハマスとも関係が深い、レバノンを拠点とするイスラム教シーア派民兵組織)などに睨みを利かせる。また特殊部隊を乗せているなら、人質のアメリカ人救出などをイスラエル軍との合同作戦として行う可能性がある。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
東地中海のイスラエル沖には、イスラエルの虎の子である海上ガス田がある。今回の戦闘が始まり、一番陸地に近いガス田はハマスのロケット弾が届く距離にあるため操業を止めた。爆薬を積んだボートなどで突撃される危険性もあり、それを牽制したり防ぐ意味でも、沖合での艦艇の展開には意味がある。
反町理キャスター:
アメリカが空母打撃群を2つも配備しなければ、イスラエルの過剰防衛を止められないと理解してよいか。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
そう思う。アメリカは過剰な反撃・報復を抑制させる側に回りつつあると見ている。
反町理キャスター:
一方、イランのアブドラヒアン外相は「イスラエルがガザへの攻撃を止めなければ、イランは単に傍観者でいることはできない」と発言。ハマスに対し融和的で支援姿勢を示しているように見える大国イランが、このように表明することの意味は。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
イランが今回、巻き込まれることも自ら手を出すことも望んでいないことははっきりしている。ハマスの戦闘能力が無力化されればイランにとって損失となるから、それが起きないようにまとめようとしている。ただイスラエルをイランが止める術はなく、アメリカやヨーロッパに向けて発信し、周りが一生懸命イスラエルを止めてくれることを期待している。これは脅しで口先介入。本格的に介入するのなら、もうとっくにやっている。
反町理キャスター:
イランがヒズボラに武器を渡し、ヒズボラがイスラエルに攻撃する可能性は。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
あると言える。だが今回のような、短時間に2000〜3000発というロケット弾を撃ち込むような規模には絶対ならない。
反町理キャスター:
最後に日本の話。原油輸入における日本の中東依存度は、ここ数年でも上昇し94%に。どう受け止めればいいか。
田中浩一郎 慶應大学大学院教授:
94%まで上がった最後の一押しはロシアからの原油を止めたこと。他の供給国に振り替えていくお題目があったが、結局どこも長続きしなかったのが実情。中東原油の経済性、特に日本の製油所が中東原油の処理に最も適した構造になっていることがあり、中東への依存度はなかなか下がらなかった。エネルギー安全保障から考えれば多様化・多元化は必要だが、政府が掛け声をかけても、民間における経済的合理性では中東から買うことになってしまう。
(BSフジLIVE「プライムニュース」10月16日放送)