広島県内では珍しく、長崎に原爆が投下された8月9日を登校日とした中学校が広島県府中町にある。登校日に自分たちで考えた“戦争や原爆の記憶を伝承するための企画”。生徒たちが取り組む「伝承活動」に密着した。
広島と長崎の両方に目を向ける
9月、広島市中区の平和公園を訪れる観光客に熱心に質問する生徒たちの姿があった。彼らは府中町立府中中学校に通う1年生だ。

2023年の夏休み。府中中学校では「広島と長崎の両方に目を向けて平和について考えたい」という生徒からの提案で、長崎に原爆が投下された8月9日を登校日とした。

「広島原爆の日」の8月6日を登校日にする小中学校が多い中で、珍しい試みである。

この日、行われたのは全校生徒全員が平和について議論する討論会。
「なぜ核兵器を持っているのか」
「望むことは人それぞれだから…」
「戦争がなくなることにつながらない」
「同じ人なのに、なぜ殺し合いをしなければならないのか」
討論会では、戦争を知らない生徒たちが感じた素朴な意見がたくさん集まった。

自分たちにできる“伝承”がある
討論した内容は1枚の用紙にまとめられた。まとめ方は各々の自由だ。

「戦争の悲惨さ、平和の大切さを伝えていく」
「被爆者の思いを引き継ぎたい」
どの意見も生徒たちの素直な本音だ。

府中中学校・沓木里栄 先生:
伝えたい、共有したい、聞いてみたいという意見がたくさん出ました。被爆者の人たちが少なくなっていることもあって、“自分たちが伝えていかなければいけない”という思いがブレインストーミングで出てきたので

1年生は平和学習で、戦争や原爆の記憶を伝承するために自分たちで企画を考えることになった。

戦時中の様子を描いた映画や、平和を願う歌を観光客に紹介するなどさまざまな案が出された。
生徒:
映画「この世界の片隅に」に出てくる名所と地図を冊子に載せています。外国人などに渡して平和について考えてもらいたい

歌で平和を伝えようとする生徒は…
生徒:
本当にこの歌詞で平和への思いが伝わるか少し心配です

生徒:
被爆体験がどれだけ悲しいものか知ってもらうために、被爆者の話を聞いたことがあるかインタビューをして、伝承・発信していきたい

生徒の熱心な姿に足を止める観光客
9月22日、自分たちが考えた活動を行動に移す日がやってきた。

広島市中区の平和公園で各班に分かれ、国内外の観光客にインタビュー。初めての活動に戸惑いは隠せない。
生徒:
被爆者の話を実際に聞いたことがありますか?
北海道から観光客:
生の声ですか?ないです。本でしか読んだことがない。声で聞いたことはないです

熱心に質問するのはこの班のリーダー・竹野瞬一君。

竹野君は積極的に観光客へ声をかけていった。生徒たちの熱心な姿におもわず観光客も足を止める。

竹野瞬一君:
なぜ広島に来ましたか?
東京からの観光客:
原爆ドームを見に来ました
竹野瞬一君:
原爆ドームを見て感じたことはありますか?
東京からの観光客:
柱が曲がってくっついていた。建物がぐにゃっと曲がるほどの衝撃があったのかと思うと、なんか悲しかった

東京からの観光客は「戦争の悲惨さを伝えられるように自分たちも意識が変わったというか気持ちが上がった」と話し、生徒の熱意に刺激を受けたようだ。
外国人観光客へのインタビューにも挑戦しようとするが、準備に手間取っているうちに通り過ぎ…

立ちはだかる言葉の壁、一歩を踏み出すのに躊躇(ちゅうちょ)してしまう。それでも生徒たちはあきらない。英語で質問を書いた紙を見せながら、英語で話しかけた。
竹野瞬一君:
幸せな世界を実現するには何が必要ですか?

外国人:
Peace(平和)

そして、協力してくれた外国人に感謝の気持ちを伝えるメッセージカードと折り鶴を手渡す。無事、答えを導くことができ、竹野君たちはほっとした様子だ。
「被爆者の話を忘れないで後世に」
活動の途中、平和公園のレストハウスで1人の男性に出会った。その相手は、偶然、平和公園を訪れていた県被団協の理事長・箕牧智之さんだ。

生徒たちは被爆者でもある箕牧さんに直接、質問を投げかける。箕牧さんの幼少時代の写真を見せてもらいながら、必死に耳を傾けていた。
竹野瞬一君:
被爆者の思いを残す活動をしています。被爆者の話を残したくて被爆者に話を聞こうとしたら実際には聞けなかった。「言いたくない」と言われた

箕牧智之さん:
ものすごく無残だったから話したくない人もいる。でも話して残さないと後々つながっていかない。みんなが年をとった時にも若い人たちに話して残してくれたらありがたい

教室の中で考えるだけでは気づけなかった、被爆者が抱え続けてきた深い思い。一歩、外に踏み出したことで、これまで知らなかった気づきを得た。
竹野瞬一君:
被爆したことを残そうという情熱的な思いが伝わった
生徒:
観光客全員が、被爆や原爆ドームのことをちゃんと考えていてくれてすごくうれしかった

(Q:伝承にどう携わりたい?)
竹野瞬一君:
被爆体験を話せる人が少なくなっているし、体験を話したくないという人もいる。それでも被爆者が話してくれたことを、覚えて、忘れないで心にとめておいて後世に受け継ぐことができればなと思います

「平和のバトンは僕らがつなぐ」…生徒たちは一歩ずつ動き出している。戦争を知らない世代が戦争を“自分事”として捉え、自分事として伝えていく。この勇気ある行動が積み重なり平和につながっていくと感じた。
(テレビ新広島)