伝統を超越し未知の領域に挑戦し続けるロバート・ウィルソンさんが、舞台演出の要素と課題を、平易な言葉で語ってくれた。その答えは意外にも、彼が若き日に日本で見聞きした日本文化とも関係しているようだ。

芸術・文化への道に目覚めたロバート青年

ロバート・ウィルソンさん:
26才の頃、ニューヨークのイタリア料理店でウェイターをしていたんだ。

1941年にアメリカ・テキサスの田舎町ウェーコに生まれたロバート・ウィルソンさんは、厳格で保守的な両親に育てられたと言う。地元テキサス大学で学んだ後、ブルックリン・プラット・インスティテュートで建築と装飾を学ぶために、ロバートさんはニューヨークにやって来た。卒業後、イタリア料理店でウェイターとして働きながら、1968年パフォーマンス集団『バード・ホフマン・スクール・オブ・バーズ』を設立。翌1969年には『バード・ホフマン・ウォーターミル財団』を立ち上げた。

ロバート・ウィルソンさん:
年を取るにつれ自分のお金は財団に還元しているよ。

1970年に『聾者の視線(まなざし)』でデビューし、1976年にオペラ『浜辺のアインシュタイン』で評価を絶対的なものとしたロバートさん。82才になった今でも精力的に新作を世界中で発表し続けている。今年の10月だけでもリトアニア、ギリシャ、ブルガリア、ドイツ、中国で公演が行われている。

『アダムの受難』エストニア・タリンでの上演 2015年音楽:アルヴォ・ペルトPhoto ©Kristian Kruuser / Kaupo Kikkas Courtesy of RW Work, Ltd.
『アダムの受難』
エストニア・タリンでの上演 2015年
音楽:アルヴォ・ペルト
Photo ©Kristian Kruuser / Kaupo Kikkas Courtesy of RW Work, Ltd.
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『浜辺のアインシュタイン』フランス・モンペリエでの上演 2012年 Photo © Lucie Jansch Courtesy of RW Work, Ltd.
『浜辺のアインシュタイン』
フランス・モンペリエでの上演 2012年
 Photo © Lucie Jansch Courtesy of RW Work, Ltd.

ロバート・ウィルソンさん:
私は幸運にも人生で成功を収めることができました。

そう自らを振り返るロバートさんだが、その収益は自ら立ち上げたバード・ホフマン・ウォーターミル財団に還元し、自分以外の目的のために使うようにしている。その原点は、テキサス州ウェーコでの厳格な父親の教えだった。

ロバート・ウィルソンさん:
宗教は、人を分断すると思う。そして政治もまた、人を分断する。

弁護士だったロバートさんの父親は、大変信心深い人で、自分の収入を教会に寄付していた。しかし弁護士だったロバートさんの父親は、大変信心深い人で、自分の収入を教会に寄付していた。しかしロバートさん本人は宗教を信仰していない。それは、宗教や政治が人を分断するものと考えているからだ。確かに世界中で起きている戦争や紛争は、政治的な対立や宗教の対立による分断がほとんどである。それを防ぐ手だてとして、彼は「芸術や文化の重要性」を力説する。自分の財団への還元が、芸術や文化を更に広め、人類を一つにすることができると確信しているからだ。

日本で観た演劇や文化と、ロバートさんとの親和性

オペラ『浜辺のアインシュタイン』で世界の演劇界の第一人者となったロバートさんは1981年にロックフェラーズブラザーズ基金*からの助成金を得て、日本にやって来た。 
*ロックフェラーズブラザーズ基金:ニューヨークに本拠地を置くアメリカの民間財団で、慈善医学研究と芸術に資金を提供する組織。

6週間の滞在だったが、その間に触れた日本文化に対して、特別な感情を持ったそうだ。

ロバート・ウィルソンさん:
日本の演劇や文化を目の当たりにして、自分がやってきたことを確認できました。
舞台上の時間と空間の構築についても、哲学的な確認ができました。

ロバートさんが「確認できた」事とは具体的に何だったのか。詳細を知る由もないが、6週間の間に、人生が「永遠に変わってしまった」とまで言う。
そして、芸術・文化のノーベル賞と称される高松宮殿下記念世界文化賞をこの度受賞したことについて、こう語る。

ロバート・ウィルソンさん:
この賞を頂いて、故郷に帰ってきた気がします。

左からロバート・ウィルソン、音楽部門受賞者のウイントン・マルサリス、絵画部門受賞者のヴィヤ・セルミンス、世界文化賞国際顧問のヒラリー・ロダム・クリントン元米国務長官9月12日 ホワイトハウス(©日本美術協会 撮影:佐藤豊)
左からロバート・ウィルソン、音楽部門受賞者のウイントン・マルサリス、絵画部門受賞者のヴィヤ・セルミンス、
世界文化賞国際顧問のヒラリー・ロダム・クリントン元米国務長官
9月12日 ホワイトハウス(©日本美術協会 撮影:佐藤豊)

時間と空間の構築について確認できた「ロバート・ウィルソンの哲学」

彼が確認した、「時間と空間の構築」についての哲学とは一体どんなものなのか。昨年2022年7月に神奈川県民ホールで上演され、日本でも評価と人気が高い『浜辺のアインシュタイン』の中に、その哲学が際立っている。

4時間ノンストップ。
台詞はあるが物語はない。
歌詞は「数字」と「ドレミ」のみ。
どこが「浜辺」でどこが「アインシュタイン」なのかさえ、よく分からない。


さまざまな数字、愛を語る言葉、何かが裁かれる
法廷、パリ、ニューヨークのバスの運転手、列車、宇宙船、ベッド、地球の危機


観客は、断片的な旋律が延々と繰りかえされる幻覚的なサウンドに包まれながら、
眼と耳に次々に跳び込んでくる鮮烈なイメージを、必死で追い続けることになる。

『浜辺のアインシュタイン』フランス・モンペリエでの上演 2012年Photo © Lucie Jansch Courtesy of RW Work, Ltd.
『浜辺のアインシュタイン』
フランス・モンペリエでの上演 2012年
Photo © Lucie Jansch Courtesy of RW Work, Ltd.

ロバートさんは、舞台上から時間と空間の制限を取り外し、視覚と聴覚の双方がバランスする作品作りを目指している。それが、1981年の来日で確認できた哲学だったのかもしれない。

ロバート・ウィルソンさん:
何かを「聴く」ための空間を提供できるか?
何かを「見る」ための空間を提供できるのか?

ロバートさんが目指す視覚と聴覚の双方がバランスする作品とはどういうものなのか?

ロバート・ウィルソンさん:
目を閉じて
耳を澄ますと、目を開いている時よりも、よく聞こえるよね。でも逆に、目を開いている時の方がよく聞こえるようにするためにステージ上には何が必要なのかを考えているんだ。

左からロバート・ウィルソン、音楽部門受賞者のウイントン・マルサリス、 絵画部門受賞者のヴィヤ・セルミンス9月12日 ホワイトハウス(©日本美術協会 撮影:佐藤豊)
左からロバート・ウィルソン、音楽部門受賞者のウイントン・マルサリス、 絵画部門受賞者のヴィヤ・セルミンス
9月12日 ホワイトハウス(©日本美術協会 撮影:佐藤豊)

視覚(舞台装置・照明・小道具)、聴覚(音楽・せりふ)、そして時間、空間、それらは全て、ロバートさんにとっては「等しく」重要な要素だという。その要素ひとつひとつがお互いを補強し、補完し合う世界。

ロバート・ウィルソンさん:
チーズバーガーみたいなものだよ。
みんなまとめて、サンドするのさ。


ロバートさんは、微笑みながら自分の舞台の哲学について分かりやすく語ってくれた。

ロバート・ウィルソン ©日本美術協会 / 産経新聞
ロバート・ウィルソン ©日本美術協会 / 産経新聞

(サムネイル  ©日本美術協会 / 産経新聞)

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