オラファー・エリアソンさんの作品は絶えず変化するもの、消えてしまうものが多い。それぞれの「瞬間」には、彼の育った環境や地球への思いが込められている。それらを彼の言葉から探ってみる。

ベルリンで行われた世界文化賞記者発表会場で建築部門受賞者ディエベド・フランシス・ケレ(左)と写真に納まるオラファー・エリアソン(右) Photo: Pablo Castagnola
ベルリンで行われた世界文化賞記者発表会場で建築部門受賞者ディエベド・フランシス・ケレ(左)と写真に納まるオラファー・エリアソン(右) Photo: Pablo Castagnola
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豊かな自然での生活とそこから抽出された「瞬間」

1967年にアイスランドで生まれ、デンマークとの2カ国で育ったエリアソンさんは、コペンハーゲンでアートスクールに通い、その後ドイツ・ベルリンを拠点に活動している。彼に大きな影響を与えたのは、生まれ育った豊かな自然環境であった。

オラファー・エリアソン
デンマークに比べてアイスランドにはたくさんの自然があり、アイスランドで育ったことで自然との長い付き合いができたと思います。私はよく分かっていました。この山の高さはどれくらいか?登るのにどのくらい時間がかかるか?そして、石が転がり落ちる速さはどれくらいか。また、コケ畑を車が走ったら、その痕跡が消えるのに30年かかるということも知っていましたし、勉強もしていました。

『ウェザー・プロジェクト』2003年 テート・モダン、ロンドン The weather project, 2003 Monofrequency lights, projection foil, haze machines, mirror foil, aluminium, scaffolding 26.7 x 22.3 x 155.44 m Tate Modern, London, 2003 Photo: Jens Ziehe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2003 Olafur Eliasson
『ウェザー・プロジェクト』2003年 テート・モダン、ロンドン The weather project, 2003 Monofrequency lights, projection foil, haze machines, mirror foil, aluminium, scaffolding 26.7 x 22.3 x 155.44 m Tate Modern, London, 2003 Photo: Jens Ziehe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2003 Olafur Eliasson

オラファー・エリアソンの名前を一躍有名にしたのは2003年の『ウェザー・プロジェクト』。ロンドンにある現代美術館「テート・モダン」内のホール上方に半円形の巨大な照明を配し、天井一面に鏡を貼った上で人工の霧を立ちこめさせると空間に巨大な太陽が現れる。その条件が整った瞬間を人々が思い思いに楽しむ様子は大きな話題となったが、彼は更に仕掛けを施した。

エリアソンさん:
私は、展覧会の最初の週にイギリスの公共放送であるBBCの天気予報を私の展覧会会場から中継することを思いつきました。気象予報士が作品の前に立って、天気予報を伝え最後に「ここテート・モダンでは、太陽が輝いています」とか言うんです。当時はまだ一般的にソーシャルメディアは登場していませんでしたが、これは、必ずしも美術館に足を運ばない多くの観客にリーチするソーシャルメディアでした。私の野望は、アートへのアクセスの裾野を広げることでしたから、成功だったと思います。

『ビューティー』1993年 Beauty, 1993 Spotlight, water, nozzles, wood, hose, pump Dimensions variable Installation view: Moderna Museet, Stockholm 2015 Photo: Anders Sune Berg Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 1993 Olafur Eliasson
『ビューティー』1993年 Beauty, 1993 Spotlight, water, nozzles, wood, hose, pump Dimensions variable Installation view: Moderna Museet, Stockholm 2015 Photo: Anders Sune Berg Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 1993 Olafur Eliasson

初期の作品『ビューティー』では、暗い部屋で上から霧を吹きかけると照明に照らされた虹のような色彩が現れる。「その瞬間しか存在しないもの」を鑑賞者が見ることで成立する作品は、彼の創造における重要なポイントとなった。その大きな役割を担っているのは光だ

エリアソンさん:
私は作品の中で、光とたくさん向き合いました。特に、「光はそれ自体では存在しない」ということから始めました。光は、何かを照らしている時だけ、本当にそこにある。そこに黒い部分があれば光を見ていることになります。ですから、光はある意味で、見るという技術に非常に密接に関係している一方で、もう一方では完全に非物質的なものでもありました。アートワークを非物質化するというアイデアは、単に新しい芸術的表現というだけでなく、私たち自身の感覚を探求する機会にもなるのです。
はかない、はかない、はかない芸術は、鑑賞者の存在を受け入れるのに非常に適しています。なぜなら、そこには本当に何もないからです。だから、鑑賞者の存在がより重要になると言えるでしょう。

地球が抱える問題にアートからアプローチ

「アートが社会を変えることができると100%信じている」と語るエリアソンさん。彼は地球が抱える諸問題に作品を通じて積極的にアプローチを続けている。気候変動問題では『アイス・ウォッチ』というプロジェクトで、グリーンランドから海に落ちた氷河のブロックを12個集め、パリで開かれていた第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)の会場で円形に並べた。気候に関する意識と行動の必要性を人々に直接訴えたのだ。

エリアソンさん:
アイスランドで、自然のもろさを強く感じたからでしょう。北極圏の風景はとても壊れやすいので、嵐を起こしたり、自然に壊滅的な影響を与えたりするのに必要なものがいかに少ないかを知っていたのです。だから、地球温暖化や気候の危機に対する行動の必要性を初めて耳にしたとき、私は、学問的にはともかく、直感的には理解できたと思うんです。

『アイス・ウォッチ』2014 年(地質学者ミニック・ロージングと協力) テート・モダン外のバンクサイドでの展示風景 2018年 Ice Watch, 2014 (in cooperation with geologist Minik Rosing) Supported by Bloomberg Installation view: Bankside, outside Tate Modern, 2018 Photo: Justin Sutcliffe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2014 Olafur Eliasson
『アイス・ウォッチ』2014 年(地質学者ミニック・ロージングと協力) テート・モダン外のバンクサイドでの展示風景 2018年 Ice Watch, 2014 (in cooperation with geologist Minik Rosing) Supported by Bloomberg Installation view: Bankside, outside Tate Modern, 2018 Photo: Justin Sutcliffe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2014 Olafur Eliasson

この他に彼が力を入れているのは『リトルサン』というプロジェクト。花の形をしたソーラーパネルで使用できるライトで、持続可能なエネルギーに関する認識を高めることを目指している。

エリアソンさん:
11年前にこれを始めたときは、ソーラーパネルが実際にこれほどの光を生み出すということはあまり知られておらず、実現不可能なことだったのです。価格の問題もありました。しかし、『リトルサン』は、電気のない世界の地域でも、例えば子供たちが宿題をこなす際の明かりとなったのです。つまり、社会的課題の解決を目指す『リトルサン』のビジネスは、電気のない地域におよそ200万個のソーラーランタンを届けることになったのです。つまり、この200万世帯は灯油やガソリンを使っていたはずですが、『リトルサン』の平均寿命である5年間は、灯油や化石燃料を買う必要がありません。その代わり、太陽で充電するのです。私にとっては芸術ですが、多くの人々にとっては、エネルギーへのアクセスを可能にするための光なのです。『リトルサン』や他の類似のプロジェクトは化石燃料に代わる道がある、と言う希望を生み出し、太陽や風を利用すれば可能だということを多少なりとも実証したのです。

ソーラーライト『リトルサン』(オリジナル)を手にするエチオピアの少女  Little girl playing with Little Sun (Original) in Ethiopia Photo: Merklit Mersha Courtesy of Olafur Eliasson Studio
ソーラーライト『リトルサン』(オリジナル)を手にするエチオピアの少女  Little girl playing with Little Sun (Original) in Ethiopia Photo: Merklit Mersha Courtesy of Olafur Eliasson Studio

深まる日本との絆

エリアソンさんの展覧会は日本でも数多く開催されてきた。東京都現代美術館、金沢21世紀美術館などには彼の作品が所蔵されている。金沢21世紀美術館で去年行われた特別展示はご覧になった方も多いだろう。

オラファー・エリアソン『太陽の中心をめぐる探査』2017年 金沢21世紀美術館蔵 ©︎Olafur Eliasson 「特別展示:オラファー・エリアソン」展示風景(金沢 21 世紀美術館、2022年)  撮影:木奥惠三
オラファー・エリアソン『太陽の中心をめぐる探査』2017年 金沢21世紀美術館蔵 ©︎Olafur Eliasson 「特別展示:オラファー・エリアソン」展示風景(金沢 21 世紀美術館、2022年)  撮影:木奥惠三

エリアソンさん:
私は時々日本で展覧会をしていますし、今でも日本で展示したいと思っており、友人関係もどんどん深まっています。いずれもそれぞれまったく異なるものであり、人々もみんなそれぞれです。どこも同じで、特に日本だから特別だ、ということはありません。これは日本的だとか言いますが、私の経験では、人間にはいろいろなタイプがいると思うのです。多くの友人との交流を通じて、私は日本についてまだまだ勉強不足であることを理解するようになりました。日本の建築物、日本庭園、日本の歴史などをたくさん見てきました。日本という国は、とても刺激的だと思います。

今年11月東京都内に開業する「麻布台ヒルズ」に、リサイクル素材を用いて制作された最新作『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』が常設される予定だ。

自然を見つめ、地球の諸問題を見つめ、それらと人々と結び付けてきたエリアソンさん。未来に向き合う中で、彼の次なる視線の先には何があるのだろうか。

オラファー・エリアソン 『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』2023年 森 JP タワー
オラファー・エリアソン 『相互に繋がりあう瞬間が協和する周期』2023年 森 JP タワー

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